■ 1. HEADゲームの概要
- 元CIA情報分析官フィリップ・マッド氏が20年以上のキャリアから編み出した「超効率的かつ分析的な意思決定術(High Efficiency Analytic Decision-Making)」である
- 情報の洪水におぼれることなく効率的な意思決定に至ることが可能な分析法で、国家安全保障から投資先の選定、新車選びにまで応用できる
- 高い学歴も秘密の金庫に隠された特別な情報も不要で、繰り返し使える手法である
■ 2. 基本原則:逆から考える技術
- 文章を右から左に読むように、データから結論へではなく、結論(意思決定者のニーズ)からデータへと逆に分析を進める
- 専門家はすぐデータに飛びつき専門知識と経験と勘に頼って分析を進めがちだが、優れたアナリストはまず意思決定者のニーズを考えてからデータ分析を行う
- ブッシュ大統領へのブリーフィング事例:
- 脅威情報を報告した直後、大統領から「その情報を受けてわれわれは何をすべきか?」と聞かれた
- 大統領が警戒を呼びかけるべきか、公式行事を中止するか否かを決断できるよう、新情報の位置づけを明確に示すべきだった
- 情報に「文脈」を添えることで、脅威情報の位置づけ(ほかの脅威情報と比べてどれほど深刻か)が明確となり、大統領は適切な決断を下せた
- 分析の「目的」をつねに心の片隅に置き、意思決定者が何を知りたがっているかをまず理解し、それに基づいて分析の方向性を組み立て、「意思決定の利点」を提供することがアナリストの最も大切な役割である
■ 3. ステップ1:何を問うべきか?
- 正しい問いを立てることが第1ステップで、簡単そうで難しい段階である
- FBI時代の失敗事例:
- ソマリアのアル・シャバーブへの資金提供問題で、米国内の秘密送金ネットワークの監視に注力した
- 最初に立てた問いが不完全だったため、ソマリア系移民の若者をジハード戦士としてソマリアに送り込むネットワークの存在を見落とした
- 結果、ミネアポリスの高校に通っていた米国籍青年がソマリアで自爆テロを起こした
- 送金ネットワークにばかり気を取られ限定的な捜査しか行っていなかったために悲劇を防げなかった
- 二者択一の問いを避ける:
- 専門家は単純な「はい/いいえ」で答えられる問いに引きずられがちである
- 優れたアナリストは複雑な分析に適した問いを立て直す
- 例:「日本人は北朝鮮のミサイル攻撃を案じるべきか?」ではなく「日本人は北朝鮮のミサイル攻撃をどの程度、案じるべきか?」「個人としてどの程度、案じるべきか?」など
- 訓練方法:
- 「ママに電話で話す」練習:自分の母親でも理解できるくらいわかりやすく、問いをシンプルな一文に落とし込む
- 「思考ゲーム」:関心のある分野で話題になっているテーマについて段階的に問いを深めていく
■ 4. ステップ2:「重視する項目」を設定する
- 新車購入の例:
- チラシやインターネットでやみくもに情報を調べ始めたら何時間も無駄にしてしまう
- 最初に重視する項目を設定することが肝要である
- 「コスト」「信頼性」「チャイルドシートの置きやすさ」「安全性」「サイズ」「燃費」など
- 重視する項目は洗濯物(問い)を仕分ける「かご」のようなもので、重要な問いを評価する際に私たちを導く枠組みである
- コツ:
- 重視する項目の数を6~10個の手に負える数に制限する
- ただし十分に網羅的でないと分析の方向を誤るため、設定する項目が適切かどうかつねに立ち返る必要がある
- これらの枠組みを設定することでデータを振り分け、余計な複雑さを減らすことができる
■ 5. ステップ3:実績(パフォーマンス)を測定する「尺度」を決める
- 自分が正しい道を歩んでいるかどうかを確かめられる「尺度(メトリクス)」を重視する項目ごとに決めておく
- 道路脇のガードレールのようなものである
- テロ脅威情報分析の例:
- 「アメリカでのテロ攻撃の件数」
- 「わたしが住む都市が標的として優先度が高いか」
- 「テロ容疑者の逮捕件数が脅威の高まりあるいは低下を示しているか」など
- 「専門知識のわな」を防ぐ:
- 専門家はえてして自らの積み上げてきた知識に固執し、新たな変化の兆候を見誤る
- 尺度を決めておけば情勢の変化に気づかずに自ら「ゆでガエル」になってしまうことを防いでくれる
- 事例:40年以上前に米東部デトロイトの自動車メーカーが米国内市場シェアをめぐって競争するあまり、より安くて燃費の良い車種をそろえた日本企業の攻勢を見落とした
■ 6. ステップ4:データを色分けする
- 重視する項目と尺度を決めたら、ようやくデータの山に手をつける
- 色分けの基準:
- 青(既知):各データの信頼性が高く量も十分にそろっている
- 黄(推量):情報に欠落があったり、量は十分でも情報源が間接的だったりする
- 赤(未知):データが断片的あるいは量が少ない
- 注意点:
- 青は思っているより少なく、黄に分類すべきデータは予想以上に多い
- 色分けはくれぐれも慎重に行う
- 「能力」と「意図」の区別:
- 「定量的な問い(投資を検討している企業からはいくらの配当が見込めるか)」と「定性的な問い(その企業の経営陣が配当を出したいと発言したことをどうとらえるか)」を選り分ける
- 後者の判断は難しく、評価対象の意図はよくわかっていると言ってくるアナリストや長年の専門家には特に注意する
■ 7. ステップ5:見落としはないか?
- プロセス全体を通じて最も大切なのは最後まで謙虚な姿勢を保ち続けることである
- 「私が知らないことは何か?」「見落としているものはないか?」という問いをつねに心に留めておく
- 「知らない」と口に出すのはプライドが邪魔して難しいが、専門知識とプライドの組み合わせは専門家にとって鬼門である
- 回避方策:
- 「現在の出来事」と「未来の出来事」の予測を区別する:豊富な知識をもとに「今」を説明する能力と「明日」の変化を見極める能力は異なる
- 「新顔(非専門家)」の補充:専門家で構成されたチームに非専門家を補充し彼らに話す機会を与える。ほかのアナリストたちが言い訳しがちな「異例」のデータについては特に彼らに尋ねる(新たな角度から同じ課題を分析する「レッドチーム」)
- 発言機会の保証:新顔メンバーは古株の同席者からの圧力にさらされがちなので質問や発言の機会を保証する。「私の議論」「私の案件」「私の立場」などの言葉を使う古株には注意する
- 複数の質問者の配置:集団内の同調圧力に対抗するため、この種の質問者を最低でも2人は同席させる。集団内の手が届く場所に彼らの「命綱」を用意しておく
■ 8. CIA情報分析官の役割
- CIAの主な任務は世界各地から日々もたらされる複雑かつ膨大な情報を収集・分析し、政策決定者が国家の針路や人びとの安全を左右する決断を下すのを裏で支えることである
- 映画やテレビドラマでは派手なスパイ活動ばかりが描かれるが、実際のCIA職員の大半は地道な情報収集・分析任務にいそしんでいる
- 世界各地から日々もたらされる複雑かつ膨大な情報を処理し国家の安全を支えている