1980年代終り頃から30余年わたって長らくリベラル、左翼、護憲派などと言われる界隈に住んでいたワレの個人的体験だが、その界隈に弱者はいなかった。いたのは、弱者の表象を利用して自分自身の復讐を遂げようとする敗者ばかりであった。リベラル、左翼、護憲派などはおおかた敗者の敗者復活戦なのだ。それを成し遂げるために弱者の表象を利用しているにすぎない。かれらは、本当の弱者には目もくれない。かれらのメンタリティは、自己の~自己形成の~惨めな敗北を敗北と認めず、手っ取り早いありきたりの「正義」で自己正当化するルサンチマンの塊に他ならない。かれらは、だから、自らの敗者復活戦のために弱者という表象を必要とし、それを血眼になって探し回るのだ。しかし、かれらは、弱者の救済には本当は関心がない。かれらが欲しがっているのは、自己の敗者復活戦に利用できる弱者の表象にすぎない。偽善だ。