■ 1. 極右支持の通説とその問題点
- 極右台頭の一般的説明:
- 極右は「忘れられた労働者」の政党である
- 支持動機は既存政党に見捨てられた層の「怒り」である
- 支持の中心は「地方・周縁部」である
- 通説の問題:
- フランスの研究は「見捨てられた敗者」というナラティブが実態を正確に反映していないことを示している
- 極右支持を過大評価すべきではない
- 「声なき声」を代弁する役割として極右を正当化する言説が流通している
■ 2. 極右の「プロレタリア化」言説の検証
- 1980年代の国民戦線:
- 小ブルジョワジーや自営業の男性を支持基盤とした
- 新自由主義的改革を訴えた
- 「フランスのサッチャー」を求める層に支持された
- 1990年代の転換:
- 反グローバリズムの保護主義的政策へ舵を切った
- 「国民優先」の排外的福祉を訴えた
- 1995年大統領選挙では現役労働者の3割がルペンに投票したとされた
- 現在の支持基盤の実態:
- 熟練労働者や比較的安定した被雇用者を中心に支持が広がっている
- 中間層や管理職の一部にも浸透している
- 支持基盤は「不安定層」ではなく、一定の職業的・経済的安定を有する層である
- 月収900ユーロ未満の最貧層では左派のメランションが第一の候補となっている
- 移民系など社会的差別を受けやすい集団では左派支持が顕著である
- 最低所得層や移民系の不安定層を動員しているのは左派である
- 国民連合は階級を横断して多様な層を取り込んだフランス社会の縮図に近い支持層を形成している
■ 3. 左翼ルペン主義仮説の検証
- 左翼ルペン主義の定義:
- 国民連合が社会党や与党連合の失敗への不満から転向した左派労働者票を取り込んできたという仮説である
- 左派の選挙的後退と極右の台頭に因果関係を見出すものである
- 実態:
- 労働者票の右傾化は左派からの大量流出によって生じたわけではない
- 国民連合は左派よりも穏健右派の票を吸収することで支持基盤を拡大した
- 2012年以降、労働者票が右派・左派双方で低迷したことに乗じて支持層が拡大した
- 左派から極右への直接の移動はごく少数にとどまっている
- 世論調査で国民連合投票者の多くは自己定位を「右派」か「右でも左でもない」と答えている
- 国民連合は右派に投票していた社会集団の周縁を取り込み、そこから労働者・被雇用者のあいだに基盤を築いた
- 労働者階級の政治文化:
- 祖先や家族が労働組合(CGT)やフランス共産党に属していた事実は極右への投票を食い止める防波堤である
- 北部や東部の「労働者階級の牙城」での得票増は従来の労働者の態度変化ではない
- 中道ないし右派に近い新たな層の流入と新しい業種への従事が地域の政治的バランスを変容させた
- 結論:
- 極右支持の拡大は右派票の取り込みや中間的安定層の流入によって進んだ
- 極右と左派は異なる社会的基盤と独自のイデオロギー的動員形態を持つ
- 有権者が両者のあいだを大規模に行き来することは稀である
- 両者の支持は大衆階級内部の異質な社会的セグメントを反映した別個の政治的方向性である
■ 4. 地理的説明「周縁のフランス論」の問題点
- 周縁のフランス論の内容:
- フランスを「中心」と「周縁」の対立構図で捉える
- 大都市中心部は国際化・文化多様性・新産業の恩恵を受ける「勝者の空間」である
- 地方や郊外、中小都市は産業転換やグローバル化に取り残された「敗者の空間」である
- 2012年大統領選以降、メディアが「郊外の小さな家に住む庶民=極右支持者」というイメージを広めた
- 実態との乖離:
- 投票行動を決定づけるのは居住地そのものではない
- 学歴や年齢、雇用の不安定化、持ち家取得などの社会的上昇経験の有無が複合的に作用している
- 政治への不信感も影響している
- 都市と周縁の境界は固定的ではなく、地方にも成長地域と衰退地域が併存している
- 人々の居住は流動的である
- 領域論は階級関係や差別関係、労働の価値に関するイデオロギー的志向を覆い隠す
- ステレオタイプの問題:
- 「農村=極右支持」と「都市団地=棄権する移民系」というスティグマが存在する
- 農村は「閉ざされた共同体」、都市団地は「同化しない移民」として描かれる
- いずれも「国家や国民的規範から欠けた存在」として扱われる
- 黄色いベスト運動や都市郊外の暴動は「危険」や「無能力」として扱われ、住民の政治的表現の正当性が奪われてきた
- 農村と都市団地の共通点:
- 戦後の住宅政策や産業再編の影響により、居住地の選択は自由意志によるものではない
- 雇用や公共サービスへのアクセスが不足している
- 住民には自助や近隣の助け合い、遠隔化された行政手続きへの対応といった「余計な労働」が課されている
- 「国家からの距離」を生み出しているのは公共サービスの縮小や行政の遠隔化、交通コストの増大など国家の政策的作用である
- メディアによる分断:
- 「怠ける若者」「移民」「生活保護依存者」といったラベルを用いて想像上の脅威としての「他者」を作り出してきた
- 構築された大衆階級内部の主観的な分断が極右支持を支える「三角形意識」を生み出している
■ 5. 三角形意識と「ニコラ」の比喩
- 三角形意識の定義:
- 古典的階級意識は「上 vs 下」、すなわちエリートと大衆の対立に集約されていた
- 今日ではそれに加え、社会的空間のさらに下方に位置づけられる「非正当な貧者」への距離が強く意識される
- 人々は「自分たちは上に支配されているが、最下層ではない」と感じている
- 形成メカニズム:
- 「見捨てられた地方」のスティグマを帯びた地域に暮らす大衆階級が自らを「国家の支援に依存する非正当な貧者」や「悪い移民」と差別化しようとする
- 他者に責任を転嫁したり、地域を肯定的に再定義したりする象徴的実践を強いられる中で形成される
- 強化要因:
- 新自由主義的改革による社会的権利の弱体化と自己責任論の拡大が意識を強めている
- 農村や都市郊外に向けられるステレオタイプ的な眼差しが大衆階級内部の主観的分断を深めている
- レイシズムやイスラモフォビアの土壌を作り出している
- 「ニコラ」の比喩:
- 2025年に流行したネットミーム「C'est Nicolas qui paie !(払っているのはニコラだ!)」が象徴的である
- 極右系ウェブサイトから広がったフレーズである
- 「ニコラ」は報われない中間層の勤労世代の男性を典型化した架空の人物像である
- 働いても報われず、給与から差し引かれる社会保険料が「不当な」社会手当、特に移民の社会保障に流れているとされる
- 国家財政をゼロサムの「国民勘定」とみなす直感的発想を示している
- 極右政党に投票する「普通の人々」の感覚を映し出している
- 「国民勘定」の誤謬:
- フランス国籍を持つ者だけが税金を払っているのではなく、移民も税金を払っている
- 「ニコラ」は所得税だけを意識しているが、消費税や社会保険料もある
- 再分配の恩恵は「移民」や「非正当な貧者」に偏っておらず、全人口の60%の世帯が純利益を得ている
- しかしこの「国民勘定」の体感は治安、給付、教育などに波及し、「国民を優先せよ」「不正には寛容ゼロ」といった極右のスローガンへの支持を強めている
■ 6. 事例研究:フランス南東部PACA地域圏
- 調査概要:
- 2024年出版の『普通の有権者たち――極右の常態化に関する調査』を参照している
- 2016年から2022年にかけてプロヴァンス=アルプ=コート・ダジュール地域圏で実施された
- 国民連合の活動家ではなく日常生活を送る一般の支持者約30人を対象とした
- 長期にわたる聞き取りと参与観察を行った
- 地域特性:
- 国民連合が地方政治に深く根を張っている
- 「忘れられた地方」ではなく、地域経済も活発で観光資源も潤沢である
- 内部の不平等が大きい
- 支持層は職人や小規模商店主、警察などの治安関連の仕事に従事する人々など、比較的安定した大衆階級や小規模中間層が中心である
- 投票動機の複合性:
- 「経済的要因か文化的要因か」という二分法では説明できない
- 国民連合は移民問題を税金、社会保障、治安、教育といった幅広い領域に結びつけている
- 聞き取りのすべてで程度の差はあれレイシズム的な語りが確認された
- 繰り返し登場したのは「職を奪う移民」ではなく「働かずに給付を受ける移民」というイメージである
- 「支援を受けるには収入が高すぎ、余裕を持つには低すぎる」という中間層特有の相対的な位置が反映されている
- 日常における「優遇」の体感:
- 公的施設の行列、住宅やトラム整備の優先順位、教育資源の配分で「移民が優遇されている」と感じている
- 国民連合は「フランス国民を優先せよ」というメッセージでこの「体感」を強化している
- 住民は国家経済をゼロサムの「国民勘定」として理解している
- 「移民への給付=フランス人からの取り上げ」と考えている
- 「われわれには厳しく、彼らには甘い」という二重基準への不満が治安強化や「寛容ゼロ」への支持に直結している
- 競争意識の焦点:
- 移民との競争意識は「雇用」よりも「住宅・給付・教育」といった生活基盤の取り合いに集中している
- 再生産領域の中心的担い手はしばしば女性である
- 「家庭や子どもを守る」という発想が極右支持に結びついている
- 「再生産の保護主義」志向は従来女性支持の低かった極右政党に新たな基盤をもたらした
- 家族呼び寄せの停止や社会給付の自国民優先といった政策が女性有権者の支持を拡大させた
- 三角形意識の地域的特徴:
- 豊かでありながら格差の大きい地域では「上下から挟まれる感覚」が強調される
- 上からは富裕層や観光客の流入による地価高騰や生活様式の衝突が迫る
- 下からは移民の流入や公営住宅の増加が迫る
- 住民は自らを「社会的にも地理的にも中間」に位置づけ、その位置を守ろうとする
- 上位層に対する諦念に比べ、移民は「政治的に制御可能」と見なされるため反発が強まりやすい
- 持ち家などの居住投資を行う場合、移民の存在が「負の経済シグナル」として受け止められる
- 地域の評判や資産価値の下落への懸念が喚起される
- レイシズムの核心性:
- 国民連合支持の核心にはレイシズムがある
- メディアは極右支持者を「哀れな弱者」として社会経済的な困難へ単純化しがちである
- 調査は投票行動が移民や少数者への否定的感情に強く規定されていることを示している
- 2024年のCNCDH調査では極右支持者の56%が自らをレイシストと認めている
- 「漂白」の論理と「白人の賃金」:
- 非白人で帰化した有権者でさえ、スティグマ化された「悪い移民」を攻撃することで「良きフランス人」であることを証明しようとする
- 内部移動で地元から「よそ者」扱いされていた労働者が地域の少数者をスケープゴートにすることで多数派への帰属意識を得る
- デュボイスが提唱した「白人の賃金」――人種的優越感から得られる象徴的報酬――の作用が確認された
- 根底に共通してあるのは「自分がマイノリティに転落するのではないか」という不安である
- 国民連合への投票は「多数派であり続けるための自己防衛」であり、自らを境界の最前線に立つ「沿岸警備員」として位置づける行為である
■ 7. 国民連合支持の「普通化」
- 「普通化」の過程:
- かつて国民連合への投票は「恥ずかしい選択」とされ隠して行うものだった
- 近年では状況が一変し、2021年にはむしろ支持を過大に申告する例すら確認されている
- 地域や身近な集団では「マリーヌに入れるのが普通」という感覚が広がっている
- 国民連合票は日常に根付いたものとなっている
- 投票の社会的性格:
- 投票は孤立した行為ではなく、周囲の人々と共有される経験のなかで形づくられる
- 人は「一緒にいる人と同じように」投票する傾向が強い
- 投票は「賛成」(国民連合そのものへの支持票)と「反対」(既存政党への抗議票)の両方に支えられている
- 日常の会話や地元の規範が国民連合への支持を「正当で普通の選択」として後押ししている
- レイシズムの日常化:
- インタビュー対象者の多くは「人種差別ではない」と前置きする
- 実際の怒りや不満は特定の少数者、特に北アフリカのマグレブ系やムスリムに向けられている
- 近所や商店での雑談が「やっぱりみんなもそう思っている」という確信を強める
- 国民連合への投票を論理的で自然な判断へと変えていく
- 極右への支持は孤立やアノミーの産物ではなく、身近な集団で共有される経験の積み重ねである
- 文化エリートへの反発:
- 支持者は文化資本を有する層、すなわち教師や芸術家、ジャーナリストといった「左派的な文化エリート」に対して「説教臭く現実を知らない」と反発する
- 経済エリートへの批判は「過度な富」や「不当な蓄財」に限られる
- 勤労や経営を通じて得られた富は「正当な成果」とみなされる
- 小企業主の成功はむしろ称賛される
- 背景には中間層の社会的位置が影響している
- 一定の経済資本を保持しながらも文化資本において劣位にある
- 学歴や言説能力の差異を象徴的屈辱として経験する
- 文化的格差は経済的不平等以上に強い敵意を呼び起こす
- 批判の矛先は富裕層ではなく文化的エリートに集中する
- 政治不信の広がり:
- 「政治家は皆同じだ」という感覚が広く共有される
- 政治家は社会的に均質なエリート集団とみなされる
- 巧みな言葉と特権を使う「利得者」として嫌悪の対象になる
- 左派は「移民に甘い」として退けられる
- 右派もサルコジ期の汚職やそれに伴う失望で支持を失った
- マクロンは金融エリートとしての経歴と弁舌の巧みさを兼ね備えた結果「富と言葉の象徴」として反感を一身に集めた
- 「右でも左でもない」という戦略が「上の世界は皆同じだ」という不信感を強めた
- ポピュリズム的な反発は統治者と被統治者の間にある階級的な距離の反映である
- 国民連合への選択的信頼:
- 支持層は政治家全般に強い不信を抱きながらも、移民問題に関してだけは国民連合を「多数派を守る党」として信頼する
- 時には消極的に選択する
- 投票は単なる抗議ではなく、治安や移民政策への具体的な期待に支えられている
- 「国民連合が政権を取っても大きなことはできない」という想定が投票のハードルを下げている
- 脱悪魔化戦略:
- かつての「極端な政党」というイメージが薄れている
- 「昔ほど過激ではない」という認識が広がっている
- 国民連合の本質は「正常化」と「過激性」を同時に追求する二面戦略にある
- 「制度の一部」として受け入れられるための正当化を進める一方で「他の政党とは違う」と示すための急進性を保つ
- 結果、熱烈な支持者から懐疑的な有権者まで幅広い層を取り込んでいる
■ 8. 極右支持の本質:人種のミクロ政治
- 人種化された資源配分:
- 税や学校、住宅、公共サービスといった社会的資源をめぐる争いがしばしば人種化される
- 移民やムスリムが「不当な競争相手」として可視化される
- 勤労や功績を重んじる階級的道徳と「国民を優先せよ」という秩序意識が重なる
- 「国家が外国人を優遇している」という不満が増幅する
- 人種のミクロ政治としての投票:
- 国民連合への投票は「人種のミクロ政治」として機能している
- 支持者は投票を通じて自分たちが社会の多数派にとどまることを望む
- 非白人やムスリムの存在が目立つほど「自分の居場所が失われている」という感覚が強まる
- 投票は抗議であると同時に秩序回復を求める行為である
- 現実には社会の構造を大きく変える力を持たず、望むような白人の同質性を確保できない
- 結果として安心感は得られず、不安と無力感が蓄積していく
- 経済政策の位置づけ:
- 経済的不満だけが極右支持の軸ではない
- 多くの極右政党にとって経済政策は排外主義・権威主義・ポピュリズムを遂行するための「道具」にすぎない
- 国民連合とその支持層にとって、税制や労使関係といった経済的課題は移民、イスラム、安全保障、フランス的アイデンティティといったテーマに翻訳されることで初めて意味を持つ
- 経済的競合は「人種の線引き」を通じて経験される
- 左派の誤認:
- 既存の左派を含む政治勢力はレイシズム的側面を軽視してきた
- 国民連合への投票を「怒りの票」として片づけてきた
- その態度こそが国民連合の「脱悪魔化」戦略を補強してしまう危険性がある
- 極右支持は単なる反体制感情ではなく、人種化された敵対心に方向づけられた政治的選好である
- レイシズムの構築性:
- レイシズムは固定された本質ではなく、政治によって強弱が操作される社会的構築物である
- 極右はここに働きかけ、白人の中間層や労働層に「承認」と「物的改善」の両方を約束することで動員している
- レイシズムを「パーソナリティ」や「悪しき習慣をもつ個人」といった個人的次元に矮小化すべきではない
- それを埋め込んでいる社会構造や制度から切り離すべきではない
- 国民連合は資本主義的不平等と現代のレイシズムの強化が交錯する状況から利益を得ている
■ 9. 極右への対抗策
- 国民連合の位置づけ:
- ジャン=マリー・ルペンのスローガン「右でも左でもなくフランス人」が極右の位置づけをよく示している
- 「経済的には右、社会的には左、国家観はナショナリスト」というイデオロギーの組み合わせが中間層の幅広い支持を可能にしている
- 国民連合の経済政策:
- 移民やマイノリティに対して強い敵対姿勢を示す
- 労働・雇用問題では経済自由主義的な立場をとる
- 失業者管理の厳格化や労働組合への敵対的態度、解雇の自由を容認する姿勢がそれを示している
- リベラリズムはマクロン派とは異なり、有権者は富裕層への課税や公共サービスの維持を支持する傾向を持つ
- より新自由主義的な極右政党「再征服」よりも「社会的」と評される
- 実際には両者ともに経済自由主義と排外主義を結合させた共通の基盤に立っている
- 支持者は難民受け入れや社会給付の管理において非常に厳格な立場をとっている
- 中間層が社会的上昇を閉ざされた中で移民や失業者との差異化を通じて相対的な尊厳を維持するための「三角形意識」が働いている
- 対抗の方向性:
- 極右への対抗を単に「アイデンティティ問題」から「雇用・労働問題」へと移すだけでは不十分である
- 国民連合支持層は雇用の領域でも左派的価値観と対立している
- 同党を支えているのは排外主義と雇用主的リベラリズムを結びつける潮流である
- 極右に対抗するためには、(1)排外主義と(2)ネオリベラルな経済秩序への同調、という二つの前提を同時に問い直す必要がある
- 極右への対抗は長期的な社会的・文化的営みを通じ、資本主義的不平等とレイシズムという二つの戦線に同時に取り組むことによってのみ効果を持つ
- 今後の展望:
- 近年顕著であるのは億万長者と極右との接近である
- 次回は「上からの極右支持」――国民連合を支える富裕層とその思想的論理――に焦点を当てる