■ 1. 番組の基本的な問題提起
- 地域格差と男女格差: 最低賃金が全国で1000円を超えたが地域格差があり、最低賃金レベルで働く地方女性から苦境を訴える声が上がっている
- 保守的な価値観: 女性に家庭内ケア労働を担う役割を期待される地方の保守的な価値観が、女性を非正規雇用に留まらせている
- 都会への流出: 保守的な文化や待遇の良い仕事が無い地方の状況を嫌気して、地方女性は次々に都会に出て行っている
- 番組の評価: 地域格差・男女格差問題の実状を生々しく取り上げた重要かつ刺激的な内容だが、踏み込みが足りない
■ 2. 見過ごされた「職種身分格差」の問題
- ホワイトカラージョブへの志向: 地方女性の苦境と都会への流出は、実際には「ホワイトカラー正社員」という有利な身分の獲得競争になっている
- ITエンジニア講習の象徴性: 番組で取り上げられたITエンジニア講習は典型的なホワイトカラージョブであり、水産業のようなブルーカラージョブと対照的である
- 頭脳労働と肉体労働: 「主に頭脳を使う知識仕事」と「主に肉体を使う現場仕事」という切り口での対比が存在する
- 都会のホワイトカラー集中: 都会の方が高技能ホワイトカラージョブが多く、地方にはブルーカラージョブが多い
- 待遇の格差: 一般的にホワイトカラージョブの方が待遇が良い傾向にある
■ 3. 正規・非正規格差と家庭内ケア労働
- 時間的制約: 家族の夕飯の支度のために早い時間に帰らないといけない女性は、仕事時間が短く収入が減る
- キャリアアップの困難: 家庭のトラブルに随時対応できる体制を維持しようとすると、重い責任を担ったり難しい業務を受けたりしにくくなる
- ゴールディン氏の分析: 家庭内ケア労働を担う「柔軟なポジション」の者が低待遇となり、仕事にフルコミットする「どん欲なポジション」の者が好待遇となる
- 量的・質的格差: 両側面から正社員とパートタイマーでは待遇の差が開いてしまう
- 都会への流出の必然性: 男女平等のリベラルな感覚が比較的普及している都会の方が、女性がパートタイマーの立場から解放される可能性が高い
■ 4. 番組の矛盾:問題の原因を肯定する解決策
- 成果主義・能力主義の推奨: 番組は「能力に応じて給与アップ」「キャリアアップを目指す」「働いた分だけ収入がもらえる」などを繰り返し強調していた
- 人事評価制度の重視: 地方(中小企業)で人事評価制度が未整備であることを批判的に指摘し、成果をきっちり測定して報酬を払うべきという価値観を示していた
- 主役となる仕事へのコミット: 「補助的な仕事ではチャンスがない」という声を拾い、当人が主役となる仕事にコミットすることの重要性を繰り返し発信していた
- 構造の肯定: これらは「フルコミット正社員が有利である現状の構図」を肯定するものである
- 矛盾の発生: パートタイマーの過酷な待遇を問題視しながら、「仕事に専念できて成果を出して高い報酬をもらえる立場になりましょう」と促している
■ 5. 「ホワイトカラーになりましょう」という暗黙のメッセージ
- 保育士の低待遇: 記事で紹介された保育士(手取り13万円)は典型的なケア労働者であり、ホワイトカラージョブの対極的な仕事だが待遇は良くない
- ITエンジニアの象徴性: 現代知識産業の象徴たるITエンジニア講習の様子を無邪気に取り上げている
- ケア労働者の待遇改善の不在: 「ケア労働者の待遇を改善しよう」ではなく「スキルアップなりキャリアアップなりしてもっと良い仕事に就きましょう」と促している
- 現状構図のなぞり: 番組は「ホワイトカラー正社員(知識階級)有利の現状の構図」をそっくりそのままなぞってしまっている
■ 6. 仕事主義の無批判な前提
- 家庭内ケア労働へのスティグマ: 「家庭から解放されて仕事にコミットしよう」というニュアンスで、結果として家庭内ケア労働をすること自体にスティグマ(負の烙印)を与えている
- 仕事を通してしか救われない: 番組の解決策は「皆がより存分に仕事にコミットして成果を上げられるようにしよう」であり、「各人は仕事をすることを通してしか救われない」ことを示している
- 働かない者の排除: 働いていない者、働けない者、働きたくない者、働かせてもらえない者には何も起きない
- 矛盾する批判姿勢: 「女性だから家のことをしろ」という役割の決めつけは批判するが、「誰もが仕事をすること」は当然のように決めつけている
- 「働けば自由になる」の呪縛: NHKが「働けば自由になる」という価値観にがっつりとらわれている
■ 7. 成果主義・測定主義の限界
- グッドハートの法則: 測定が目標になると、その測定は適切な目標でなくなる
- 『測りすぎ』の指摘: 測定基準が成果主義や格付けの判断基準になると問題が生じ始める
- 『給料はあなたの価値なのか』の否定: 「報酬は成果に応じて決まっている」「報酬は成果に応じて決めるべき」という神話を実際の賃金決定メカニズムから否定している
- 認知の逆転: 「成果を出してる者に報酬を出すべき」という感覚は容易に「高い報酬をもらってる者は成果を出している者だ」と裏返る
- 能力主義社会の問題: 知識階級のホワイトカラー層が肉体労働ブルーカラー層を下に見がちという問題がある
■ 8. 人事評価制度の限界
- ホワイトカラー優遇の可能性: 人事評価制度をきっちり回しても結局は知識階級的ホワイトカラー正社員が高報酬となりがちという傾向が出るだけではないか
- 都会の状況証拠: 人事評価制度が普及している都会でホワイトカラージョブが多く、またホワイトカラージョブが高報酬である
- ケア労働者への期待の破綻: 「人事評価制度を整備すれば保育士のようなケア労働者も高報酬になるはず」という期待は素直に叶わない可能性が高い
- 職種間格差の保存: 現状の職種間格差を保存するか、下手をするとさらに助長するおそれさえある
■ 9. 地方と都会の価値観の相似性
- 都会の能力主義的価値観:
- 自分(ホワイトカラー)は優秀で成果を出しているから高報酬
- 価値ある仕事に専念するために、そうでもない方々(ブルーカラー)に報酬を払って支える仕事を与えてあげている
- 彼らは優秀じゃないからそういう仕事にしか就けないのであって低待遇なのも仕方がない
- 地方の保守的な価値観:
- 男は優秀で立派な仕事をしているから高報酬
- 価値ある仕事に専念するために、女たちを養ってあげて家庭を支える役割を与えてあげている
- 女は優秀じゃないから家事やパートぐらいしかできないのであってたいした報酬がないのも仕方がない
- 構造的相似性: どちらも「優秀な者」と「優秀でない者」の間の線引きがあり、「仕事主義」という態度には変わりない
- 差別形態の転換: 差別の形態がジェンダー依存から能力(業績)依存に転換しているだけである
■ 10. 「悔しさ」の解釈
- 二つの解釈の可能性:
- 「母は正社員でバリバリ成果を出して稼げるポテンシャルを持っていたはずなんだ」(職種身分格差を保存)
- 「パートタイマーや主婦の仕事も立派な社会の役割なのに能力が低いとか下級市民扱いされてるのが悔しい」(職種身分格差への批判)
- 番組の傾向: 番組が醸し出している成果主義や仕事主義の目線は前者の解釈に近い
- 真の問題: 「ホワイトカラー正社員という有利な身分を得るチャンスを失っていること」が問題なのか、「身分格差が存在していること」が問題なのか
■ 11. 提言:昭和から令和以降の未来へ
- 回帰主義ではない: 「女性は家庭に入るべき」という回帰主義的な主張ではなく、「さっさとさらなる未来に進もうよ」という前進的な主張である
- アップデートの限界: 都会的な新しい感覚を取り入れるにしても、それが抱えている課題を無視すべきではない
- 成果主義批判の考慮: 都会で既に見えつつある成果主義や能力主義の課題・限界を、地方がこれから取り入れる際に考慮に入れるべきである
- 段階の超越: 「昭和(家父長主義)叩き」の段階を卒業し、「平成(成果主義・キャリア志向)」もすっ飛ばして、一足飛びで「令和以降」に進むべきである
- 脱労働の時代: 令和以降は「仕事主義」から脱却して、「脱労働」や「ケア」の地位向上の時代になると予測される
- 議論の俎上へ: まずは影に潜んでいる「仕事主義」という「当たり前」を明るみに出すところから始めるべきである