■ 1. 概要
- 米カリフォルニア大学サンタバーバラ校などの研究グループが太陽光の熱を化学エネルギーとして蓄え再利用する新たな分子技術を開発
- 技術名称は「分子太陽熱エネルギー貯蔵(MOST)」
- 従来の蓄電池を上回るエネルギー効率を実現し住宅の暖房・給湯への活用が期待される
- 研究成果は米科学誌「サイエンス」に掲載
■ 2. MOSTの技術的背景と歴史
- 研究の歴史:
- 1960年代から研究が継続されてきた
- 日本では京都大学教授の故吉田善一氏らが次世代技術として研究を推進
- 単位体積あたりのエネルギー量が一般的な蓄電池と比べて少ないという課題があり長らく停滞
- 技術の仕組み:
- 光を当てると構造や性質が変わる分子を使い太陽光エネルギーを分子内に蓄積する
■ 3. 新技術の開発内容
- 着想の源:
- 紫外線によるDNA損傷メカニズムに着想を得た
- 使用化合物:
- 「ピリミドン」を中心とした化合物と化学反応を応用
- ピリミドン系反応では同じ原子構成でも光や熱により構造が変化し高エネルギーを持つ「異性体」が生成される
- 分子の設計:
- 光を吸収して高エネルギー状態に変換し外部刺激により元の状態に戻る特殊な構造のピリミドン系分子を設計
■ 4. 性能と評価
- エネルギー密度:
- 開発材料は1キログラムあたり1.65メガジュールを蓄積
- 比較としてリチウムイオン電池は0.9メガジュール/kg
- 理論上リチウムイオン電池を上回るエネルギー蓄積技術
- 耐久性と保存性:
- エネルギー保存期間は最大3.4年(半減期)
- 蓄熱・放熱を約20回繰り返してもほとんど劣化しない耐久性を確認
- 研究リーダーのコメント:
- カリフォルニア大学のハン・グエン氏は「エネルギーを多く蓄える分子ほど安定性が低い」というトレードオフをピリミドン系が克服できたと強調
■ 5. 実用化に向けた課題
- エネルギー源の制約:
- 現在の材料が貯蔵できるのは紫外線のみ
- 紫外線は太陽光のうち数%にすぎない
- 反応する波長は300〜310ナノメートルの極めて狭い範囲に限定される
- 専門家の指摘:
- 立命館大学の永井邑樹助教は「エネルギー密度がそのまま実用化に直結するものではなく波長の利用範囲やデバイスへの応用時の密度低下など解決すべき課題が多い」と指摘
■ 6. 社会的背景と期待
- エネルギー問題との関連:
- 世界のエネルギー消費の約半分は暖房に使用されその大部分を化石燃料が担う
- 気候変動対策・エネルギー安全保障の観点から太陽エネルギー活用が再注目されている
- 暖房代替の可能性:
- MOSTシステムで既存暖房を置き換えることで温暖化ガスの大幅排出減が期待される
- 実用化への条件:
- 産業技術総合研究所の則包恭央氏は「化石燃料とのコスト競争力や軽量・搭載性などの優位性が確立できれば実用化に近づく可能性がある」と指摘
■ 7. 世界の研究動向
- スウェーデン:
- 世界の先頭を走るとされ2018年に「ノルボルナジエン」を使った液体循環システムで集熱・蓄熱・放熱の技術を実証
- 多くの国がこのシステムの応用研究に取り組む
- ドイツ:
- 可視光を効率よく吸収する増感剤との組み合わせ研究が進展
- 英国・中国:
- 光照射で分子構造が変わる「アゾベンゼン」化合物を活用する研究が進展
- 社会実装に向けた取り組み:
- 小型の熱電素子と組み合わせて電気に変換する試みなど分子設計や小型デバイスへの応用研究が進展