■ 1. 日本の理系女子の現状
- 国内大学に入学した女性のうち理工系を選んだ人は7%で、OECD平均15%の半分の水準である
- 英国、韓国、ドイツなどは20%以上が理工系学部に進学している
- 日本の理系女子の少なさは海外と比較して際立っている
- 理系女子を特別視する風潮が根強く、「女の子なのに理系?」といった発言や「変わった子」として見られる経験が報告されている
■ 2. 東京工業大学の女子枠導入
- 導入時期と規模:
- 2024年4月入学者を対象とした総合型選抜・学校推薦型選抜に女子枠を導入
- まず58人を募集し、25年度は85人追加して計143人とする
- 女子枠だけで全学院(学部と大学院を統合した組織)の募集人員の14%程度となる見込み
- 益一哉学長の説明:
- 理工系分野における男女のバランスはあまりにも偏っている
- 女子枠の創設は現在の状況を早急に改善し、新産業を興すための「ポジティブアクション」である
- 理工系女子学生の割合が一定数を超えると、保護者や社会全体の意識も変化する
- 誰もが隔てなく学び働ける環境が生まれ、様々なスキルや異なった価値観・経験、幅広い知見を持つ学生や教職員が集まるようになる
■ 3. 女子枠に対する批判と東工大の反論
- 批判の内容:
- 「女性の優遇ではないか」との声がある
- 理系専攻の女子学生からも受験の公平性が保たれるかどうかという懸念が出ている
- 男子の募集人数も固定したほうが試験の公平性が保たれるとの意見もある
- 益学長の反論:
- 思い切ったことをすれば反対の声は必ず出るが、賛否が分かれてもチャレンジする選択肢はあっていい
- 同じ試験を受けて男性だけ20点引くのなら「女性優遇」だが、そういうことではない
- 一般選抜は従来どおり筆記試験の点数に基づいて行う
- 総合型選抜・学校推薦型選抜の女子枠に関しては一般選抜と異なる評価方法を設けている
■ 4. 芝浦工業大学の先行事例
- 導入の経緯:
- 2018年に工学部機械・電気系4学科で女子向けの公募制推薦入学者選抜を開始
- OECDデータから日本の理系女性の活躍度は世界平均からほど遠く、工学部が「1丁目1番地」として変える必要があると判断
- 弁護士からは「男女差に極端な偏りがある中で優先枠を作ることに法的な問題はない」との助言を得た
- 拡大の経緯:
- 2022年には工学部全9学科、2023年入試では全学に女子推薦枠を設けた
- 志願者数は2021年時点で11人だったが、2022年に37人、2023年は98人にまで増加した
- 追加施策:
- 一般選抜で成績上位の女子約100人に奨学金を給付
- 女子校と連携してインターンシップを開催
- 効果:
- 学内の雰囲気が一気に明るくなった
- デバイス製作時に女子にとっての使いやすさなど、これまでにはない目線の発想が出てくるようになった
- 意見を吸い上げる場が生まれ、学校自体の進化につながった
■ 5. 女子枠導入の歴史的経緯
- 過去の試み:
- 1988年に近畿大学が国内大学として初めて女子枠入試を取り入れた
- 1989年に阪南大学と愛知工業大学、1992年に名古屋工業大学が続いた
- 現在も女子枠を維持しているのは名古屋工業大のみで、受験生が増えなかったなどの理由で撤退する大学が多かった
- 2010年に九州大学が理学部の試験に女子枠導入を表明したが、受験生や卒業生の反対により翌年5月に撤回した
- 現在との違い:
- 10年前と比べて様相が変わっている
- 理工系女子人材を増やすべく国が動き始めている
■ 6. 国の支援
- 文部科学省が公表した2023年度の「大学入学者選抜実施要項」では、入試方法について「多様な背景を持った者を対象とする選抜」を設けることが推奨され、一例として「理工系分野における女子」を挙げた
- 国のお墨付きがあることで、女子枠を導入しようと考える大学は今後さらに増える可能性がある
■ 7. 制度導入だけでは不十分な点
- 入学前の課題:
- 算数が得意でも「女の子は算数なんてできなくていい」と親や教師に諭され、文系に誘導された事例がある
- 初等教育段階からの意識改革が必要である
- 卒業後の課題:
- 理系に進んでも卒業後のキャリアが整備されているとは言い難い
- 女性医師の数は増えているが、35歳までに離職する女性医師は24%で男性医師より約14ポイント高い
- 「だから女性は辞める」と後ろ指をさされるのは女性の側である
- 必要な対策:
- 初等教育機関や企業と大学の連携が進み、社会全体で良い循環が生まれることが必要
- 理系大学・学部のジェンダーギャップ改善のために大学が単独でできることは限られている
- 入学までの道のりや卒業後のことがセットで考えられる必要がある
■ 8. 企業側の見解
- 経団連の姿勢:
- ジェンダー主流化が世界で進む中、女子の理系人材を増やす大学側の取り組みに全面的に賛同する
- DE&I(多様性、公正性、包摂性)はイノベーションの源泉であり、企業の持続的な成長に欠かせない
- 理工系分野における女性の割合は依然として諸外国で最低水準である
- 最終的には性別を超え個人の能力で評価される社会が望ましいが、社会変革を進める過渡期の今はできることを全てやっていく必要がある
- 経団連の取り組み:
- 女子中高校生向けに理工系分野に関心を持ち、将来の自分をイメージした進路選択を支援する取り組みを行っている
- 女性優遇批判への反論:
- これまでの男性一色で作られてきた旧来型の組織風土を根底から見直す時期である
- 「女性が下駄を履かされる」のではなく、むしろ「男性が下駄を脱ぐ」タイミングが訪れている
■ 9. 学生の実態
- 東京都立大学の事例:
- 高専では1クラス約40人のうち女子が5~6人で、男子校の中に一人だけ交ぜられているような疎外感があった
- 都立大編入後は疎外感は減ったが、実験授業の男女比は8対2で、研究室でも日本人女子学生は一人だけという状況
- 東京大学の事例:
- アルバイト面接などで「東大」かつ「理系」だと知った途端、「変わった子」として見られる
- 地元の上の世代から「女の子なのに理系?」と言われ不快に感じた経験がある
■ 10. 社会的意義
- 女子枠をどう生かしていくか考える必要を求められているのは大学ではなく社会の側である
- 女子枠導入が広がれば、理系女子を特別視する風潮を変えるきっかけになる可能性がある