■ 1. 現代人が抱える物差しの重さ
- 上に行きたい、負けたくない、役に立ちたい、ちゃんとしなければといった物差しを両手いっぱいに握りしめて生きている
- 握れば握るほど肩に力が入り、心は休まらない
- 頭では手放せば楽になると分かっていても、怖くて手を開けられない
- 長く生きるほど守るものは増え、物差しの重さはますます増していく
■ 2. 荘子という人物
- 今から約2300年前の中国に生きた思想家
- 継ぎはぎの服を着て貧しく暮らし、藁鞋(わらぐつ)を育てる畑の番人(小役人)として働いていた
- 地位や名誉を求める競争を覚めた目で眺め、王にもこびず、中身のない言葉にはその場ではっきりと言い返す人物だった
- 地位を奪い合った王や大臣たちの名はほぼ忘れられたが、この貧しい番人の言葉は書物となり2300年後の今も世界中で読み継がれている
■ 3. 地位を手放す
- 当時の大国の王から、国政のすべてを任される最高位の地位に招かれた
- 祭りの生贄に選ばれた牛の話を持ち出して断った:
- 牛は何年もの間、上等な餌で養われ美しい布で飾られるが、最後は祭壇へ連れていかれる
- どれほど立派に飾り立てられても、その先に待つものが祭壇ならば、泥の中で自由に遊んでいる方がよい
- 誰もが奪い合う最高の地位を軽やかに手放した
■ 4. 役立ちを手放す
- 腕利きの職人が弟子と旅をする途中、神社で見上げるほど巨大な名木を見つけた:
- 職人はその木に見向きもせず通りすぎ、「役に立たない木だ」と言った
- 船にすれば沈み、棺にすれば腐り、道具にすれば壊れ、柱にすれば虫が食う
- 役に立たないからこそ誰にも切られず、あそこまで大きく長く生きられたと語った
- その夜、職人の夢に木が現れて語った:
- 実のなる木は実を取ろうと枝を折られ、まっすぐな木は使い道があるために若くして切り倒される
- 役立つことは、誰かに使われすり減り、いつか使い切られることでもある
- 役立たずになりきることこそが、自分にとっての最大の役立ちだ
- 役に立つかどうかという物差しから荘子はするりと降りた
■ 5. 正しさを手放す
- 朝三暮四の話: 猿に与える餌を「朝3夕4」と言えば怒り、「朝4夕3」と言えば喜んだ。合計7つで中身は同じなのに、言われ方ひとつで反応が変わる
- 美しさの相対性: 美女を見て魚は怯えて水底へ潜り、鳥は驚いて空へ飛び去る。誰が本当の正しさや美しさを決められるのかと問うた
- 親友・恵子との魚をめぐる議論:
- 荘子「魚があんなに自由に泳いでいる。あれが魚の楽しみだ」
- 恵子「君は魚ではない。魚の楽しみがどうして分かるんだ」
- 荘子「君は私ではない。それなのに私が魚の楽しみを分からないと、どうして分かるのか」
- 正しさを言い争って相手を言い負かすより、その物差しごと手放してしまった
■ 6. 固まった自我を手放す
- 胡蝶の夢:
- 夢の中で蝶になり自由に飛び回ったが、目覚めると荘子だった
- 人間の自分が夢で蝶になっていたのか、それとも蝶の自分が今夢で人間になっているのか
- 本当の自分と固く信じているものも、絶えず移り変わる大きな流れの中の一時の形に過ぎないかもしれない
- 庖丁の話:
- 牛を解体する名人は19年間同じ包丁を使っても刃が研ぎたてのまま
- 骨と骨の間の隙間に薄い刃をすっとすり込ませるから、硬い骨にぶつからずすり減らない
- 無理に断ち切ろうとすれば刃はたちまち鈍る
- 自分はこうでなければと力むのをやめた時、人は最もしなやかにすり減らずに生きられる
■ 7. 死を手放す
- 妻が亡くなった際、荘子は地べたに座って器を叩きながら歌っていた:
- 元々妻は生まれる前、命も形もなかった
- やがて命をもらい形をもらってこの世に現れ、今また形を脱いで元の場所へ帰っていく
- 春が夏になり秋が冬になるのと変わらない
- それを追って泣き叫ぶのは季節の巡りが分かっていないのと同じだ
- 骸骨の夢の話:
- 死者には労苦も寒暑の苦しみも人への気遣いもない
- 王の楽しみもこれには叶わないと語った
- 生き返らせると申し出ると骸骨は嫌だと顔をしかめた
- 自らの葬儀について:
- 天と地を棺とし、日月を飾りとし、星を宝石とし、世界中のものを見送りの品とする。これ以上の葬式はないと語った
- 土の上に置けばカラスが食べ、土に埋めればケラやアリが食べる。カラスから取り上げてアリにくれてやるだけのことだと語った
- 死は怖い終わりではなく、緩やかな季節の変わり目・帰り道のようなものだと考えた
■ 8. 唯一手放せなかったもの
- すべての物差しを手放した荘子が唯一手放せなかったのが、親友・恵子との時間だった
- 恵子は言葉と理屈を操る名人で、物事を理屈できっちり割り切ろうとする性格だった
- 2人は顔を合わせれば決まって議論になり互いに譲らなかったが、荘子はその時間を誰よりも楽しんでいた
- 恵子が先に亡くなった後、荘子はその墓のそばで語った:
- かつてある男が鼻先に薄く白い土を塗り付けて腕利きの職人に削り落とすよう頼んだ。職人は見事にやってのけたが、後に「あの土を鼻に乗せたままビクともせずに立っていてくれる相手はもういない」と語った
- 荘子は「あの男が死んでから、私には本気で語り合える相手がもういない」と漏らした
- 地位も役立ちも正しさも死も軽やかに手放した荘子が、寂しさだけは隠さなかった
■ 9. まとめ
- 荘子は地位・役立ち・正しさ・固まった自我・死を手放し、親友との時間だけを最後まで惜しんだ人物だった
- 物差しを手放す自由とは、何もかもどうでもいいという冷たさではなく、大切なものへの温かさを常に残すものだった
- 両手に握りしめていた物差しをほんの少しだけ緩めてみることが問われている:
- 役に立たなくてもいい
- 言い負かされてもいい
- いつか終わってもいい
- そう思えた時、ぎゅっと縮こまっていた心がふっと軽くなる
- 荘子のメッセージは2300年の時を超えて今も静かに伝わってくる