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ノーベル経済学賞研究で「日本人の給与が上がらない理由」がわかった…日本の生産性を下げた

要約:

■ 1. 2025年ノーベル経済学賞の受賞者と意義

  • 受賞者:
    • フィリップ・アギヨン(フランス)
    • ピーター・ホーウィット(カナダ)
    • ジョエル・モキイア(オランダ)
  • 受賞理由:
    • 経済成長を創造と破壊の連鎖(creative destruction)として捉え直した
    • 単なる理論の顕彰ではない
    • 成熟社会が停滞を脱し再び成長を取り戻すための知の再設計に対する評価

■ 2. シュンペーターの理論の数学的再構築

  • シュンペーターの洞察:
    • 資本主義の本質は創造的破壊にある
    • 資本主義とは安定ではなく絶えざる変化と入れ替えの連鎖を本質とするシステム
    • 直感的ではあったが実証・政策設計には使いづらかった
  • アギヨンとホーウィットの貢献:
    • イノベーションが旧技術を駆逐するダイナミズムを定量的・政策的に操作可能な形に翻訳
    • 1992年の論文「A Model of Growth through Creative Destruction」で資本主義の動態を数式で描いた
  • 成長率の公式:
    • 成長率 g = λ × ln(1+γ)
    • λ(ラムダ)= 革新頻度(どれだけ頻繁に新しい技術・企業が生まれるか)
    • γ(ガンマ)= 改良幅(一回の革新でどれだけ生産性が向上するか)
  • 公式の意味:
    • 経済成長を技術革新の数と質の掛け算として定義
    • 成長とは創造(innovation)が破壊(淘汰)を生み、淘汰がまた次の創造を呼ぶ動的均衡
    • 経済成長は外生的(天から降ってくるもの)ではなく社会の構造と制度によって内側から生み出せる
    • 国家は成長の設計者になれるという革命的発想

■ 3. モデルの4段階構造

  • 4段階の循環:
    • 創造(Innovation): 新しい技術・企業・職種が生まれる
    • 破壊(Destruction): 旧技術・非効率企業が淘汰される
    • 成長(Growth): 生産性が高まり、賃金が上昇する
    • 制度(Institution): 痛みを吸収し、再挑戦を支える
  • 循環の重要性:
    • この4段階が循環し続けるとき経済は停滞せず進化する
    • いずれかの歯車が止まると成長も止まる
  • 日本の長期停滞:
    • 創造の少なさ、破壊の遅れ、成長の浅さ、制度の硬直という4つの歯車が同時に摩耗している結果

■ 4. 実証事例(米国・韓国・デンマーク)

  • 米国の事例:
    • 特許件数の増加とともに新規企業設立率と旧企業退出率の双方が上昇
    • 特許(知識の累積)が創造(entry)と破壊(exit)を同時に活性化させた
    • 生産性成長(TFP)を押し上げた
    • 創造と破壊が対立するのではなく共進化する関係
  • 韓国の事例:
    • 1997年のアジア通貨危機は制度的破壊だった
    • IMFの支援条件として財閥構造の独占が是正された
    • 新しい企業の参入が急増
    • 革新頻度λが高まり生産性成長率が再びプラスに転じた
    • 制度の破壊が経済の創造を導いた典型例
  • デンマークの事例:
    • フレキシキュリティ(Flexicurity = flexibility + security)制度
    • 解雇ルールの明確化(柔軟性)+ 所得補償(安全網)+ 再教育(再挑戦)という三位一体構造
    • 破壊を止めずに社会を安定化させることに成功
    • アギヨンは自らの理論の社会実装版と呼ぶ

■ 5. 国家の役割の再定義

  • 国家の二重の役割:
    • 国家は投資家(Investor)兼保険者(Insurer)でなければならない
    • 創造を促すためにリスクを取る(投資家として)
    • 破壊の痛みを社会保障で吸収する(保険者として)
  • アギヨンの言葉:
    • 柔軟性と安心を両立させることがダイナミックで一体的な社会の鍵である
    • 経済成長とは単に生産性の上昇ではなく変化を受け入れながら幸福を守る社会システムの再構築

■ 6. 理論の本質的メッセージ

  • 成長の非自動性:
    • 成長は自動的には続かない
    • 技術があれば自然に成長するという時代は終わった
    • 創造・破壊・成長・制度の4段階を設計可能な連鎖として運用する力が必要
  • 進化の倫理:
    • 創造的破壊は単なる経済モデルではない
    • 進化を恐れず痛みを設計する社会哲学
    • 創造がなければ活力が失われる
    • 破壊がなければ創造は生まれない
    • 成長はこの二つの緊張の中からしか立ち上がらない
    • 創造的破壊とは壊すことではなく再び生き直す力

■ 7. 日本の賃金が上がらない理由

  • 賃金上昇の数式:
    • 実質賃金成長 ≒ 労働生産性成長 - マークアップ上昇 + 労働分配率の上昇
    • λを上げる(新陳代謝を高める)ことで生産性と競争力が向上
    • γを拡大する(技術と人材を深める)ことで付加価値が高まる
    • 適度な競争と利益分配制度で成果が賃金へ波及
  • 日本の問題点:
    • 賃金停滞の真の原因は生産性と新陳代謝の停滞にある
    • 日本の起業率はOECD平均の半分以下
    • 倒産率も低く企業の平均寿命は30年を超える
    • これは安定ではなく動かない構造
    • 経済は生き物であり創造がなければ新しい産業も雇用も生まれない
    • 破壊がなければ資源は動かない
    • 全要素生産性(TFP)は上がらず賃金上昇のエネルギーも生まれない
    • 日本の賃金停滞とは創造されず破壊されずよって成長しない経済

■ 8. λを上げる(挑戦の総量を増やす)

  • 原則:
    • 賃金を上げたければ挑戦の数を増やせ
    • λ(革新頻度)が上がれば新技術・新企業・新職種が生まれる
    • 経済全体の挑戦密度が上昇する
  • 国家レベルの施策:
    • 規制サンドボックスの常設化(AI・医療・建設・金融など)
    • 起業コストの低減(法人設立や登記・社会保険負担を軽減)
    • 大学発ベンチャーの事業化支援(研究成果を社会実装へ接続)
  • 企業レベルの施策:
    • 内部起業制度の再設計(Amazonのように社内の課題解決を外部提供に転化)
    • 小チーム・A/B実験文化(革新頻度を構造的に最大化)
  • 効果:
    • λが上がれば新しい産業が生まれ新しい労働需要が生まれる
    • 労働市場が高付加価値側に動き賃金が底上げされる

■ 9. 破壊を正常化する

  • 日本の文化的問題:
    • 倒産を恥とし撤退を失敗と見なす文化が根強い
    • アギヨン理論において破壊は創造の前提であり経済の再生プロセス
  • 政策的課題:
    • 倒産・再挑戦制度の迅速化(破産を再起のプロセスへ変える)
    • 経営者保証の撤廃(挑戦のリスクを制度的に軽減)
    • 補助金のサンセット化(低生産性産業への支援を段階的に縮小しリスキリング投資へ転換)
  • 原則:
    • 破壊を止めることは創造を止めることに等しい
    • 終わりを設計できる国だけが始まりを生み出せる

■ 10. γを拡大する(学びと技術で賃金の深さをつくる)

  • 技術の深化:
    • AI・半導体・グリーン・医療DXなどへの集中投資
    • Compute & Data Commons(共有研究基盤)の整備
    • 中小企業の採用側イノベーション(ロボット・自動化導入支援)
  • 人材の深化:
    • J-CPF(個人教育口座制度)の全国導入(全国民に学び直し残高を付与)
    • マイクロ資格制度(短期間で技能を可視化し職能流通を促進)
    • 企業の学習KPI導入(学習時間・再教育受講率を経営指標に組み込む)
  • 重要な認識転換:
    • γを拡大すれば付加価値が高まり賃金が物価上昇を超えて持続的に伸びる
    • 学びをコストから投資へと定義し直すことが重要

■ 11. 制度で支える

  • デンマークの成功モデル:
    • フレキシキュリティの三位一体構造
    • 解雇の自由、再教育の義務化、所得補償
    • 破壊を止めずに社会を安定させた
  • 国家の役割:
    • 投資家としてR&D・教育を支える
    • 保険者として破壊の痛みを吸収する
    • Investor + Insurerモデルが創造的破壊を持続可能にする社会的装置
  • 日本への提言:
    • 雇用を守るから人を守る社会へシフトすべき
    • 再教育と所得保障をセットで制度化
    • 挑戦を恐れない国をつくることが創造の土台になる

■ 12. 日本再生の4つのプロセス

  • 創造(Innovation):
    • 規制サンドボックスの常設化
    • 起業コストの引き下げ
    • 大学発ベンチャー支援
    • 公共データの開放
    • 企業の自己破壊の文化
  • 破壊(Destruction):
    • 倒産・再挑戦制度の迅速化
    • 経営者保証の撤廃
    • 補助金のサンセット化
    • 雇用を守るから人を守るへのパラダイムシフト
  • 成長(Growth):
    • 技術と人材の同軸投資
    • R&D×HRD経営
    • 知識の拡散(地方スキルハブの設置、企業間越境学習、教育のオープンプラットフォーム化)
  • 制度(Institution):
    • 国家は投資家兼保険者である
    • 公的R&D・教育投資の拡大
    • 再教育・再挑戦支援の制度化
    • 政策のデータ連動(国家ダッシュボード化)
    • セカンドチャンス制度の整備

■ 13. 賃金上昇国家の本質

  • 定義:
    • 単に物価を超えて賃金を上げる国ではない
    • 挑戦が報われ失敗が許され再挑戦が称えられる国
    • この精神的インフラこそがアギヨン=ホーウィット理論の社会実装
  • 4つの要素の循環:
    • 創造とは希望を生み出す力
    • 破壊とは過去を整理する勇気
    • 成長とは人が学び続ける仕組み
    • 制度とはそれを社会が支え合う知恵
    • この4つの要素が呼吸のように循環する国家においてのみ賃金上昇は構造として定着する

■ 14. 成熟社会のフロンティア

  • 変化のデザイン:
    • 日本はもはや量的拡大の時代を生きていない
    • 必要なのは変化そのものをデザインする成熟国家の知性
    • 変化を拒む国には脅威として襲いかかる
    • 変化を設計できる国には新しい成長の源泉となる
    • 創造的破壊とは変化のデザイン学
    • 変化を管理するのではなく変化を歓迎する

■ 15. 経営への呼びかけ

  • 創造的破壊経営:
    • 破壊を恐れず自らを進化させ続ける企業だけが真に社会を変える力を持つ
    • 経営の目的は利益の最大化ではなく挑戦の継続化にある
    • イノベーションを日常化しλ(革新頻度)を上げる
    • 技術と人材の同軸投資でγ(改良幅)を深める
    • 挑戦を許す制度・失敗を称える文化を企業文化に組み込む
    • 組織を人間の進化装置に変えること

■ 16. 政治と社会への提言

  • 政治の役割:
    • 国民を守ることではなく動けるようにすること
  • 3つの政策転換:
    • 政策のデータ化と更新性(国家ダッシュボードで賃金・物価・生産性をリアルタイム管理)
    • 社会保障の統合再設計(雇用保険・教育・再挑戦支援を統合)
    • 挑戦者への再分配(勇気の分配)(新産業・ベンチャー・リスキリングへの公的支援を未来への社会投資と位置づける)
  • 原則:
    • 勇気の分配ができる国こそ創造的破壊を幸福に変える国

■ 17. 理論の到達点

  • 進化を恐れない社会の条件:
    • 経済の仕組みを超えた進化を恐れない社会の条件を示した
    • 創造が増え破壊が設計され成長が深まり制度が包摂する
    • その連鎖の先にあるのは数字ではなく人間の尊厳
  • 成長の再定義:
    • 成長とはGDPを増やすことではなく人が進化を恐れなくなること
    • 賃金とは挑戦の価値を社会が共有する仕組み
  • 最大のメッセージ:
    • 未来は設計できる
    • 創造を奨励し破壊を恐れず成長を深め制度で痛みを吸収する
    • この4つの歯車を社会全体で噛み合わせたとき日本は再び挑戦が報われる国・変化が幸福を生む国へと進化できる
    • 創造的破壊とは壊すことではなく再び希望を設計すること
    • 破壊を恐れた国は停滞し破壊を設計できた国は進化する
    • 進化を信じる国だけが未来を所有する