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何で人文系がこんな体たらくになったのかという理由、今やほぼ追放されたに等しい身だが中の人...

何で人文系がこんな体たらくになったのかという理由、今やほぼ追放されたに等しい身だが中の人だから分かるんよな。個人的には、大学院重点化政策以後、キャリア形成競争が激化し、学振や科研費の争奪戦なり業績至上主義なりアウトリーチ活動なりを盛んに行うようになったことにその理由があると思う。

@ganrim_

人文系の場合、何かが明確に発見されたり発明されたりすることが少ないので、競争主義を導入した際の実態が本質的に見え難い。そこで見える成果を何とか導入しようとすると、一人社会起業や一人NPO活動のようになり、要は社会運動や政治運動に必然的に近づいてしまう。「社会正義」が持ち出される。

@ganrim_

人文系が社会学から腐っていったのは必然だったと思う。社会学という専門の性質上、競争主義の中で見えやすい業績を出すと同時に社会に繋がろうとすると、ダイレクトに「社会正義」を掲げた社会運動や政治運動に接合するのは容易に予想が出来るだろう。

@ganrim_

左翼の党派的支配の問題も勿論ある。しかし意外にも昭和以来の左翼支配は実の所、完全に牛耳られていた歴史学(特に日本史)を除くとそこまで強くなかった筈だ(社会科学の方が圧倒的に左翼支配が強かった)。人文系の左翼支配が高まるのは寧ろ冷戦崩壊後、つまり大学院重点化位からではないか。

@ganrim_

皮肉な話だが、歴史学は冷戦下の左翼支配があったから、その後も党派に対する感度が高く、それを上手く相対化する人もチラホラ現れた(呉座さんなども正にそうでしょう)。業界の左翼支配が弱くそもそも党派に対する感度が低かった哲学や文学などは、新しい「理論」を摂取する中でほぼ自然とwoke化した。

@ganrim_

人文系のwoke化、要は、あれだけ何かにつけてネオリベを批判している癖に自分達の生き方はネオリベ的なキャリア形成そのものであり、殆ど意識高い系リベラル社会起業(「ネオリベ左翼」)になったことに要因がある。それは、進歩的文化人やら党派やらの昭和以来の左翼勢力を結局継承したものだった。

@ganrim_

調べたら分かるが、人文系で一時期から「若手」の独自研究会が沢山立ち上がっていて、今も大きな規模で運営されているものが沢山あるが、あれの裏には殆ど赤い党派が居たという話も聞いたことがある。冷戦後に寧ろ、人文系は左翼支配が高まっている一つの証左だ(逆に社会科学では後退している)。

@ganrim_

それで、既存の進歩的文化人や左翼党派の文脈に新手の発想が加わって人文系の左翼支配がじわじわと高まるきっかけは何だったのか考えてみると、「応用ポストモダニズム」の諸々の「理論」だったことは疑いが無い。それが時局の歴史認識問題やアフガン・イラク戦争、更に構造改革や原発問題に接合した。

@ganrim_

今ここに書いたことは、少なくとも冷戦崩壊後の人文系の書籍や論文の傾向性、採択されている学振や科研費のテーマの傾向性、学会や研究会の傾向性、時局に対する発言や社会運動との関わりなどを、大学院重点化や国立大学独法化などの政治改革と照らし合わせて見ていけば恐らく実証出来ると考える。

@ganrim_