1989年、サウサンプトン大学とユタ大学の研究者がごく簡単な装置で核融合反応を引き起こす「常温核融合」の発表を行い世界を驚かせたが、その後の検証では再現性が認められず、トンデモ科学の仲間入りとなった。あれから30年あまりの技術革新を経て、あの常温核融合が「新水素核融合反応」と形を変えて現実のものとなった。
1970年から核融合の研究を続けてきた大阪大学原子力工学専攻の髙橋亮人教授を取締役最高顧問に据えた核融合スタートアップNew Hydrogen Fusion Energyは、髙橋教授が提唱する「4H/TSG理論」にもとづく「新水素核融合」を利用した暖房装置の実証試験を行うと発表した。
新水素核融合とは、ナノ構造の固体結晶のなかで水素が特異的に起こす核反応のことで、一般には多体水素核融合反応と呼ばれている。ナノ技術などの進歩により世界で研究開発が進められ、「クリーンな核融合」として注目を集めている。なぜクリーンなのかと言えば、燃料がどこにでもある軽水素(H)だからだ。それを、これまたどこにでもあるニッケル金属を含む粉末材料と反応させる。安価で安全で二酸化炭素の排出量も少ないと、いいことずくめのようだが、これをたしかな技術として実用化へ進めるための決め手に欠けていた。
ところが今年の2月、神戸大学は水素ガスとニッケル合金を用いる反応炉で、核融合の際に放出されると予測されていた、自然界には存在しない元素ヘリウム3の検出が確認され、常温核融合が実証された。これで王道の技術となったと言える。
New Hydrogen Fusion Energyが開発した新水素核融合熱モジュールの出力は、粉末材料1キログラムあたり1キロワット。入力電力の2倍以上の熱が得られるという(実用段階では10倍以上の出力を想定)。具体的には、冬場の6カ月間、熱量6キロワット(25畳の部屋に適したエアコンのパワーに相当)で運転すると850リットルの水素を消費する。一般の工業用ガスボンベ1本(7立方メートル)で8シーズン運転できるという。これを電気で賄えば、コストは30倍になる。ヒートポンプ式のエアコンの場合は約6倍、灯油なら約12倍のコストになる計算だ。
現在、世界各地で開発が進められている高温核融合のような膨大なエネルギーを生み出せるわけではないが、三重水素(トリチウム)を使う高温核融合と違い、燃料の軽水素は中性子を含まないため放射性物質は放出されない。放射能を遮断する必要がなく、超高温のプラズマを閉じ込める複雑な装置も必要ないため全体に小型化でき、さまざまな場所での利用が想定されている。
暖房機の実証試験はこの冬にNew Hydrogen Fusion Energyの社屋で行われる。今後の予定は次のとおり。
1. 暖房用熱モジュールの試作を2026年度に開始。2029年度に量産開始。
2. 給湯用熱モジュールの試作を2026年度に開始。2029年度に量産開始。
3. 冷房用熱モジュールの試作を2027年度に開始。2030年度に量産開始。
4. 発電機用熱モジュールの試作を2027年度に開始。2030年度に量産開始。現在、大手電力会社と協議中。
開発が難航している高温核融合より先に、シンプルで経済的なこちらが世界にエネルギー革命を起こしそうだ。家庭用の新水素核融合発電機が開発されたなら、世の中は大きく変わる。もう常温核融合はトンデモ科学でも夢でもない。
文 = 金井哲夫