■ 1. 高市首相の発言と中国の反応
- 中国の薛剣駐大阪総領事が2024年11月8日にXで「勝手に突っ込んできたその汚い首は一瞬の躊躇もなく斬ってやるしかない。覚悟が出来ているのか」とポストした
- 高市早苗首相は11月7日の衆院予算委員会で、台湾有事について「戦艦を使って武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になり得るケースだ」と答弁した
- この発言は、台湾有事が存立危機事態に該当するかについて抽象的な説明にとどめてきた従来の政府の立場から大きく踏み出したものである
- 11月10日の衆院予算委員会で高市首相は答弁を撤回しない考えを示したが、政府の従来の見解を変更するものではないと釈明した
- 高市首相は「反省点としましては、特定のケースを想定したことにつきまして、この場で明言することは慎もうと思っております」と「反省」の言葉を表明した
■ 2. 高市発言への二種類の批判
- 戦争回避の観点からの批判:
- 戦争を始めるかどうかという極めて重大な判断について軽々に断定するような言い方をすべきではない
- 戦争前提の観点からの批判:
- あらかじめどういう事態が存立危機事態に当たるのかを具体的に説明することは敵に手の内を晒すことになり、日本側が不利になる
- いずれの批判も日本側の視点でのみ語られている
■ 3. 日本政府と自民党の対応
- 薛総領事の「斬首」発言に対してネット上では「国外追放しろ」という反応が溢れた
- 小林鷹之政調会長や自民党外交部会・外交調査会は「ペルソナ・ノン・グラータを含むしかるべき毅然とした対応を強く求める」と気勢を上げた
- 木原稔官房長官は11月10日の記者会見で、薛総領事の国外退去について聞かれると、中国側には適切な対応と明確な説明を求めていると述べるにとどめた
- 木原官房長官の対応はかなり抑えたものだった
- 中国外務省の報道官は11月10日の記者会見で、高市発言が「台湾海峡への武力介入の可能性を示唆している」と批判し、薛総領事の投稿についても謝罪などあり得ないという態度だった
- 木原官房長官は11月11日の記者会見で「台湾を巡る問題が対話により平和的に解決されることを希望するというのが、わが国政府の一貫した立場だ」と述べた
- 日本政府の台湾に関する立場は1972年の日中共同声明のとおりで変更はないと述べ、中国との意思疎通を強化する方針を表明した
■ 4. 台湾の国際的地位
- 台湾を国家承認しているのは12カ国にとどまり、その他の世界のほとんどの国は台湾を国家として認めていない
- 国連も1971年の決議により、中国(中華人民共和国)を唯一の代表とした
- 日本も米国も国連も含めてほぼ世界中が、過去に台湾を見捨てて中国をとった
■ 5. 日中共同声明における台湾の位置づけ
- 1972年の日中共同声明第3項の内容:
- 第1文:中華人民共和国政府は台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する
- 第2文前半:日本国政府はこの中華人民共和国政府の立場を十分理解し尊重する
- 第2文後半:ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する
- 第2文前半の解釈:
- 中国の立場を「理解し尊重」はするが、完全に認めたとは書いていない
- あくまで「尊重する」までである
- 第2文後半の解釈:
- 日本が植民地支配していた台湾を中華人民共和国に返還することを認める内容である
- これにより日本は台湾について一切の権益を失い、台湾は中国に帰属することを認めた
- 第1文の中国の立場をより強める内容である
- 総合的解釈:
- 台湾が中国の領土の一部であるとする中国側の主張を日本側は無条件ではないものの、事実上認めたと外形的に見える
- 米国の立場(上海コミュニケ1972年):
- 米国は台湾海峡の両岸のすべての中国人が「中国は一つであり、台湾は中国の一部である」と主張していることを認知(acknowledge)している
- 米国政府はその立場に異議を唱えない
- 日本の「尊重する」という表現はacknowledgeに比べて一歩前に出ている印象を与える
■ 6. 台湾への武力行使と国際法
- 台湾が中国の領土であることを日本が完全に「認めた」となると、台湾に対する中国の武力行使は国際法上内戦の一環(正統政府による反乱政権に対する制圧行動)として正当化される
- その場合、他国が干渉することは中国の国内問題への違法な干渉となり認められない
- 日本政府は単に「理解し尊重する」と言っただけで認めるとは言っていないので、この主張は正しくないと主張する
- 大平正芳外務大臣(当時)の1972年衆院予算委員会における答弁:
- 「中華人民共和国政府と台湾との間の対立の問題は『基本的には』中国の国内問題であると考えます」
- 日本政府の解釈では「基本的には」と述べているとおり、将来中国が武力により台湾を統一しようとした場合は例外であり、わが国の対応については立場を留保せざるを得ない
- しかしこの解釈は中国に対しては有効ではない(それを認めたら台湾が完全に中国の領土であるとは言えなくなるため)
- 日本の立場のまとめ:
- 日本が植民地支配していた台湾を中国に返還すべきだという約束に日本は同意した
- 台湾が中国の領土の一部であることについても理解し尊重すると約束した
- 台湾が平和的に中国に統合されることも認めると言ってきた
- 中国が武力を行使して台湾を統一する場合についてまで認めるとは言ったことはないが、これに介入することを正当化する根拠は見つからない
■ 7. 高市発言の問題点
- 高市発言はこれまでの日本側の立場から大きく逸脱している
- 台湾有事を具体的に想定し、戦艦などが出てきた場合は「どう考えても存立危機事態になり得るケースだ」と明言したことは大変な失言である
- 存立危機事態とは日本と密接な関係にある他国が武力攻撃を受け、日本の存立が脅かされ、国民の生命に明白な危険がある状況を指す
- 問題点の整理:
- 日本が中国と戦争する事態について具体例を挙げて公に示した
- それが「中国の領土である」台湾に関する事態である
- 日本が攻撃されなくても中国を攻撃できると示唆した
- 日中共同声明の趣旨を根本から覆すものだと中国が受け取っても仕方ない
- 発言の仕方も尋常ではなく「どう考えても」存立危機事態になり得るケースだと断言し、戦争に前のめりだという印象を与えた
■ 8. 中国の強硬な反応
- 中国が非常に強い抗議の「姿勢」を示したのは当然である
- 外務省は非常に深刻に受け止め、高市首相の言葉に「反省」の意思を盛り込んだ
- 木原官房長官が1972年の日中共同声明を再確認したのも中国側の批判に応えた格好である
- 中国側はその後も日本の駐中国大使を呼び出して抗議し、高市発言の撤回を求めた
- 中国は非常に派手な言葉で日本に警告を重ねて発した
- 中国国民に日本渡航を控えることや日本への留学を慎重に検討するように呼びかけるなど、実際に両国関係に影響を与える行動にまで踏み込んだ
■ 9. マスコミの問題
- 筆者はマスコミの対応に非常に強い不信感を抱いた
- マスコミは台湾問題についての本質論をほとんど解説せず、薛総領事の発言を「とんでもない」と単に国民の反感を煽ることに終始した
- 高市首相の発言の真の問題を掘り下げることはほとんどしていない
- その結果、日中間における台湾問題の歴史やこの問題の国際的な意味合いなどを国民は理解できていない
- トランプ大統領が薛総領事の発言について一切中国批判をしなかったことの意味もまともに伝えなかった
- トランプ大統領は今中国と戦っても勝ち目がないことをこれまでのディールで思い知り、今は戦うのではなくうまく折り合っていくしかないという判断で台湾問題に「首を突っ込む」ことを避けた
■ 10. 筆者の懸念
- 高市首相が台湾有事=日本有事と言い続けた場合、中国は日本に対するレアアースの供給を止める可能性がある
- そうなれば日本経済全体が大混乱に陥る
- 中国から見れば日本による事実上の宣戦布告の予告みたいなものだから十分に大義はある
- より本質的な問題は本当に台湾有事が起きるのかということである
- 台湾有事を起こすのも止めるのも日本の決断次第である
- 台湾有事は日本が起こさないと決めれば起きない
- 台湾有事が起きると叫ぶ人たちは本当に中国との戦争になったらどうするのかということを誰も本気で考えていない
- 本当に中国と戦うなら武器弾薬よりも兵士の確保が最優先だが、徴兵制の議論はされていない
- 無謀な戦争でも一度始めたらやめられないことは歴史が証明している
■ 11. 日本の世論と国際社会の乖離
- 日本の世論は今や中国悪玉論で盛り上がっているが、そんな国は日本とアメリカだけである
- 台湾でさえそんな考えで固まっているわけではない
- 現在のトランプ政権は台湾有事から一歩引いて構えている
- 国民が洗脳された最大の原因はマスコミにある
- テレビでは中国を止めるには抑止力が大事で、そのために台湾有事に日本が参戦するということを中国に知らせなければならないなどという短絡的な議論が平然と行われている
- これは中国と戦うことを前提にした議論である
■ 12. 最悪のシナリオ
- 台湾有事参戦論が盛り上がる日本に乗せられて、台湾の頼清徳政権がさらに台湾有事の危機を煽り、米国の国会議員の支援を求める動きが強まる可能性がある
- 米国政府は台湾への先端武器の売却を遅らせることなどで頼政権に自重を促すメッセージを発しているが、高市首相の台湾支援の姿勢はこれを打ち消す効果を持っている
- 日本と台湾が共振して台湾有事を日台が引き起こすという最悪のシナリオが見えてきた
- まだ可能性は低い今のうちにこの芽を摘んでおくことが死活的に重要である
■ 1. 総合評価
- この文章は重大な論理的欠陥を複数含んでおり、説得力に著しく欠ける
- 著者の政治的立場が分析を歪めており、客観的な国際法・外交史の検証というよりも、特定の結論に誘導するための恣意的な解釈が目立つ
■ 2. 日中共同声明の解釈における致命的な誤り
- 著者の主張:
- 日中共同声明第3項の「ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する」を「日本が植民地支配していた台湾を中華人民共和国に返還することを認める内容」と断定している
- 論理的欠陥:
- ポツダム宣言第8項は「カイロ宣言の条項は履行されるべき」と規定している
- カイロ宣言は台湾を「中華民国」に返還するとしており、「中華人民共和国」とは明記していない
- 1945年時点で中華人民共和国は存在していない(建国は1949年)
- 著者の解釈は歴史的事実を無視した強引な読み替えである
- 正しい理解:
- 日本は台湾の主権を放棄したが、それが中華人民共和国に帰属すると「認めた」わけではない
- これは国際法学者の通説的見解である
■ 3. 理解し尊重すると承認するの混同
- 著者の主張:
- 「理解し尊重する」という表現を「事実上認めた」と解釈している
- 論理的欠陥:
- 「理解し尊重する(understand and respect)」と「承認する(recognize)」は国際法上明確に異なる
- 日本政府が意図的に「承認」を避けた事実を無視している
- 米国の「acknowledge(認知する)」と比較して「一歩前に出ている」という主張も根拠薄弱である
- むしろ「理解し尊重する」は「acknowledge」よりも慎重な表現である
■ 4. 存立危機事態に関する法的理解の欠如
- 著者の主張:
- 高市発言を「中国の領土である台湾」への干渉として批判している
- 論理的欠陥:
- 存立危機事態は「日本の存立が脅かされる」場合に発動される
- 台湾海峡での武力衝突が日本の海上交通路(シーレーン)に与える影響は客観的に存在する
- 中国が台湾を「内戦」と主張しても、それが日本の安全保障に影響する場合、日本は独自の判断権を持つ
- 著者は「内戦だから干渉できない」という中国の論理を無批判に受け入れている
■ 5. 因果関係の逆転
- 著者の主張:
- 「台湾有事を起こすのも止めるのも日本の決断次第」
- 「台湾有事は日本が起こさないと決めれば起きない」
- 論理的欠陥:
- 台湾海峡の軍事的緊張を引き起こす主体は中国である(軍事演習、防空識別圏侵入の頻度等)
- 日本の発言が原因で中国が台湾侵攻を決断するという因果関係は実証されていない
- この論理では侵略の責任が被侵略側や同盟国に転嫁される
- 「日本が黙っていれば戦争は起きない」というwishful thinkingに過ぎない
■ 6. 選択的な事実の提示
- 問題点:
- 中国の軍事的威嚇や台湾周辺での挑発行為について一切言及がない
- 論理的欠陥:
- 中国の空母艦隊の台湾周辺展開を無視している
- 頻繁な防空識別圏侵入を無視している
- 台湾への経済的・政治的圧力を無視している
- これらを完全に無視して「日本と台湾が台湾有事を引き起こす」と結論づけるのは不誠実である
■ 7. 二重基準の適用
- ダブルスタンダード:
- 高市首相の「戦艦を使った武力行使」という抽象的言及を「具体的すぎる」と批判
- 薛総領事の「汚い首を斬る」という具体的脅迫を「姿勢を示しただけ」と擁護
- 論理的欠陥:
- 外交官の公式な暴力的言辞を軽視し、首相の国会答弁を過度に問題視する明らかなダブルスタンダードである
■ 8. 経済的威嚇の正当化
- 著者の主張:
- 「中国から見れば事実上の宣戦布告の予告だから、レアアース供給停止は十分に大義がある」
- 論理的欠陥:
- 言論(国会答弁)に対する経済制裁を正当化している
- これは経済的威圧を容認する危険な論理である
- WTOルール違反の可能性がある措置を「大義がある」と擁護するのは不適切である
■ 9. 論証の循環
- 著者の論理展開:
- 「台湾は中国の領土→だから日本は干渉できない→高市発言は不当」
- 論理的欠陥:
- 前提(台湾は中国の領土)が証明されていない
- 日本政府は台湾が中国領であると「承認」していない
- 証明されていない前提から結論を導いている
■ 10. 説得力を損なう要素
- 感情的表現の多用:
- 「とんでもない失言」「無謀な戦争」「洗脳された」など、分析というより扇動的である
- 根拠のない断定:
- 「トランプは中国と戦っても勝ち目がないと思い知った」など、推測を事実として提示している
- 陰謀論的思考:
- マスコミが国民を「洗脳」しているという主張
- 代替案の欠如:
- 批判するだけで、では日本はどうすべきかの現実的提案がない
■ 11. 欠けている視点
- 台湾住民の意思:
- 2300万人の台湾住民の自己決定権への言及が皆無である
- 地域の安全保障構造:
- 日米同盟、QUAD、AUKUSなど多国間の文脈を無視している
- 中国の軍事的拡張:
- 南シナ海、東シナ海での中国の行動を考慮していない
- 国際法の多様な解釈:
- 一つの解釈のみを「正しい」として他を排除している
■ 12. 結論
- この文章は学術的分析の体裁を取っているが、実際には中国の立場を無批判に受け入れ、日本の防衛政策を批判するための政治的文書である
- 日中共同声明の解釈は恣意的であり、存立危機事態の法的要件を無視し、台湾有事の責任を日本に転嫁する論理は説得力に欠ける
- 客観的な国際法・外交史分析としては不合格である
- 政治的主張としても論理的整合性の欠如により説得力は極めて低い