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焦点:なぜ欧州は年金制度の「ブラックホール」と向き合えないのか

要約:

■ 1. 欧州における年金制度改革の構造的困難

  • 板挟み状態: 欧州各国政府は高齢化が進む有権者の要求と財政支出抑制の必要性の間で板挟みとなり苦戦している
  • 社会契約の中核: 年金を受け取る権利は長年にわたり欧州の社会契約の中核的な政策となってきた
  • 財源不足の深刻化: 寿命の延びと出生率の低下により、60代前半で定年退職して年金を満額受け取るモデルに必要な財源の余裕がなくなった
  • 説得の困難さ: 過去数年の大規模な抗議行動や連立政権内の対立が示すように、こうした現実を有権者に理解させて議会の同意を得ることは非常に難しい

■ 2. フランスを中心とした年金改革の挫折事例

  • フランスの延期: EU内で現在62歳と最も低い部類に入る年金受給開始年齢の引き上げ計画が延期に追い込まれた
  • 他国の失敗: ドイツ、スペイン、イタリアも年金受給開始年齢の引き上げや給付額の上限設定を巡る取り組みが失敗または撤回されている
  • 人口学的要因: 欧州の有権者の年齢中央値は現在40代半ばであり、政府が高齢世代を犠牲にして若年世代を優遇しようとすれば政治的な代償が大きすぎる
  • 民主主義の乗っ取り: IESEビジネススクールの教授は、この状況を「民主主義が人口学的に乗っ取られた状態」と表現している

■ 3. 高齢者の政治的影響力

  • 改革阻止の力: 高齢者は自分たちに約束された年金を全て受け取れると保証されなければ、どのような改革も完全に阻止する
  • オランダの成功例: 綿密に組み立てて議論に時間をかけた結果として制度改革を実現したオランダのように、改革を成し遂げることは可能である

■ 4. 危機下でのみ実現する年金改革

  • 圧力の必要性: この10年間のギリシャ、ポルトガル、イタリア、スペインや1990年代のスウェーデンのように、年金制度改革が実現した国々は金融市場や国際的な貸し手から強い圧力を受けた
  • イタリアの事例: 2011年にイタリアの労働大臣が最低退職年齢の引き上げと年間物価調整の廃止を発表した際、記者会見で涙を流した
  • 選択肢の不在: イタリア国債がユーロ圏を崩壊させかねないほどの債務危機の中で、金融業界が真剣で即効性のある改革を求めていたため他に選択肢はなかった
  • 学術研究の結論: 2006-15年にEUで実施された主要な年金制度改革を分析した研究によると、政府は市場圧力にさらされてようやく年金制度の改革に踏み切る覚悟を決める傾向にある

■ 5. フランスにおける市場圧力の不在

  • 圧力の欠如: フランスは市場圧力がまだ存在せず、国債の利回りはドイツ国債に比べて80ベーシスポイント高い程度である
  • イタリアとの比較: イタリアはユーロ危機の絶頂期に500ベーシスポイント程度まで達していた
  • 改革の緩和予測: シエナ大学の教授は、フランスに対する市場圧力が小さければ改革はそれほど厳しくならないだろうと述べた

■ 6. 改革の骨抜きという新たな脅威

  • 財政持続可能性の改善: 危機時に実施されたギリシャ、イタリア、ポルトガル、スペインの年金制度改革は、各国の財政をより持続可能な軌道に乗せたと評価されている
  • 改革の後退: イタリアとスペインは危機が終わった後で、段階的に改革の一部を凍結しあるいは骨抜きにしてきた
  • 給付水準の引き上げ: ポルトガルとギリシャは救済措置と引き換えに年金給付額を大幅削減したのに、その後給付水準を引き上げ更なる増額も検討している
  • 改革持続の条件: 欧州ユース・パーラメントの報告書共同編集者は、政治的そして経済的な合意が広く形成できなければ改革は長続きしないと述べた

■ 7. 改革の勢いの弱まり

  • ドイツ、アイルランド、英国: これらの国々でも改革の勢いが弱まっている
  • 英国のトリプルロック制度: 年金給付額の引き上げを算定する仕組みであるトリプルロック制度に手をつけることすらできていない

■ 8. 成功事例:オランダとスウェーデン

  • オランダの改革: 従来の確定給付型から在職期間中の積立額に応じて給付額が決まる確定拠出型に移行する改革が、10年に及ぶ交渉を経て幅広い支持を受けて承認された
  • スウェーデンの改革: 深刻な金融危機に見舞われた1990年代に同様の改革を成立させ、当時は不人気だったが今では国の経済的な安定のために不可欠だったと評価されている