■ 1. 無境界仮説の再提唱
- 2018年にスティーヴン・ウィリアム・ホーキングとトーマス・ハートッホが改めて宇宙の始まりなどないとする説を発表
- ホーキングは1983年にジェームズ・ハートルと共に宇宙には時間的な始まりが存在しないとする無境界仮説を発表していた
- 仮説には弱点があり宇宙の始まりについては他にも有力な説が存在
- ホーキングは弟子であるハートッホと共に議論を磨き続け2018年に弱点を克服した新無境界仮説を改めて発表
- この仮説は宇宙が超高温超高密度の火の玉すなわちビッグバンで始まったことを否定するものではない
■ 2. ビッグバン宇宙論と特異点
- 現在定説となっているビッグバン宇宙論ではビッグバンになる直前にビッグバンを引き起こす種みたいなものがあったと考えられている
- この種こそが真の宇宙の始まりでありホーキングはそれを特異点としていた
- 特異点の定義:
- アインシュタインの一般相対性理論では大きさは0で温度や密度やその他色々な物理量が無限大の一点
- 特異点の周囲ではガチクソ強力な重力により空間が歪んで特殊な球状の境界が発生し物質はおろか光すら吸い寄せる
- 境界の内側に入ったら最後物質も光も絶対に抜け出せなくなる
- この境界を事象の地平線と言いブラックホールを指す
- ビッグバン前の特異点はブラックホールのそれとは全く違う
■ 3. 特異点定理の確立
- 特異点は数学的に表すと0で割るようなものであり計算できないバチクソ厄介な存在
- かつては特別な場合にのみ形成されると考えられていた
- カール・シュヴァルツシルトが特異点の存在する時空構造を数学的に導き出しブラックホールの存在を初めて理論的に明らかにした
- 1965年にロジャー・ペンローズが特異点はどこにでも生まれると主張:
- 物質が何か適当なエネルギー条件を満たすなら宇宙のどこだろうと重力崩壊により特異点が形成されブラックホールが生まれることを数学的に証明
- ペンローズのアイデアに触発されたのがホーキング
■ 4. ビッグバン宇宙論の確立過程
- 当時の天文学界隈では定常宇宙論に代わってビッグバン宇宙論が新たな標準宇宙論になりつつあった
- 宇宙が時間と共に膨張していることは1929年にエドウィン・パウエル・ハッブルによって観測的に明らかにされた
- 1964年にアーノ・ペンジアスとロバート・ウッドロウ・ウィルソンによってビッグバンの名残りの光とされる宇宙マイクロ波背景放射が発見
- ビッグバン宇宙論には宇宙の始まりの前には何があったのという究極の問題が存在
■ 5. ホーキングとペンローズの共同研究
- ホーキングはビッグバン宇宙論を支持しこの問題を解決するため師匠のデニス・ウィリアム・シアマにペンローズを紹介してもらい一緒に研究を始める
- 1965年にホーキングとペンローズは宇宙の始まりは特異点だったと主張:
- ペンローズの数学定理を宇宙全体に応用し膨張し続ける宇宙の時間を逆戻しさせた
- 宇宙はどんどん収縮し時刻t=0になると必ず特異点に到達することが数学的に証明できた
- この結果は特異点と共に時が刻まれ始めたことを表していた
- これを特異点定理と言う
- 宇宙と同時に時間が始まったのだから始まりの前なんて概念はないというのが答え
■ 6. カトリック教会の反応と問題点
- カトリック教会は諸手を挙げて歓迎:
- 宇宙に始まりがあるのならそのきっかけが必要で神がその役割を担うはず
- 計算できない特異点はもはや科学の範疇になく神の領域にある
- 神の存在証明が科学的に行われたとカトリック教会はホーキングたちを賞賛
- 根っからの無神論者ホーキングはその後宇宙の始まりは撤回されることになる
- 特異点定理の根本的な問題:
- 特異点は神の領域にあるようなものであり正直存在して欲しくない
- ブラックホールの特異点は事象の地平面で覆われて外側の世界から見えないため見えないものはないのと同じという扱いができる
- ビッグバンの特異点の場合は特異点がその時点での宇宙の全てであり特異点の外側はなく事象の地平面も存在しえない
■ 7. 量子力学の導入
- 1983年にホーキングは改めて宇宙の始まりなどないと主張
- ホーキングは特異点において一般相対性理論など物理法則が破綻するのはそれらが古典物理学だからと考えた
- 古典物理学の定義:
- 量子力学以外の物理学である一般相対性理論やニュートン力学マクスウェルの電磁気学など
- 粒子はきちんと定義された位置と速度を持つことが当たり前とされている
- スケールがドクソ小さくなるとこの当たり前が通用しなくなる
- 1927年にヴェルナー・カール・ハイゼンベルクが粒子の位置と速度の両方を同時に正確に予測できなくなることを明らかにした
- これを不確定性原理と言い不確定性原理を基本原理とする理論を量子力学と言う
■ 8. 宇宙の波動関数と無境界仮説
- 特異点直後のドチクショウちっちゃい宇宙は量子力学の範疇にあると考えたホーキングは一般相対性理論に量子力学を取り入れて研究を進めた
- 量子力学においてガチクソちっちゃい粒子は波のような性質を持ちこのような粒子の状態を表す関数を波動関数と言う
- ホーキングは特異点直後の宇宙の状態を波動関数を使って記述し宇宙の波動関数とした
- 宇宙の波動関数で宇宙の振る舞いを調べるには波の端っこである宇宙の端っこたる始まりがどうなっているか決める必要がある
- これを境界条件と言いホーキングは宇宙には端っこがないつまり始まりがないという意味の境界条件をぶち上げた
■ 9. 虚時間と宇宙の始まり
- ホーキングは宇宙の始まりには虚時間で測定される時間が流れていると考えた
- ある時点から実時間が流れ始めたために宇宙はぐわっと膨張しビッグバンに至ったとした
- 虚時間では時間と空間の区別がないものの区別はつかなくなる
- 宇宙の始まりは針先の頂点のような特異点にはならずつるんと丸い半球の底のようになってどこが始まりなのか分からなくなる
- この状態を宇宙が南極点から始まったようなものだと説明
- 宇宙の境界条件は空間と時間の境界がない無境界であるというこの説を無境界仮説と言う
- 一般相対性理論と量子力学をフュージョンさせた理論を量子重力理論または重力の量子論と言う
■ 10. 無境界仮説の弱点
- 1983年版の無境界仮説の弱点:
- 宇宙の始まりからビッグバンに至るまでの指数関数的な急膨張をインフレーションと言う
- 無境界仮説が予測している宇宙の波動関数ではインフレーションがドクソ弱いことが分かってきた
- そんなしょぼい宇宙では銀河はほとんど生まれず下手したら再び収縮してしまう可能性もあった
- 現在の宇宙に銀河はバチクソたくさんあり宇宙マイクロ波背景放射の観測結果からも宇宙は均一であることが分かっている
- これは宇宙が強いインフレーションを起こした結果に他ならない
- ホーキングは宇宙に人間が存在しているのはそうでなければ人間は宇宙を観測しえないからという人間原理まで使ってこの弱点を補おうとしたがうまくいかなかった
■ 11. トップダウン宇宙論
- ホーキングは弟子であるハートッホと共に研究を続け一般相対性理論のみならずビッグバン宇宙論そのものに量子力学を取り入れるというアイデアにたどり着いた
- 量子力学の重ね合わせと波動関数の収縮:
- 粒子は観測されるまでたくさんの可能性がごちゃごちゃに重なった状態で存在する
- これを重ね合わせと言い粒子の状態を表す波動関数も複数の固有状態を示す波動関数を足し合わせた形で表現される
- 観測を行うと重ね合わせの状態が解消されごちゃごちゃの中から1つの状態が選択される
- これを波動関数の収縮と言う
- ホーキングは量子力学を取り入れた宇宙論でも同じようなことが起こるとした:
- 観測前の宇宙には色々な可能性を持つ量子的歴史があってその重ね合わせが起こっている
- 観測結果によって宇宙のどの歴史が意味を持つかが収縮する
- 歴史が後から決まる
- これまでの宇宙論は過去すなわち初期条件をまず決めてそこから物理法則を使って未来を予測する
- 唯一の過去から多様な未来を予測するという意味でこれをボトムアップ宇宙論と言う
- 現在の観測から起こりうるあらゆる歴史のうちどれが意味を持つかが決まるという量子的な宇宙論をトップダウン宇宙論と言う
■ 12. 新無境界仮説の完成
- ホーキングとハートッホはトップダウン的な視点で無境界仮説から予想される波動関数を見直した
- しょぼい宇宙の波動関数より強いインフレーションで生まれる宇宙の波動関数の方がずっと支配的になることが示された
- トップダウン宇宙論だと無境界仮説の弱点が克服され改めて宇宙の始まりはないと言える
- トップダウン宇宙論の特徴:
- 宇宙はいくつもの歴史を重ね合わせた曖昧な状態から始まり同時に時間と物理法則もぬるっと登場した
- 始まったばかりの時間はいわゆる時間の矢が存在していなかった
- エントロピーの増大と共にだんだんと方向性が定まり時間らしい振る舞いをするようになった
- 物理法則も全く固定されておらず時間が時間らしくなるのに合わせてダーウィンの進化論のごとく徐々に進化し確定していった
■ 13. ホーキングの遺産
- 2018年3月14日にホーキングは76歳の生涯を終えた
- 2018年版の無境界仮説はその後に発表されたものであり事実上彼の最後の理論となった
- トップダウン宇宙論の完成は彼がハートッホに出した最後の宿題となった
- 無神論者のホーキングは天国も死後の世界もないと断言していた