■ 1. 作品の基本情報
- 『みいちゃんと山田さん』は2012年の新宿・歌舞伎町のキャバクラで知り合った主人公の「山田さん」と同僚の「みいちゃん」が共に過ごした12ヵ月間を描いていく漫画
- 作者は亜月ねね
- 漫画アプリ「マガポケ」(講談社)で連載中
- 筆者も「マガポケ」を使っており読むたびにモヤモヤしながらも何となく読んでいた
■ 2. 作品の成り立ち
- 作者がXで発表しKindleインディーズマンガで『みいちゃんと山田さん: みいちゃんが死ぬまでの12ヶ月の話(Kindle版)』として公開していた作品がもとになっている
- 現在コミックスは公開停止中
- 同作の人気に目をつけた講談社の担当編集者がスカウトし商業媒体での連載が始まった
- Kindle版の作者名義はダイアナ
- ダイアナとは旧Twitter時代からX上でキャバクラ、パパ活、性風俗産業などに関わる漫画を発表していたアカウント
- 亜月は2022年1月から2024年2月まで漫画を担当していた
- 運営者の実態が不明なアカウントであり何人の人間によって動かしているのかもわからないため、作品の内容について亜月が作画以外のどれぐらいの部分を担当していたかは不明
- コミックス『夜のことばたち』が彩図社から出されている
- かつての友人が「みいちゃん」のモデルとなっていると亜月が作中コラムで語っている
■ 3. 物語の内容
- 第一話で「みいちゃん」が殺害されたことが語られ冒頭から彼女の不幸の軌跡を追っていく物語になることが読者に提示される
- 「みいちゃん」は軽度知的障害を持っているのであろうことが物語中で示唆されている
- 空腹のため金を払わないままコンビニで売っているパンを食べてしまうなどの奇行が絶えない
- 小学生レベルの学力がなく漢字の読み書きはできない
- 小柄で可愛らしい風貌の彼女は言動を含めて幼く見え、そういった嗜好の一部の客に人気があるが、複数のお客と性的関係を結んでいることが人気の理由の一つだと発覚する
- 店の店員複数とも性行為をしている
- 安易に性行為をしてしまう原因としては過去の体験から性交すると相手が優しくしてくれるという刷り込みがされているから
- 彼氏からDVを受けており金を稼ぐために街娼をすることを指示されるなど様々な虐待を受けているが、本人は共依存状態に陥っているためそれが愛情によるものだと誤認識をしている
- キャバクラ退店後はNGなしのデリヘル嬢として過酷なプレイや本番行為を客に要求されている
■ 4. 山田さんのキャラクター
- 「山田さん」は大学生だがほぼ通学していない
- キャバクラも生活費のためにやっているだけでモチベーションはさほど高くない
- 小説好きであり本人は絵を描くのが好きだったのだが、過干渉な母親に勉強以外のことを否定されて育ってきた
- 「みいちゃん」に対して距離をとったり意地悪く接する同僚の中で唯一といってくらい普通に接しようとしているように描かれている
- 現在は「みいちゃん」と同居しており「みいちゃん」の問題行動を是正しようと接することも多い
■ 5. 障害者福祉に関する描写
- ライター・田口ゆうによる記事『「みいちゃんが殺されるまでの12か月」新宿キャバクラを舞台に描く衝撃作『みいちゃんと山田さん』。作者が明かす創作の裏側』(「日刊SPA!」25年05月22日)がある
- 田口の「障害者福祉に興味を持つ層に向けて描いたのか?」という質問に対して、亜月は「みいちゃんがどんな子なのかは読者の判断にゆだねています。特に障害福祉を描く目的の作品ではありません。夜のキャバクラという物語にしやすい舞台にみいちゃんや山田さんといった性格が真逆のキャラクターを配置し物語を作りました」と答えている
- また作品を描くにあたって少年犯罪や心理学系の書籍を参考にしたり、支援学校の教師や性風俗従事者のための無料相談窓口・風テラスなどの団体に取材ということも語られている
■ 6. 筆者の批判的見解
- 障害者福祉に興味を持つ層に向けて描かれたものではないのは読めばすぐわかることだし、「みいちゃん」がどういう子なのか読者の判断にまかせているというのも無理がある
- この作品は作者の体験をベースに軽度知的障害の人や取材などで得た水商売や風俗、パパ活等に従事する人や客の極端で不快なエピソードを過剰に積み込み、体裁程度の障害者福祉についての情報が付け加えられたような作品なのではないか
- 障害者福祉に関わっている当事者や関係者が読んで肯定的にとらえられるような作品ではない
- 「読者の判断にゆだねています」というが作中各所であからさまにそれが示唆されている以上それは通らないのではないか
- 明言することから逃げているだけのように思える
- 作中の極端で不快なエピソードには実際の出来事がモデルとなっているものが多いと思うが、極端なケースを集めて一人の人間に盛ってしまえばそれは現実の当事者とは離れてしまう
- 当事者に対する偏見を育てているという批判があっても不思議ではない
- 少なくとも読者がそういうエピソードの不快さを見世物的に消費することは想定されているのではないだろうか
■ 7. 一種の「ポルノ」として消費されている側面が強い
- コミックス3巻では『ケーキの切れない非行少年たち』の著者・宮口幸治と亜月の対談が掲載されている(このセッティングにもなんらかのエクスキューズを感じモヤモヤする)
- そこに「みいちゃん」を気にかけており彼女の母親に特別支援学級に入れることを提案するも激しく拒絶される小学校時代の担任教諭について、宮口が親との信頼関係をもっと形成しておかないといけなかったという専門的な知見を示すところがある
- しかし実際のところ彼女は「みいちゃん」の母や祖母の拒絶を引き出すためのガジェットとしての役割しかない
- そういった指摘も意味がないような気分になってしまった
- 本作を真鍋昌平の作品と比較することもできるが、それよりも本作にテイストが似ているのは中村敦彦のノンフィクション
- 企画AV女優を扱った『名前のない女たち』シリーズ、10年代の東京で貧困を理由に性産業に従事する女性を扱った『東京貧困女子。』、『ルポ中年童貞』といった中村の著作は取材対象者のネガティヴな面を強調する傾向があり一種の「ポルノ」として消費されている側面が強い
- 『みいちゃんと山田さん』も多くの人にそういった消費の仕方がされているように感じる
- 作者や編集部がどう考えているのかはっきりとしたことは言えないが「エクスプロイテーション」作品として機能している側面があることは否定できないのではないか
■ 8. 解像度の高い部分と低い部分
- 「みいちゃん」というキャラクターが過剰に盛り込まれ過ぎている一方で、同僚の発達障害の女性のエピソードや「山田さん」の「毒親」エピソードは解像度が高いというか過剰になり過ぎておらず作者の実体験や周囲のエピソードが反映されている部分ではないかと思う
- また客の男性の不快なエピソードも過剰になりすぎないリアリティを保っている
- 「日刊SPA!」の記事で亜月は10年代の夜職の独特な雰囲気を再現したかったと語っているが、そういった部分はちゃんと反映されているのではないだろうか
- バンギャについてはそんなに解像度が高くないような気がする
- 「山田さん」が結局は見下しているとか問題に対する意識が低いという意見もあるが、あれは物語の設定から考えるとわりとリアルだと思う
■ 9. 結論
- モヤモヤしてしまう作品だがこの作品はエンターテイメント志向のフィクションであって、確かに言えることはこれを読んだからといって知的障碍者について理解したように何かを語ったりするのは違うのではないかということ
- 酷い出来事、人間の心のゲスな部分、物事の最低な部分を書いている作品を見て「ここに真実がある」みたいな反応をとる人もいるけど、それは「面白いもの」ではあるかもしれないけど真実ではないし、それだけでは何もならないというと思うくらいには自分も年を取ったのだなと感じる