■ 1. 研究の概要
- イギリス人約7000人を対象に行われた縦断研究である
- 出生時点での児童たちの性質を調査し、成人した後労働市場でどのように振る舞っているのかを調べた
- 子供の頃の性格や能力が成人後の就業や所得にどのように影響を与えているかを調査した
■ 2. 調査された4つの要素
- 10歳時点で調べられた要素は大きく分けて4つである:
- 注意問題:集中力や課題をこなす能力があるかどうか
- 情緒問題:ストレスや不安に対応できるかどうか
- 関係問題:学校を中心とする集団に溶け込めるかどうか
- 攻撃問題:教室内でいじめやルール違反をするかどうか
■ 3. 注意問題と関係問題の影響
- 注意問題と関係問題の数値と成人後の所得には相関が見られた
- 10歳時点において集中力や課題を解決する能力や教室内の仲間と円滑にコミュニケーションできる能力に問題が見られなかった子供ほど所得が高い大人になった
- 10歳の時に見られた注意問題や関係問題がそのままビジネスの現場にも問題として当てはまり、最終的に所得へと反映されたと考えられる
- 課題をこなす能力は仕事を遂行する能力へ、友達と仲良く過ごす能力は同僚と業務を円滑にこなす能力へそれぞれ延長していた
■ 4. 情緒問題の複雑な影響
- 情緒問題のスコアと所得にはほとんど関係が見られなかった
- 10歳時点で緊張しやすかったり不安になりやすかったりしたとしても成人後にそれがマイナスになるわけではない
- 情緒問題は労働市場のデータにおいて量に対して負の効果、質に対して正の効果とそれぞれ影響を与えていて双方が効果を緩和し合った結果こうなった
- 情緒問題と労働時間の関係:
- 10歳時点での情緒問題は労働時間と負の相関を示している
- 緊張しやすかったり不安を感じやすかったりした子供ほどあまりたくさん働かない大人になった
- メンタルの弱い人は長時間労働できないと考えると分かりやすい
- 情緒問題と時給の関係:
- 情緒問題のスコアが高かった人間ほど時間あたりの所得が高いという傾向も見られた
- 量としては少ないが質としては高いから互いに効果を緩和し合って結果最終的な所得においては良い影響も悪い影響も見られていない
- 情緒問題10歳時点でのスコアが高かった児童たちほど学歴も高くなりやすかった
- 不安を感じやすいという性質は準備を入念にするという振る舞いにつながり、それが高学歴の獲得に有利に作用したと考えられる
■ 5. 攻撃問題と社会的成功の関係
- 攻撃問題は明確に就業や所得と正の相関が見られた
- いじめっ子的性質が高い子供は優れたビジネスマンになった
- これは学歴とも無関係に見られた傾向で、いじめっ子体質の子供ほど良い仕事について高い収入を得る大人になった
- 調査された4要素のうち最も大きな影響が観測されたのがこの攻撃問題である
- 労働市場の観点からするといじめ加害者ほど社会的に成功しやすいというのはかなり強固な傾向である
■ 6. 攻撃問題が有利に働く理由
- 攻撃問題が多いということは攻撃的で競争的で自己主張が強いということにもなるため、競争の激しいビジネス社会において結果に繋がりやすかった
- 管理職はもちろん営業面でも有利になる
- 攻撃問題にはクラスメイトなどの同世代への攻撃性だけでなく、ルールを守らない、教師に反抗的だといった要素も含まれるため、そこでの評価と現実社会での評価のギャップもある
- いわゆる教室内や大人目線での良い子より悪い子の方が経済的には成功しやすい
- 環境や法律などを無視している国や企業の方が結局のところ稼いでいるという話と通じる
■ 7. いじめと社会性の関係
- いじめのある状態とはその集団内において弱者や少数派といった立場とそうではない立場の2つに分けられている状態である
- 加害者被害者という当事者だけでなく集団全体としていじめられている弱い立場といじめられていない弱くない立場といったニュアンスになる
- このような境界線の存在は集団内全体を多数派と少数派に分かりやすく分割する
- 能動的にいじめをしている人間は自分を能動的に多数派に置くように環境を調整しているとみなすことができる
- 社会性の側面:
- いじめの加害者だけでなくそれに追随する連中や、もっと言うと見て見ぬふりをする大多数の人間も含めて多数派に自分を置く高度な社会性に由来する振る舞いである
- 弱い立場に自分を置かないということが社会に適応することになる
- 16歳時点での調査でも攻撃問題が高かった児童ほど友達が多く社交的で、また学校や社会の活動などに参加しやすくなるといった傾向が示されている
■ 8. 攻撃問題の限界とリスク
- 成人の労働のデータにおいて攻撃問題が大きな者ほどその後のデータにおいて脱落率が高くなった
- あくまでデータがないというだけだが、攻撃問題が過剰すぎて社会から一脱した結果としてデータに残っていないと考えることもできる
- 逮捕や不採用などの影響でそもそも労働市場に参加できていない可能性がある
- 16歳時点での調査でも出生時での攻撃問題が大きな児童ほど高い社会性が確認された一方で逮捕率が高くなるということも分かっている
- フィンランドの研究:
- 約6000人を対象に8歳の頃のいじめ加害頻度と成人後の暴力犯罪の関係を調査した
- いじめ頻度が高い者ほど重大な暴力犯罪で逮捕される確率が高くなっていた
- 逮捕される確率が上がったのはいじめ加害者キッズ全体というわけではなく、あくまでも一定以上の頻度で加害者となっていた者に限られた
- いじめ常習犯は成人後も逮捕されやすくなったが、たまにいじめに加担するような子供たちは別に社会から脱落したりしない
■ 9. 結論と解釈
- いじめ加害者であればあるほど社会で成功しやすいというよりも、社会的に問題にならない程度に加害者側に立つ人間ほど将来成功する大人になる
- 要領よくいじめをこなす子供がなんだかんだうまくやる大人になるという可能性が示唆されている
- 弱者を差別して自分を有利な立場に置こうとする振る舞い、自分を不利な立場に置かないようにする振る舞い、むしろそれを逆転させて不適切な個体として排除する集団の振る舞い、どれもこれも人間の社会性に由来するものである
- 社会性とは敵を作らない技術ではなく必要な敵を選ぶ技術であり、人間はこれを様々な規模感で発揮させているだけである
- 攻撃問題と社会的成功には正の相関があるということがこれを賢明な振る舞いたらしめている
- 教室の中だけの話ではなく人間という集団の話である
■ 10. いじめ問題の困難さ
- いじめは純粋な悪としての行為というより、それぞれの子が集団の中で上手に立ち回ろうとした結果出現してしまうものである
- 人間が社会を形成している以上解決が困難である
- いじめというものの定義を動かすことでお茶を濁すみたいな方法はいくらでもあるだろうが、人間は賢く道理性のある特別な存在だからそうした素晴らしさに頼ろうという考えだけでは本質的解決はできない
- 結局はその定義から外れた愚かで感情的で見苦しい者であると判断する巡りになるだけである