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発展途上国で予想外に子どもを持たない人が増加している

要約:

■ 1. 研究の背景と目的

  • 発展途上国においても「子どもを持たない選択」をする人が増加している傾向が確認された
  • 従来「子どもを産まない人の増加」は日本やヨーロッパ、アメリカなど先進国特有の現象と考えられていた
  • ミシガン州立大学の心理学者ザカリー・P・ニールとジェニファー・ワトリング・ニールが51か国の国際的な人口・健康調査データを解析した
  • 研究結果は2025年11月付けで科学雑誌『PLOS ONE』に掲載された

■ 2. チャイルドフリーの定義と各国の状況

  • チャイルドフリー(childfree)の定義:
    • 「これまで子どもがいない」かつ「今後も子どもは欲しくない」という2つの条件を満たす人
    • 単に子どもがいない人とは区別される概念である
  • 各国のチャイルドフリーの割合(15〜29歳未婚女性):
    • パプアニューギニア: 約15.6%
    • エチオピア: 約9%
    • フィリピン: 7%超
    • 日本の参考値: 20〜40代で「子どもを希望しない」と回答した人は約7%程度(内閣府調査、定義は厳密には一致しない)
  • 51か国の比較では、チャイルドフリーの割合は0.3%から15.6%まで幅広く分布していた
  • 従来「出生率が高い国」とされてきた地域にも意外なほどチャイルドフリーの人が多い国が存在する

■ 3. 研究手法とデータの信頼性

  • 使用データ: DHS(Demographic and Health Surveys)という国際標準の人口・健康調査
  • データの統一化:
    • 国によって調査対象や質問項目が異なる問題に対処するため、専用ソフトウェアを開発してデータを自動統合した
    • 「これまで子どもがいない」「理想の子ども数が0である」という2つの条件を満たす人を機械的に抽出した
  • 比較対象の統一:
    • ほぼすべての国で共通して調査されている「15〜29歳の未婚女性」という層に絞って分析を実施した
    • この絞り込みにより国ごとの文化や家族観の違いが残るにもかかわらず、チャイルドフリーの割合を公平に比較可能とした

■ 4. 人間開発指数(HDI)との相関関係

  • 人間開発指数(HDI)の定義:
    • 「健康に長く生きられるか」「教育をどれだけ受けられるか」「生活を支えられる所得があるか」の3つを数値化した指標
    • 国の生活の安定度や将来の見通しの立てやすさを示す
  • 発見された傾向:
    • HDIが高い国ほどチャイルドフリーの人が増えるという明確な傾向が見られた
    • 「発展途上国」という大きなくくりでは見えなかった価値観の違いが、HDIという視点から浮かび上がった
  • 「発展途上国」の定義の問題:
    • 国際的に統一された定義が存在しない
    • 世界銀行やIMFが経済規模や産業構造に基づいて便宜的に用いてきた分類にすぎない
    • 医療や教育、寿命といった生活の安定度までは十分に反映されていない

■ 5. HDI上昇がチャイルドフリー増加をもたらす要因

  • 教育とキャリアの変化:
    • 教育を受けられる機会が増え、就職先の選択肢が広がる
    • 教育年数が長くなり、20〜30代は学びやキャリアの基礎を固める時期になる
    • 「大人になれば結婚して子どもを持つ」という従来のパターンが必ずしも当たり前ではない状況が生まれる
  • 社会保障制度の整備:
    • 公的年金や医療制度、女性の安定した雇用などが広がる
    • 「子どもが生活の支えになる」という構造的な役割が弱まる
    • HDIが低い地域では子どもが老後の支えや労働力として必要とされるが、HDIが高い国ではこの必要性が減少する
    • 家族を持たないことが生活上の大きなリスクになりにくくなる
  • 子育てコストの可視化:
    • 教育や情報へのアクセスが広がることで、子育てにかかるコストが具体的に見えやすくなる
    • 住居費、教育費、家事や育児に必要な時間の大きさがHDIが高い社会ほどはっきり意識される
    • 趣味や学び、旅行など「自分の時間」を使える機会も増える
    • 子どもを持たない選択が相対的に合理的に感じられる場面が増加する

■ 6. 研究の限界と今後の展望

  • データの性質上の制限:
    • DHSのデータは横断調査(cross-sectional)であるため、個人の価値観の変化を追跡できない
    • 「今は子どもを欲しくないが将来は欲しくなる」といった変化を捉えることはできない
  • 文化的要因の複雑性:
    • 宗教、家族制度、経済状況、男女の役割観などチャイルドフリーの背景にある文化的要因は国によって大きく異なる
    • 今回の研究だけではこれらの複雑な要因をすべて説明できるわけではない
  • 研究の意義:
    • 51か国・200万人以上のデータを統一的に扱った分析により「途上国の内部でも価値観の転換が起きている」可能性を示した
    • 出生率の低下や家族観の変化が世界全体で同時進行している可能性がある
    • 少子化を「先進国の特殊な事情」として扱うのではなく、「世界的な価値観の再編」として捉え直す必要性が示唆される