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われわれは極右をどう定義するべきなのか?

要約:

■ 1. 極右という幽霊

  • 19世紀のヨーロッパを覆っていたのが共産主義の幽霊だったとすれば、21世紀の今日を覆っているのは極右の幽霊ではないかという議論が欧州を中心に盛んになされている
  • 極右政党の台頭という現象はフランスやドイツをはじめとする欧州諸国から、アメリカ、インド、ブラジルといった民主主義の大国に至るまで世界各地を席巻している
  • 2025年夏の参院選において参政党が大躍進したことが国内外で極右政党の台頭と報じられ、大きな注目を集めた
  • 参政党の神谷代表が記者会見で親和性を感じる政党として挙げたのは、アメリカ共和党のトランプ派、ドイツのAfD、フランスの国民連合、英国のリフォームUKと、いずれも欧米で極右と分類される政党だった

■ 2. フランスにおける極右との出会い

  • アルザス地方で知り合った青年が2017年の大統領選でルペンに投票したと打ち明けた
  • その青年は一見普通、むしろ大人しそうな若者で、極右像とはギャップがあった
  • 外国人に親切に接してくれる彼を誰が人種差別主義者、排外主義者だと言うだろうか
  • しかし次第に会話の端々には治安を乱す不良のアラブ人への苛立ちや憎悪が滲んでいることも分かった
  • この一見穏やかな極右支持青年との出会いは極右=暴力的な少数者という思い込みを覆した

■ 3. フランスを参照軸とする意義

  • フランスには革命以来の右翼・左翼という政治的区分の起点があり、当時の反革命の思想が極右の基本的枠組みを形づくっている
  • 19世紀末から20世紀にかけては国民的統一を掲げるポピュリズムや排外的傾向が組み込まれ、現代の極右にもつながる典型が形成された
  • こうした極右のモデルは国境を越えて広がり、他地域にも影響を与えてきた
  • 現代においてはかつてタブー視された極右のメインストリーム化が顕著である
  • 2002年にジャン=マリー・ルペンが大統領選挙の決選投票に進出した際には全国規模の抗議が巻き起こったが、2017年にマリーヌ・ルペンが同じく決選投票に進んだとき社会の反応は明らかに鈍化していた
  • 2022年の大統領選挙においては決選投票でマリーヌ・ルペンは過去最高の41%を獲得しており、極右候補が決戦進出すること自体がもはや当たり前の光景になっている

■ 4. 極右定義の混乱

  • 極右とはその文字の強さゆえ論争を呼ぶ概念である
  • 極右と呼ばれる当事者側はしばしばこのレッテルを忌み嫌う
  • 参政党の神谷代表もドイツのAfDを例に挙げ「極右政党とか言われていますけど、中身は極右でもなくて純粋なナショナリズムですよね」と語っている
  • 日本国内の大手報道においては参政党をどう位置づけるかについても表記が統一されておらず、極右と名指しすることに慎重な姿勢が見受けられる
  • マリーヌ・ルペンも極右という呼称を侮辱的だとして一貫して拒否してきた
  • 2010年代以降は自身の党を極右と呼ぶものに対し名誉毀損だとして法的措置をも辞さない態度を示してきた
  • 2024年3月にはフランスの国務院が極右ラベルを不当な差別的扱いだと訴えた国民連合に対し、同党を極右と分類することは妥当であるとの判決を下している

■ 5. 極右の定義

  • 極右は包括的概念であり、その中には過激右派と急進右派という2つの類型がある
  • 過激右派:
    • 民主主義そのものに敵対する勢力で、いわゆるネオナチやネオファシストのような集団を指す
  • 急進右派:
    • 民主主義の制度自体は認めながらも、自由や平等といったリベラルな解釈を拒否する政治勢力である
  • 極右とは反民主主義と非リベラル民主主義のあいだに広がる集合的アクター(政党、運動、団体)を含む包括的なカテゴリーである
  • 過激右派と急進右派は一概に区別できるものではない
  • 選挙においては形式的には民主主義のルールに従っている急進右派が、背後で反民主的な過激右派と結びつくことも少なくない

■ 6. 急進右派のイデオロギー的コア

  • 政治学者カス・ミュデによれば、急進右派のイデオロギー的コアを構成する要素は3つある
  • ネイティヴィズム(排外主義):
    • 国家はネイティブ集団(=国民)の構成員のみによって占められるべきであり、非ネイティブな要素(人や思想)は均質な国民国家にとって根本的に脅威であるとするイデオロギーである
    • これはリベラルも含みうる広義のナショナリズムとは区別される
    • ネイティブ性を規定する基準は民族・人種・宗教など多様であり得るが、必ず文化的要素を含む
    • どの基準をネイティブとして採用するかは主観的で想像されたものに過ぎない
  • 権威主義:
    • 社会秩序の維持や強い国家、厳罰主義を重視し、権威に従わない者は処罰されるべきであるとする価値観である
    • 内集団においては権威的人物を賞賛し従属する一方で、外集団に対しては道徳的権威の名の下に制裁を加える態度に結びつく
  • ポピュリズム:
    • イデオロギーとしてのポピュリズムとは、社会は究極的には純粋な人民と腐敗したエリートという2つの均質で敵対的な集団に分けられると考え、政治は人民の一般意志の表現であるべきだとする思想である
    • 人民の一般意志こそが最も重要であると考えられるため、人権や憲法上の保障すらそれに劣後することがあるのが特徴である

■ 7. 国民連合の分析

  • 今日の国民連合は穏健化しても中身は極右である
  • 国民優先を打ち出すネイティヴィズム:
    • 雇用や公営住宅、社会給付においてフランス国民を優先する原則を憲法改正(国民投票)によって導入しようとしている
    • 難民申請の域外審査の導入、家族呼び寄せの制限、外国人犯罪者の追放の容易化など移民の受け入れと権利を大幅に制限する方針を掲げている
  • 強い権威主義的傾向:
    • 治安を重視し、街頭の安全や学校での規律回復、犯罪への厳罰化を訴えている
    • 治安の問題を移民による犯罪と結びつけることで、外国人がフランス社会の秩序を脅かしているというイメージを形成する
  • 人民を主体としたポピュリズム:
    • 憲法改正を国民投票によって実現し、国民優先や移民規制を導入しようとするが、これは既存の立憲秩序を迂回するものである
    • 憲法学者からは憲法クーデターと批判されるほど危険な手法である

■ 8. 戦後ヨーロッパにおける極右の三つの波

  • 第一波:第二次大戦直後に現れたネオ・ファシズムで、元ナチス幹部やヴィシー政権のような旧体制の残党が体制復活を試みたものの社会の強い拒絶に遭い広がりを持つことはなかった
  • 第二波:1950年代以降、フランスのプジャディスト運動を典型とするような国家や税制に対する反発を基盤にした極右ポピュリズムが台頭したがいずれも短命に終わった
  • 第三波:1980年代に始まり、フランスの国民戦線の躍進が象徴するように移民受け入れを拒否する新党が各国で登場したが、当時の他政党はこれらの勢力を異物として遠ざけ続けた

■ 9. 第四の波

  • 2000年代以降、極右は第四の波へと移行した
  • 背景にはグローバル化、2008年の金融危機、2015年の難民危機、テロへの不安といった出来事がある
  • 今日ではEU加盟国の大半に極右政党が存在し、さらに従来の中道右派が極右的テーマを取り込む傾向も強まっている
  • この伝統的右派と極右のハイブリッド化はフランスに限らない
  • 右派と極右の接近は連立参加や政策議題の右傾化として現れ、結果として極右の主張が政策の中心に滑り込む経路が拡大した
  • 移民はかつてのように経済成長を支える存在としてではなく、安全保障やアイデンティティへの脅威として語られるようになった

■ 10. 第四波における極右の主要争点

  • 移民:大量移民は国家の存続への脅威と主張し、大置換論などの陰謀論が広まっている
  • 治安:犯罪は移民の犯罪として語られ、それに対応する政治家の弱腰が非難される
  • 腐敗:腐敗は主にエリートの問題とされ、進歩派・知識人・ジャーナリストなどが国を堕落させると批判される
  • 外交政策:国際関係はゼロサムとされ、自国第一が基本であり、超国家組織(EUや国連)は敵視される
  • 宗教:宗教の位置づけは地域ごとに異なるが、イスラームは他者とされる一方、キリスト教やヒンドゥー教、ユダヤ教は民族アイデンティティの守り手として利用される

■ 11. 結論

  • 極右は民主主義の外部から暴力的に迫る脅威ではもはやなく、多様な争点を取り込みながら民主主義の内部に入り込んでその影響力を拡大してくる
  • ファシズムは最も無害に見える形で戻ってくるかもしれないとウンベルト・エーコは警告した
  • かつての極右は悪魔化によって社会の周縁に追いやることができたが、もはやその手法は十分に機能していない
  • フランスでは対極右のブロック構築共和国戦線や左派の新人民戦線が首位に立つといった数々の試みがなされ成果を残していることも確かである
  • こうした戦略を可能にしているのがこれまで蓄積されてきた極右分析の知的資本に他ならない