/note/social

「トランプ政治」を恐ろしいほど的確に表す、100年前の社会学者のある言葉

筆者も含め、トランプが政権に復帰すれば、最悪の事態になるだろうと予想していた者でさえ、もう少し理性的な政権運営になるものと踏んでいた。だが、2025年1月20日の就任式以降に起きたことは、単なる「政権交代」ではなく、「体制転換」であることがすでにはっきりしている。それは米国の統治機構の転換だ。

では、米国はいかなる体制に転換したのだろうか? 

その答えはもうある。それは、古典的な権威主義体制ではない。「独裁制」、「寡頭制」、「君主制」でもない。トランプが導入しつつあるもの、それは研究者が「パトリモニアリズム(家産制)」と呼ぶものだ。

家産制は、政府の形態というより、統治手法を表す。それは制度や規則によって定義されるものではない。

それは、非人格的かつ正統な権威の継承手続きを、人格的かつ非正統な手続きにすり替える。そのため、どんな形態の政体であれ、悪影響を被る恐れがある。

その統治は個人への忠誠と縁故主義によってなされ、友には報奨を与え、敵(実在の敵、仮想の敵を問わず)には罰を与える。それゆえ家産制は国家に限らず、部族やストリートギャング、犯罪組織にも見られる。

家産制が政権の形をとった場合、国家を支配者の個人財産または家業であるかのように統治するのが特徴だ。そうした政権は多くの国で見られるが、少なくとも1月20日まで、現代における家産制の主唱者はウラジーミル・プーチンだった。

プーチンは政権初期の頃、ロシア国家を個人的な脱法組織として運営した。国家の官僚機構と民間企業は以前と変わらず機能していたが、「プーチンに気に入られること」が何よりも重要な鉄則だった。さもないと身に危険がおよびかねない。

プーチンはこうしたギャング的統治が脅かされないよう、プロパガンダや破壊工作などで対外的な影響を与え、ロシアの家産制モデルをほかの国や地域に広めた。年月の経過とともに、彼のロシア型家産制はハンガリー、ポーランド、トルコ、インドといったさまざまな国に定着していく。そして徐々に、こうした国家同士が犯罪シンジケートのように互いに連携するようになった。

まず、家産制は古典的な権威主義と同じではない。そして必ずしも反民主主義的でもない。

家産制の対極は民主主義ではなく、「官僚主義」、正確には「官僚的手続き主義」だ。ナチスドイツやソ連に見られた類の古典的な権威主義は、しばしば高度に官僚化されていた。権威主義勢力が実権を握ると、秘密警察、体制宣伝機関、特殊任務部隊、政治局といった組織を作ることで、自らの支配体制を強化し、その権力を法典や憲法によって正当化する。

家産制による政権運営は形式主義を嫌い、そのため突飛で気まぐれだ。米国の指導者が突然、国際水域の名称変更を打ち出したり、ガザ地区占領計画を発表したりするのがそのような例だ。

また、家産制は古典的な権威主義と違い、少なくともしばらくのあいだは民主主義とも共存しうる。ハンソンとコプスタインによれば、「彼らは選ばれ方こそ民主的かもしれないが、家産制的統治をあくまでも正当化しようとする。そして国民に選ばれた指導者として、彼らは身内や友人による統治を推し進め、何十年もかけて築かれた官僚らによる行政国家(彼らはそれを『ディープ・ステート』と呼んだりする)の解体をますます推進するようになった」。

インドの首相ナレンドラ・モディ、ハンガリーの首相ヴィクトル・オルバン、そして米国大統領ドナルド・トランプは選挙で選ばれ、多数の国民の支持と民主的な正当性を得た家産制指導者の例だ。

家産制主義者は実権を握ると、とにかく民主主義のレトリックに身を包みたがる。たとえばイーロン・マスクは、彼が率いるDOGEチームの超法規的行動を「選挙で選ばれていない、違憲な米政府の第4の権力」を、国民感情に即応する組織に仕立てるのだと言って正当化した。

それでもやはり、家産制型統治によって行政府を支える手続きの網が次々と断ち切られていくうちに国家は弱体化し、最終的には機能不全に陥る。時間の経過とともに家産制主義者は民主制に代わって自分たちの制度の定着を目指すようになり、本格的な権威主義への移行を試みる指導者も現れるだろう。

MEMO: