■ 1. 悲観的ヒューマニズムの定義と主張
- 定義: 悲観的ヒューマニズムは、テクノロジーによって未来は悪くなると考えつつも、その変化はあくまで人間の使い方次第であるとする立場である。
- 基本的主張: 人間はテクノロジーという道具を誤って使っていると警鐘を鳴らし、テクノロジーの負の側面に飲み込まれずに、いかにして自由と人間の尊厳を守るかに焦点を当てる。
- 問題の所在: テクノロジーそのものを悪とするのではなく、現状を所与のものとして受け入れ、怒りや抵抗を失ってしまう人間の態度を問題視している。
■ 2. 悲観的ヒューマニズムの思想家とその課題
- 主な思想家: ヘルベルト・マルクーゼ(「一次元的人間」)、イヴァン・イリイチ(「自立共生的道具」)、ハンナ・アーレント(「人間の尊厳」)などがこの系譜に属する。彼らは支配に対抗するため、何らかの根源的価値(アート、生、徳など)を掲げた。
- 理想と現実の乖離: 多くの警鐘が鳴らされたにもかかわらず、テクノロジーの問題は深刻化している。これは、彼らの理想が現実のものとならなかったことを意味する。
- 課題:
- 懐古主義: 古代ギリシャなどを理想化し、「人間本来の姿」を求める傾向があり、問題から目をそらす危険がある。
- 神話性: 彼らが依拠する「自由」や「平等」といった価値は、普遍的なものではなく、神話を背景に歴史的に成立したものであり、そのまま現実化することは困難である。リベラリズムが神話的価値を法や制度に落とし込もうとした結果、かえってその根拠を見失った。
■ 3. テクノロジーと「神話」
- デジタル民主主義の矛盾: 民主主義は、自由と平等をデータとして扱うシステムへと変質した。AIが最適解を計算することで自由や平等を達成しようとする発想は、かえって人間の主体性を奪う可能性がある。抵抗運動もまたシステムに回収されてしまう。
- 日本における課題: 日本はキリスト教的価値観の親和性が低く、代わりに科学技術の成長神話を共有してきた。この神話が終わりを迎えたいま、日本はどのような新たな「神話的価値」を技術に見出すかが問われている。
- 展望: テクノロジーの支配に対抗するには、悲観的ヒューマニズムの言葉を受け止め、反省すべき点を反省した上で、実質的な技術決定論に陥っている世界において、新たな「神話的価値」を技術に見出す必要がある。