■ 1. 倫理における「正解」の問い
- 倫理学とメタ倫理学: 倫理学は「正しい行為は何か」を問う学問であるのに対し、メタ倫理学は「そもそも正しいとはどういう意味か」「正しいは存在するのか」といった根本的な問いを扱う。
- 事例: ジョディとマリーの結合性双生児の事例は、倫理に客観的な答えがあるかという問いを投げかける。手術をしてジョディを助けマリーが死ぬ選択と、手術をせず二人とも死ぬ選択のどちらが正しいか、という問題である。
■ 2. 神命説とエウテュプロン問題
- 神命説 (Divine Command Theory): 倫理に正解はあるという立場の一つであり、「神が命じたことは正しい」と考える説である。何かが道徳的に正しいのは、神がそれを命じたからであり、不正であるのは神がそれを禁じたからであるとする。
- エウテュプロン問題: この説に対する最も有名な批判であり、「正しいから神が命じるのか、それとも神が命じるから正しいのか」を問う。
- 「正しいから神が命じる」の場合: 正しいことは神の命令以前に存在することになり、神の権威が「単に正しいことを知っている者」程度に矮小化される。
- 「神が命じるから正しい」の場合: 神の命令は何でも正しいことになってしまうため、「子供を生贄にせよ」といった直感に反する命令も正しいと受け入れなければならなくなる。
- 神命説からの反論: 神は特定の性質(慈愛や正義)に沿った行為のみを命じるため、私たちの直感に反する命令はしないという反論がある。しかし、その「性質」が神の外部にあるのであれば、結局元の問題に戻ってしまうという批判も存在する。
■ 3. メタ倫理学における「正解」の存在
- 道徳実在論と道徳非実在論: 倫理に客観的な答え(正解)が存在すると考える立場を道徳実在論、存在しないと考える立場を道徳非実在論と呼ぶ。神命説は道徳実在論に位置付けられる。
- 存在の仕方: 倫理的な「事実」や「性質」の存在をどう捉えるかについて、メタ倫理学では議論が分かれる。物理的に確認できる「自然的性質」と同一視する自然主義の立場と、それができないとする非自然主義の立場がある。
- 日常への応用: エウテュプロン問題は、神だけでなく親や教師、多数派など、権威を振りかざして理由を問うことができないあらゆる主張に当てはめることができる。