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「縄文時代は平和だった」は大間違い…北海道の遺跡で発掘された人骨が露わにした「縄文人」の真実

要約:

■ 1. 従来の縄文時代観

  • 縄文時代は「平和な時代」「身分・階級のない平等な時代」とする説が長く受け入れられてきた
  • 血縁で結ばれた氏族が狩猟・漁・採集を通じて助け合って生活していたとされる
  • 全ての人間が貴重な働き手として尊重される時代だったと考えられてきた

■ 2. 有珠モシリ遺跡の発見

  • 発見の経緯:
    • 北海道伊達市の有珠モシリ遺跡(面積約1万平方メートル)は1980年代から発掘が続けられてきた
    • 2018年、東北芸術工科大学などの研究グループが墓地調査を実施
    • 2020年、同一箇所から11体の人骨が出土
  • 人骨の内容:
    • 10体が男性、1体が女性、すべて10代後半から成人のもの
    • 11体のうち8体に、鋭利な石器や鈍器による傷が確認された
    • 致命傷とみられる傷も含まれており、5人が石斧・石槍による攻撃で死亡したと推定される
    • 人骨の年代は約2400〜2500年前と判明(西日本では弥生時代に相当する時期)
  • 戦闘の状況推定:
    • 骨に傷が残らない形で死亡した者もいた可能性があり、集団戦闘の犠牲者をまとめて葬った墓と考えられる
    • 遺跡は干潮時に陸地から歩いて渡れる三角形の小島にあり、陸地からの侵入者による侵攻が妥当な解釈とされる

■ 3. 有珠モシリ遺跡の交易的背景

  • イモガイの貝輪(九州南方の南西諸島産)を腕に付けた女性の遺骨が出土しており、日本列島の北から南をつなぐ大規模な交易路との繋がりが示される
  • 有珠モシリの集団は長距離航海を行う交易民であり、周辺集落に珍しい商品を取引して利益を上げていたと推測される
  • 「縄文都市」と呼ぶべき先進地であり、その富が内陸部集団による襲撃の動機になったと考えられる
  • 農耕文化普及以前の北海道でも、富をめぐる戦闘が存在したことが示される

■ 4. 私有財産と身分制の萌芽

  • 縄文時代に私有財産の概念はなく、集団内での共有が原則とする説が近年まで広く受け入れられてきた
  • 三内丸山遺跡(青森市)の事例:
    • 縄文前期〜中期(約5900〜4200年前)に数百人が定住した大規模集落
    • 高さ約20メートルの巨大木製建造物で知られ、「縄文都市」とも呼ばれる
    • ヒスイの勾玉・漆器・アスファルト製品などの贅沢品を各地との交易で入手
    • 贅沢品を全住民で共有していたとするよりも、富裕層による私有が存在したと考える方が妥当とされる
  • 下太田貝塚(千葉県茂原市)の発見(1997年):
    • 縄文中期(約5000〜4000年前)の人骨はすべて屈葬(土坑に下半身を折り曲げた形で納められる)で均一な埋葬様式
    • 縄文後期(約4000〜3500年前)には明確な身分差が出現し、伸展葬(体をまっすぐ伸ばした丁寧な埋葬)と、複数の人骨を無造作に一つの土坑に投げ込む埋葬の両様式が併存
    • 約4000年前頃に独自の身分制が形成されたと考えられる

■ 5. 身分制の形成要因と交易指導者

  • 約6000年前頃から、縄文人はアワ・ヒエの栽培や有用植物の半栽培を広く実施し、純粋な採集生活から脱却
  • 長距離の水上交通路の整備と交易の進展が各地の集落に有力者を生み出した要因と推測される
  • 比較事例として、トルコ南部のギョベックリテベ遺跡・カラハンテベ遺跡(農耕開始以前の約1万2000年前)でも特権身分の出現が確認されている
  • 縄文時代の日本では、農業指導者ではなく航海・交易の指導者が集落政治を担う高い身分の人間となったと推定される

■ 6. 母系社会の構造

  • 下太田貝塚のミトコンドリアDNA分析の結果、集落構成員の全員が女系でつながることが判明
  • 母系家族の形成原理:
    • 母親が複数の男性と交渉を持ち、異父の兄弟姉妹を育てる
    • 母親の娘たちが遺産を受け継ぎ、息子たちは配偶者を求めて離れていく
  • 父系家族への移行は武力支配が強まる時代に生じ、農民間では平安時代末頃まで母系家族が広くみられたとする説がある
  • DNA研究の発展により、母系集団が残した縄文時代の集落がさらに明らかになっていくと見込まれる

■ 7. 縄文時代観の再評価

  • 有珠モシリ遺跡と下太田貝塚の新発見により、縄文時代のあり方は大きく書き換えられた
  • 縄文時代(約1万3500年間)の内訳:
    • 草創期・早期(約1万500年間): 原始的な段階
    • 縄文前期以降(約3000年間): 広域交易と文化交流を通じた独自の縄文文化の形成期
  • 「平和・平等な縄文時代」という像は一面的であり、富をめぐる戦闘や身分制の存在が実証されつつある

MEMO: