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【ゆっくり解説】生物多様性はどれだけあればいいのか?【 進化論 / 科学 】

要約:

■ 1. 生物多様性の定義と評価

  • 生物多様性の概念: 生物の多様性は、単に種の数だけでなく、遺伝子や生態系レベルでの多様性も含む。客観的に評価するためには、科学的な指標を用いる必要がある。
  • シャノンの多様性指数: 情報理論の父クロード・シャノンが提唱した情報エントロピーの概念を応用したもので、多様性を数値化する。個体数が均一で、種の種類が多いほど指数が高くなる。この指数は、次に現れる生物の予測が難しく、不確実性が高いほど情報量が多い(多様性が高い)という考えに基づいている。
  • 生物多様性の3つのレベル:
    • 1. 種の多様性: 特定の地域に生息する種の数と均一性。アマゾンのわずか1平方メートルの区画に43種のありが存在した例は、種の多様性の密度を示す衝撃的な事例として引用される。
    • 2. 生態系の多様性: 森林、湖、湿地など、さまざまな生態系の存在。イエローストーン国立公園におけるハイイロオオカミの再導入は、捕食者という特定の種の存在が、生態系全体の多様性回復に寄与した代表的な成功例である。
    • 3. 遺伝的多様性: 同一種内の遺伝子の多様性。個体間の遺伝的差異が大きいほど、病気や環境変化に強い集団となる。

■ 2. 遺伝的多様性の重要性と欠如の弊害

  • 多様性欠如の事例:
    • アイルランドのジャガイモ飢饉: 19世紀のアイルランドで、遺伝的多様性の低い単一品種のジャガイモに疫病が蔓延し、壊滅的な被害をもたらした。これは、遺伝的多様性の欠如が食糧供給に甚大なリスクをもたらすことを示している。
    • ハプスブルク家: 権力集中を目的とした近親婚を繰り返した結果、遺伝子が均一化し、遺伝性疾患(ハプスブルク家の顎など)が固定化された。これは、遺伝的不動による有害な形質の固定化と、近交弱勢(遺伝子が似ている個体の交配によって生殖能力などが低下する現象)の代表例である。
  • MVPとNE:
    • MVP(最小存続可能個体数): ある集団が将来にわたって存続するのに必要な最低限の個体数。
    • NE(有効集団サイズ): 実際に次世代に遺伝子を伝えている繁殖個体数。この数が小さいと遺伝的多様性が失われやすくなる。
    • 人の遺伝的多様性: 現代人は80億人という数を持つが、過去に経験したボトルネック(個体数の急激な減少)により、遺伝的多様性はチンパンジーなど他の動物に比べて低い。

■ 3. 生物多様性の負の側面

  • 外来種による多様性の低下: 一時的に種の多様性が増えても、外来種が爆発的に増殖し、在来種を駆逐する可能性がある。これは「侵入メルトダウン」と呼ばれ、中長期的に多様性を均一化させる。
  • 過剰な多様性の脆弱性: 多様性が高すぎる集団は、感染症の宿主となる生物が増えたり、生態系の複雑さからバランスが崩れた際に元に戻りにくくなったりする場合がある。
  • 遺伝的救済と裏目: 外来の遺伝子を導入することで一時的に遺伝的多様性が回復する「遺伝的救済」は有効だが、その後、導入された遺伝子が集団を支配し、再び多様性が低下する事例(例:アイル・ロイヤル島のハイイロオオカミ)も報告されている。

■ 4. 結論:多様性の「必要量」

  • 人間の視点: 生物多様性の「多すぎる」「少なすぎる」という議論は、人の生活を維持するための「必要量」を考えることが重要である。
  • 数字による評価: 生物多様性の保全は、感情論だけでなく、MVPやNEといった科学的な数字に基づいて行うべきである。これらの指標は、保全活動の目標設定や、政治・経済的な意思決定の場で説得力を持つ。
  • 進化の視点: 今回紹介された事例は、すべて進化のメカニズム(自然選択、遺伝的浮動、遺伝子流入など)によって説明できる。多様性の変動は、生物進化の歴史において普遍的なパターンであり、進化の視点を持つことで、多様性の問題の本質をより深く理解することができる。