■ 1. 世界最小エンジンの概要
- キングス・カレッジ・ロンドン(KCL)の研究チームが人間の細胞よりも小さく太陽よりも高温になるエンジンを開発
- 真空中に浮かぶたった1つの微粒子で動く世界最小のエンジン
- 摂氏1000万度(華氏約1800万度)まで加熱され太陽の表面より数百万度も高温でコロナの3倍に達する
- 注目すべきは極端な温度だけでなく物理法則の限界そのものを揺さぶる点
■ 2. 従来のエンジンとの違い
- 通常のエンジンはエネルギーを運動に変える仕組み
- 古典物理学では熱力学の法則に基づく単純なプロセスとして説明される
- 装置のスケールを原子や粒子レベルにまで小さくするとルールは途端に通用しなくなる
- 研究者たちは四重極イオントラップ(ポールトラップ)という装置を使用
- 振動する電場を使って荷電した微粒子をほぼ完全な真空中に浮かせる仕組み
- 粒子にランダムな電圧(ノイズ)を加え激しく揺らすことで運動エネルギーから熱を生み出すことに成功
- このエンジンの動きは予測不能
- エネルギーを与えると加熱されるはずのところ逆に冷却されることもある
- 通常の熱力学の法則ではあり得ない奇妙な現象
■ 3. 確率熱力学の新領域
- 不規則なふるまいは確率的(ストキャスティック)な挙動と呼ばれる
- 近年注目を集める確率熱力学という新しい分野の中心的なテーマ
- 物理法則は平均的には成り立つものの個々の現象レベルでは必ずしも通用しない
- 筆頭著者のモリー・メッセージ氏の見解:
- エンジンとその中で起こるエネルギーのやり取りは宇宙の縮図のようなもの
- 蒸気機関の研究が熱力学という学問を生み出しそこから物理学の基本法則が見えてきた
- エンジンを新しい領域で研究することで宇宙やその発展を支えるプロセスへの理解をさらに深めることができる
- 一見直感に反するこのスケールで熱力学を理解することで将来的にはより優れたエンジンを設計できる可能性
- 自然に対する理解そのものを揺さぶるような実験を行えるようになる
■ 4. 生物学への応用可能性
- 極小エンジンは生物学にも大きな影響を与える可能性
- 顕微鏡レベルでは生命そのものが確率的エンジンの集合体のように動いている
- タンパク質や酵素・分子機械などは常にランダムな熱ノイズの中で働いている
- 研究チームの装置がタンパク質の折りたたみを再現するアナログコンピューターとして機能することを発見
- タンパク質の折りたたみは生物学で最も難解な現象のひとつ
■ 5. タンパク質折りたたみへの応用
- タンパク質の構造と重要性:
- タンパク質はアミノ酸が連なった鎖からできており正確な立体構造に折りたたまれて初めて機能を果たす
- 誤って折りたたまれるとアルツハイマー病やパーキンソン病・嚢胞性線維症などの病気を引き起こす
- 既存技術の限界:
- Google DeepMindのAIツールAlphaFoldは最終的な立体構造を予測できる
- 鎖がどのようにしてその形に至るのかという複雑な過程までは再現できない
- KCLのマイクロエンジンの利点:
- 研究チームは電場を調整し制御されたノイズを加えることで生体内の混沌とした環境を再現
- タンパク質が折りたたまれていくプロセスをリアルタイムで物理的に模擬することができる
- AlphaFoldのような従来のデジタルモデルと比べてシンプルである
- タンパク質の折りたたみはミリ秒単位で起こるがそれを構成する原子の動きはナノ秒単位
- この異なる時間スケールのせいでコンピューターによるシミュレーションは非常に困難
- 微粒子の動きを観察しそれをもとに数式を立てるだけでこの問題を完全に回避できる
- 研究成果は学術誌Physical Review Lettersに掲載