聖徳太子が十七条憲法で和を以て尊しとなすから始めたのも誰も和を重んじてなかったからだろうし、己一人正しいとみなし他人を間違ってると考えるなというのもどいつもこいつも党派争いばっかりしてるのを見てうんざりしてたのが背景にあるんだろう。太子自身も党派争いには全面参加してるし。
@Sz73B
MEMO:
- 思想や美学というのは「それが無い」から求められるところがある
- 日本で武士道が賛美されたのは、武士に武士道が無かったから
- 中国で儒教が賛美されたのは、中国人に礼儀作法の概念が無かったから
- ヨーロッパの方でキリスト教が賛美されたのは、ヨーロッパの人々に博愛精神というものが無かったから
- 聖徳太子の「和を以て尊しとなす」も同じことだったのだろう
関連:
(2025/03/30)