■ 1. セッションの概要と問題意識
- 2026年6月9日、JSAI2026(Gメッセ群馬)においてINFOSTAが企画したセッションの開催報告
- セッションタイトルは「生成AI・プレプリント時代における研究成果公開の再設計 ― トップカンファレンス文化はどこへ向かうのか」
- 立ち見が出るほどの盛況で、AI研究者から情報専門職まで多様な参加者が90分間議論
- 中心的な問いは「AIを使うか否か」ではなく「信頼を損なわずに使うための条件」
- 論文という成果物よりも、バージョン管理・データやコードの根拠・責任の所在・AI関与の開示と検証可能性という「プロセスとしての信頼」の設計が本質的課題
■ 2. 査読システムの現状と破綻(杉山将先生・理化学研究所)
- トップカンファレンスの規模拡大:
- NeurIPS 2025は対面参加2.7万人、投稿21,575本
- ICML 2026は約2.4万本(倍増)、AAAI 2026は前年比83%増
- 査読体制の実態:
- NeurIPS 2025の査読者は約2.4万人だが、専門家はほぼ全員がエリアチェア以上の管理側に回り、実際の査読は学生や他分野からの参入者が担っている
- ジャーナルでは査読者3名を集めるために20〜30人へ依頼し数ヶ月待つ状況
- 「コミュニティとしては、ほとんど破綻していると言っても過言ではない」
- 問題事例:
- 査読プラットフォームの脆弱性によるダブルブラインドの崩壊(氏名が見えた状態での不正の痕跡が確認され、ある会議は査読の全面やり直しに至った)
- 図の背後に白文字で「この論文をアクセプトせよ」と仕込む隠しプロンプトの発覚
- 対応方針の転換(禁止一辺倒から「制度化された活用」へ):
- ICML 2026:著者が投稿時に査読ポリシー(全面禁止か推敲補助に限る条件付き許可か)を選択する仕組みを導入
- NeurIPS 2026:LLM査読と人間査読の効果をランダム化比較試験(RCT)で検証する実験を実施。「実はあまり悪くない」という結果が出ている
- 「論文はプロンプトになった」:
- 著者は箇条書きをLLMに通して論文化し、読者は論文をLLMに入れて質問しながら読む
- 「自然言語の論文は、もういらないかもしれない」という段階に達しつつある
■ 3. 出版社の対応(山之城チルドレス智子氏・Taylor & Francis Group)
- AIポリシーが改定したばかりのものを再改定せざるを得ないほどの速度で変化している(講演前日夜に本社と会議し、スライドを全面改訂)
- 変化の中でも変わらない軸:
- 出版倫理と透明性を中心に据える
- AIはあくまでアシスタントとして位置づけ、常に人間が責任を持つという人間中心の考え方を維持
- 出版社側の対抗策:
- 画像不正の検知ツールの導入
- 論文中の研究データを自動識別して公開先を案内するツールの整備
- 新しい査読・公開モデル:
- 投稿後すぐにDOI付きで公開し、公開査読(査読者は実名・ORCID検証)を経てインデックスされる迅速モデル
- 査読コメントへのDOI付与
- 若手とシニアの共同査読
- 「AIに関しては、研究者の方が出版社より先を行っている。出版社と研究コミュニティが密接に協力して新しい時代を切り開くことが重要」
■ 4. メタサイエンスの視点と情報専門職の役割(林和弘氏・NISTEP/INFOSTA副会長)
- 全プロセスにAIが入り込んでいる以上、「使う/使わない」ではなく「どこで人間が責任を持ち、何を透明化し、どのプロセスを記録するか」が論点
- 信頼形成のかたちは分野ごとに異なる:
- 生命科学の倫理志向
- 物理・数学における30年来のプレプリント文化
- 人文系のモノグラフ文化
- 工学の特許・再現性重視
- 情報専門職(インフォプロ)の役割:
- AI利用開示の知識、版・メタデータ・識別子の管理が求められる
- 「人間にもAIにも利用可能な知識基盤」を整え、研究成果の生成・評価・検証可能性を支える中間人材が不可欠
- 生成AIで専門性が揺らぐ当事者であるサーチャーやライブラリアンこそがこの再設計の主役になりうる
- 歴史的文脈:
- 17世紀の学会・学術ジャーナルの誕生(保守的な大学への対抗から生まれ、同時期の微積分の発明が産業革命につながった)との類比
- いま360年ぶりに、成果公開メディア・研究者コミュニティ・研究機関が非連続に変化する真っ只中にある
- 本セッション最大の提言:
- 「生成AI時代の研究成果公開を、人工知能学会自身がメタサイエンスとして引き受ける可能性は非常に高い」
- 研究成果公開の仕組みそれ自体を観察・測定・改善する研究対象とせよ
■ 5. パネル討論の主要論点
- AIと人間の線引きについて:
- 杉山先生「答えはないが、行くところまで行く。ほぼ自動化するところまで、しかも遠くない将来に」
- 林氏「線は外側から引くものではなく、個々の人や組織がそれぞれ引くもの」
- 理想の共同査読が実現しない理由:
- Overleafのような環境での共同執筆・ワンクリックでのプレプリント公開・査読者参加による議論は技術的にはすでに可能
- 実現しない最大の理由はインセンティブの問題:「議論を頑張っても研究費や昇進につながらない」
- 最大のボトルネックは技術ではなく制度設計にある
- 検証可能性の担保:
- AIが書いた100ページの数学証明は人間には査読不能であり、形式検証(Lean等)の仕組みが研究課題となる
- GPU数千枚規模の実験は誰も追試できず「書いてあることを信じるしかない」状況
- 研究過程の記録を標準化して発表するコミュニティを作らなければ「戻れなくなる」(杉山先生)
- まとめの言葉(杉山先生):
- 「答えのない議論だったが、まさに自分たちで考えるべき当事者研究。当事者からメタ研究へ行きたい。それができるのが、人工知能学会のプラットフォームだ」
■ 6. 今後の展開とINFOSTAの取り組み
- INFOPRO 2026の開催:
- 日時:2026年11月26日(木)・27日(金)
- 会場:科学技術振興機構 東京本部別館(ハイブリッド開催)
- メインテーマ:「データの向こうに、人がいる ~過去から未来へ受け継ぐ情報の営み~」
- 発表募集期間:2026年6月25日〜2026年8月20日
- 発表募集テーマ:
- 査読・研究評価の再設計、AI利用の開示と検証可能性
- 来歴記録・形式検証・メタデータ/識別子の管理
- 研究と出版をつなぐ「中間人材」としての情報専門職の実践
- メタサイエンス、オープンサイエンスの新しいかたち
- その他の活動:
- 月例「AI利活用研究会」:生成AIと研究・情報流通をめぐる議論を継続的に扱う
- INFOSTA入会によりセミナー・研究会への会員割引参加、シンポジウムでの発表、学術誌への投稿、会誌「情報の科学と技術」の購読が可能