■ 1. クローン人間の定義
- クローン人間は人工的に生み出されたある特定個人の複写個体といえる
- 厳密には特定個人の完全なコピーとはいえず、いわば年齢の離れた双子の兄弟というべきもの
- 遺伝情報が全く同一なだけの別人である
■ 2. 議論の背景
- 近年ではクローン技術の発達によりクローン人間の実現性がにわかに高まってきている
- そこで議論の的となるのが「クローン人間に人権を認めるか否か」というところ
- 人間の母親から産まれてきていないクローン人間は果たして人権が認められるヒトなのか、それともモノなのか
■ 3. クローン人間に人権を認めない場合の危険性
- 結論:これは非常に危険である
- なぜかというと今現在世界で認められている人権の普遍性を著しく侵害するから
- 1948年に国連において採択された世界人権宣言の第一条と第二条:
- 第一条:すべての人間は生まれながらにして自由であり、かつ尊厳と権利とについて平等である。人間は理性と良心とを授けられており、互いに同胞の精神をもって行動しなければならない
- 第二条:すべて人は人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治上その他の意見、国民的若しくは社会的出身、財産、門地その他の地位又はこれに類するいかなる事由による差別をも受けることなくこの宣言に掲げるすべての権利と自由とを享有することができる
- 人権とはいつどこでもどのような場合であっても誰もが産まれながらにして持っている権利
- 人種や国籍、性別や社会的立場に関わらず誰もが等しく人権を持っている
■ 4. 人権の普遍性が宣言された理由
- なぜこのように人権の普遍性がわざわざ国連で宣言されたのか
- それはかつて起こったWW2(第二次世界大戦)の悲劇にその理由を見て取ることができる
- WW2において世界最大の人権侵害がかつて国家によって行われた:ナチスドイツのホロコースト
- ナチスドイツはかつてユダヤ人に人権を認めなかった
- 国家が人権の適用範囲を人種等の理由によって恣意的に変えることが認められていた
- その結果として何百万という人が殺された
- また、ナチスドイツは病人や老人といった社会的弱者の人権も剥奪していた
- 国家にとって役立たない(とナチスが考える)人々を合法的に抹殺できるようにしていた
- 結果として戦後、このような悲劇が二度と繰り返されないよう、人権は全ての人間が産まれながらにして持つこと、人権はなにものによっても侵されてはならないことが国連において宣言された
■ 5. クローン人間に人権を認めない場合の具体的危険性
- クローン人間に人権を認めないとなるとこの人権の普遍性を侵すことになる
- 人権はいついかなるときも全ての人に認められなければならないのに条件付きでそれを制限できることになる
- その結果がどうなるかは歴史が証明している通り
- 具体例1:
- 国家がある個人を合法的に抹殺したいと考えているとする
- クローン人間の人権が認められていないと法にあったらどうなるか
- 国家はその個人の個人情報を改ざんして出自がクローンであるとねつ造できれば、その個人の人権を剥奪できることになる
- 具体例2:
- ある人の出自がクローンでその後は普通の人間として育てられてきたとする
- その後その人の出自が明らかになったとして、クローン人間に人権が認められていなければ、その人はいきなりモノ扱いされることになる
- 今日の私たちが安心して暮らしていられるのは人権がいついかなる時も誰にでも絶対に認められているから
- よってクローン人間に人権を認めないのはとても危険だといわざるを得ない
■ 6. クローン人間に人権を認める場合
- この場合は簡単
- 自然人として人権をもつ人をモノのように扱うことは許されない
- よってクローン人間を作ること自体が禁止されなければならない
■ 7. 結論
- クローン人間だろうが母親から産まれた人間だろうがどちらも人権が認められるべきヒトである(人権の適用対象に例外を認めるわけにはいかないため。そもそも人権の適用範囲に例外を設けること自体が人権の概念に反している)
- クローン人間の作成は人間をモノのように扱う行為といえるよって禁止されるべきである
■ 8. 余談:クローン人間はダメだがクローン技術そのものはイイ
- 再生医療というものがある
- これは人間の手足や臓器をクローン技術によって作成し移植することで身体機能を回復することを目指す医療技術
- 世界中から注目を集めているiPS細胞は再生医療で用いられ個人の臓器や四肢を完全に再生することが究極的な目標となっている
- この再生医療の開発に世界中の医療関係者や機関がしのぎを削っている
- このように人間「そのもの」を作成するのはダメだが人間「のパーツ」を作成するのは認められており研究も積極的に推し進められている
■ 9. クローン人間と再生医療の違い
- クローン人間と再生医療、この二つの違いは何なのか
- 筆者個人は「人間としての能力を持つか否か」という違いによるものだと考えている
- つまりクローン人間は心や精神といった「自己」を持つかもしれないのでタブーだが、人間のパーツはモノでしかないのでOKということ
- そしてそれは突き詰めれば「人間としての能力を持つヒト脳」を持つか否かということになる
■ 10. 完全なヒト脳の作成を非合法化すべきである
- 宗教やら哲学やらで「心」だの「魂」だのがどこにあるのかという議論は今まで数限りなく行われてきた
- しかし科学的に見ると心の所在は一つしかない:脳である
- クローン人間と人間のパーツ、この二つを決定的に分かつのはヒト脳を持つか否かということだと思われる
- つまり再生医療等に使われるクローン技術を合法化しクローン人間を非合法化するには「人間としての能力を持ち得るヒト脳」の作成を禁止すればよいのではないか
- クローン技術の規制やクローン技術を扱える医師や医療機関を限定するための法整備といった難問は数多くあるだろうが、まず最初に「人間としての能力を持ち得るヒト脳」の作成を法律で禁止すべきではないかと個人的に思っている
■ 1. 総合評価
- この文章は倫理学・法哲学の基礎的議論として一定の枠組みを提示しているが、論理的飛躍、概念の混乱、科学的理解の不足が顕著
- 人権論の基本は押さえているものの、クローン技術の実態や生命倫理学の議論を十分に理解しておらず説得力に欠ける
■ 2. 前提となる問いの設定ミス
- 「クローン人間に人権を認めるか否か」という問いを立てているがこれ自体が誤った問題設定
- 論理的欠陥:
- 人権は「認める/認めない」を選択できるものではなく人間であれば当然に有する権利
- 正しい問いは「クローン技術で生まれた存在は『人間』か?」
- 著者は最終的に「クローン人間も人間」と結論づけるなら最初から「人権を認めるか否か」という問い自体が成立しない
- 根本的矛盾:世界人権宣言を引用して「すべての人間は生まれながらにして」権利を持つと言いながら同時に「認めるか否か」を議論している
■ 3. 「母親から産まれる」という基準の曖昧さ
- 「人間の母親から産まれてきていないクローン人間」という記述に問題
- 論理的欠陥:
- 科学的事実の誤解:クローン人間も女性の子宮で妊娠・出産される(体細胞核移植→卵子に移植→子宮に着床→妊娠→出産、クローン羊ドリーも代理母羊から生まれた)
- 「母親から産まれる」の定義不明:遺伝的母親か妊娠・出産する母親か?
- 現代の生殖補助医療(体外受精、代理母出産など)との整合性が取れない
■ 4. 「年齢の離れた双子」という比喩の不正確さ
- クローン人間を「年齢の離れた双子」と表現
- 論理的欠陥:
- 一卵性双生児との違い(双子は受精卵の分裂で同時期に発生、クローンは体細胞核から別の時期に発生、遺伝情報は「全く同一」ではなくミトコンドリアDNAが異なる)
- エピジェネティクスの無視(遺伝子のメチル化パターンは環境で変化、クローンであっても表現型は異なる可能性、「遺伝情報が全く同一」という記述は科学的に不正確)
■ 5. ナチス・ホロコーストとの類推の不適切さ
- ナチスのユダヤ人虐殺を引き合いに出してクローン人間の人権否定の危険性を論じている
- 論理的欠陥:
- 歴史的文脈の根本的相違(ナチスは既存の人間集団から恣意的に人権を剥奪、クローン問題はまだ存在しない存在の地位を予め議論)
- 感情的訴求への依存:ホロコーストは極端な事例でありそれとの類比で論証するのは感情に訴える詭弁
- 滑りやすい坂論法:「クローン人間の人権を認めないと次は他の人々の人権も剥奪される」という因果関係は実証されていない
■ 6. 「個人情報改ざん」の事例の非現実性
- 「国家がある個人の出自をクローンだとねつ造して人権を剥奪する」という想定
- 論理的欠陥:
- 現実的可能性の低さ:DNA鑑定で即座に判明
- 他の人権侵害の方が容易:国家が人権を侵害したいならもっと簡単な方法がある(冤罪、拷問、暗殺など)
- 架空のリスクで実在の問題を論じる誤り:仮想的な危険性だけで論証するのは不十分
■ 7. 「クローン人間作成禁止」の論理的飛躍
- 「クローン人間に人権を認める→クローン人間作成は禁止」という論理展開
- 論理的欠陥:
- 前提が不明確:なぜ人権を持つ存在を作ることが禁止されるのか?
- 通常の出産との比較(通常の子供も人権を持つがしかし出産は禁止されていない、なぜクローンだけが禁止されるのか説明不足)
- 「モノのように扱う」の定義不明(どのような意図・方法でクローンを作るのか、医療目的の場合も「モノ扱い」なのか)
■ 8. 再生医療との区別の曖昧さ
- クローン人間はダメだが臓器のクローンは良いその違いは「脳」の有無という主張
- 論理的欠陥:
- 「人間としての能力を持つヒト脳」の定義不明(脳の発達段階のどの時点から「人間としての能力」を持つのか、胎児の脳は、重度の脳損傷者の脳は、脳死状態の脳は)
- 脳以外の器官の問題(心臓を持つクローン人間の体(脳なし)は許されるのか、脊髄はどうか、境界線が不明確)
- パーソン論との未接続(生命倫理学では「人間(human)」と「人格(person)」の区別が議論されているが著者はこの議論を全く参照していない)
■ 9. 「心の所在は脳」という単純化
- 「科学的に見ると心の所在は一つしかない:脳である」という断定
- 論理的欠陥:
- 神経科学の複雑性を無視(「心」は脳の特定部位にあるわけではなく全脳的なネットワークの活動、身体との相互作用)
- 意識のハードプロブレム(なぜ物理的な脳活動が主観的経験を生むのかは未解決、「心=脳」と単純に言い切れない)
- 哲学的議論の軽視(「宗教やら哲学やらで...」と軽く流しているがこれらは重要な議論)
■ 10. 論理構造の混乱
- 論理展開が一貫していない
- 構造の矛盾:
- クローン人間に人権を認めないのは危険
- クローン人間に人権を認めるなら作成は禁止
- 結論:クローン人間は人権を持つ、作成は禁止
- 論理的欠陥:1と2の論理的つながりが不明確、「人権を認める→作成禁止」の論証が弱い、なぜ人権を持つ存在を作ってはいけないのか説明不足
■ 11. 既存の生命倫理学の議論の無視
- クローン技術の倫理に関する既存の学術的議論を全く参照していない
- 欠落している重要論点:尊厳への侵害、オープンフューチャーの権利、親子関係の複雑化、遺伝的多様性の減少、代替可能性の問題、優生学との関連
■ 12. 欠けている視点
- クローン技術の具体的利用目的(治療目的、優生学的目的、代替目的、自己愛的目的など目的によって倫理的評価が異なる可能性)
- 法的な人格の開始時期(受精時、着床時、胎児期のある段階、出生時、この議論が欠如)
- 比較法的視点(各国のクローン規制法の実態、UNESCO宣言、各国の生命倫理委員会の見解、国際的合意の現状)
- 技術的実現可能性(クローン人間は本当に実現可能か、現在の技術レベル、リスク)
- 社会的影響(クローン人間が実際に生まれたら社会はどう対応するか)
- 親の権利との衝突(生殖の自由vs社会的禁止)
■ 13. 改善提案
- 問いの再設定(「クローン技術で生まれた存在は人間(human)か人格(person)か」「人間を作る技術は道徳的に許されるか」)
- 科学的知識の補強(クローン技術の実際のプロセスを正確に記述、遺伝学・発生学の基礎を押さえる)
- 既存議論の参照(生命倫理学の四原則、パーソン論、カント倫理学)
- より現実的なケースの検討(不妊治療、遺伝病回避など)
- 反論への対応(「クローンは人間ではない」という立場への反論、「生殖の自由」を主張する立場への反論)
■ 14. 肯定的評価
- 良い点:問題意識は重要、人権の普遍性の強調、一貫した結論、再生医療との区別の試み
- 評価できる論点:人権に例外を認めることの危険性、歴史的教訓の重要性、人間の道具化への警戒
■ 15. 結論
- この文章は入門的な問題提起としては意義があるが学術的・論理的には極めて不十分
- 主な問題点:科学的理解の不足、概念の混乱、論理的飛躍、既存議論の無視、極端な事例への依存、脳中心主義の単純化、反論への対応なし
- 格付け:論理的説得力★★☆☆☆(5点満点中2点)
- 基本的な問題意識は評価できるが論証の粗さ、科学的知識の不足、既存研究の無視により説得力は著しく低い
- 高校生の倫理レポートとしては合格点だが大学レベル以上の論考としては不合格
- 最大の弱点:「クローン人間に人権を認めるならクローン作成は禁止」という中心的主張の論証が極めて薄弱