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実は根底で共通する「ひろゆき的思考」と「陰謀論」を拡散する人の危うさ

要約:

■ 1. 「ひろゆき的思考」と陰謀論の共通点

  • 西村博之(ひろゆき)が創設した「2ちゃんねる」などの匿名掲示板について、メディア研究者の伊藤昌亮は「ひろゆき論」(『世界』2023年3月号)で陰謀論的な思考が増幅される点を批判していた
  • 伊藤は日本の匿名掲示板がいわゆる「ネトウヨ」をいかに生み出してきたのか解説している(『ネット右派の歴史社会学』)
  • 陰謀論には政治学者の秦正樹曰く「ある重要な出来事の原因を一般人には知り得ない強大な力に求める点にその特徴がある」(『陰謀論』)
  • 何か大きな政治や社会の出来事が起こったとき、一般人には隠されているが強い影響力をもっている人びとの意図によって引き起こされたのではないかと考えるのが陰謀論である
  • 例:アメリカの新型コロナウイルスワクチンには「マイクロチップが埋められている」「ビル・ゲイツが人びとの行動を捕捉しようとしている」という言説がSNSを通して急速に広まった
  • これは陰謀論的な論理(ワクチン接種を推進する裏にはビル・ゲイツらの企図が隠されている)である

■ 2. 匿名掲示板と陰謀論の拡散

  • 西村が管理人を務めていたアメリカの匿名掲示板「4chan」はこのような陰謀論が広まる場だった
  • ただしYouTubeのような動画配信サイトでも陰謀論は広まっており、陰謀論の拡大の場は匿名掲示板に限ったことではない
  • 陰謀論の論理を考えてみるとそれは「ひろゆき的思考」と非常に近い
  • 「ひろゆき的思考」はまさに自分たちの環境や生活は「気づいていない」、つまり隠された抜け道やコツがたくさん存在することを前提とする
  • マイナスが存在する環境に「気づく」ことが重要だと彼は説く
  • それだけでは決して陰謀論と同じものだとは言えない
  • しかし陰謀論の論理(自分たちの環境や生活には隠された意図があり、それが自分たちに何かしらのマイナスを生んでいる)はまさに同様の前提を共有している
  • これは「陰謀論的思考」(conspiracy thinking)と呼ばれている(『陰謀論』より)

■ 3. 「世界のスタート地点が間違っている」という思考の構造

  • 大切なのは自分たちのマイナスをつくっている原因に気づくことである
  • 「ひろゆき的思考」も「陰謀論的思考」もこのような論理を共有する:
    • ①そもそも重要なことが損なわれている社会(世界)で自分は生きている
    • ②そういう①のような社会(世界)をつくった大きな権力が存在する
    • ③損なわれた真実を知れば、自分は②のつくった社会(①)から抜け出すことができる
  • ここで求められるものは悪の権力を倒してくれそうな誰かを探すことではない
  • 世界には悪の権力が存在しており、その悪の権力に騙されないことによって自分は正しい場所に戻ることができることを求める
  • 悪の権力が「ひろゆき的思考」の場合は旧来的な日本企業体制であったりムラ社会的な空気の読み合いだったりする
  • つまりこういう論理である:そもそも自分の立っている世界のスタート地点が間違っている、だから人生を変えるにはスタート地点を変えるしかない
  • そのスタート地点が「現世を支配しているが気づかれていない悪の権力」であるとするのが陰謀論である
  • そのスタート地点が「気づかれていないプログラミングや投資の手法」であるとするのがひろゆき的思考である

■ 4. 「動く」自己啓発書から「気づく」陰謀論への変化

  • 筆者は「ひろゆき的思考」が危険だと言いたいのではない
  • 投資の知識やプログラミングが実際に自分を助けてくれることは大いにある
  • むしろ注目すべきは「ひろゆき的思考」の書籍や動画を拡散させている欲望、令和の人びとの志向である
  • 堀江貴文の『多動力』をはじめとする平成の自己啓発書は「もっと世界を豊かに」「もっと楽しく」「もっと成果を出す」といった論理を説いていた
  • だからこそ行動を重視した
  • しかし「ひろゆき的思考」や陰謀論は異なる
  • 「マイナスをゼロにする気づき」を与えるのである
  • それは従来の自己啓発書ではエンパワーメントされない人びとを癒やす
  • そして努力が報われる世界に変わってほしいという人びとの欲望が隠されている
  • 努力して成功したい、ではない
  • 努力した分だけ(誰にもその成果が損なわれることなく)報われたいのである
  • 損なわれたものを取り戻したいだけである
  • それは外部環境に対する働きかけである

■ 5. 自己啓発書と陰謀論の違い

  • 自己啓発書とは外部環境を度外視し、自分の行動を変えることに注力するものである(拙著『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』で解説)
  • 陰謀論はむしろ損なわれた外部環境に気づくことで正常な環境を取り戻そうとする論理である
  • 掲示板からSNSへ変化し、発言に対して「いいね」「フォロワー数」などの「報われポイント」が生まれた
  • そして自己啓発的言説から陰謀論的言説に流行が変化するようになった
  • その根底には「損なわれている社会を取り戻したい」という欲望が存在する
  • 損なわれたものに気づきさえすれば努力が報われる社会に移ることができるからである
  • この社会は見えない何かが損なわれ隠されている
  • それに気づいた人だけが救われる
  • 同じ物語が語られ続けている

■ 6. 考察系YouTuberと陰謀論

  • 「考察系YouTuber」と銘打つチャンネルが都市伝説として陰謀論を伝えている場合もしばしばある
  • 考察文化と陰謀論は相性が良い
  • 陰謀論は悪意なく信じている人もいるが、アフィリエイトサイトや動画再生で広告収入を得るために意図的に拡散している人も少なくないという(『陰謀論』より)
  • インターネットが報酬という形で報われる場になってしまったからこそ陰謀論は拡散され続ける

■ 7. 陰謀論の構造に気づいても報われない現実

  • その構造に「気づく」ことの難しさは現代日本の大きな政治的困難を生み出す
  • 陰謀論が収入のために生み出された嘘であるだなんて、その言説を見て信じる人にとって生きづらさが報われるための正解にはならない
  • だから難しい
  • 気づいても報われない現実がある
  • だってこの社会は何かが損なわれているのだと語る人をほかに誰が救うことができるのだろう

論評:

■ 1. 総合評価

  • この文章は着想としては興味深いが、論理的厳密性に重大な欠陥がある
  • 「ひろゆき的思考」と「陰謀論」の共通点を指摘しようとする試みは知的に魅力的である
  • しかし概念の恣意的定義、論理的飛躍、根拠の薄弱さにより説得力を欠く
  • 結論も曖昧で、読者に何を伝えたいのか不明確である

■ 2. 主要な論理的問題点①「ひろゆき的思考」の恣意的な定義

  • 著者は「ひろゆき的思考」を「隠された抜け道やコツに気づくこと」と定義しているが、この定義の根拠が不明確である
  • 定義の出典が不明:ひろゆき自身がこのように自己規定しているのか不明である
  • 著作の引用なし:ひろゆきの多数の著書からの直接引用がゼロである
  • 操作的定義の欠如:「ひろゆき的思考」とそうでない思考を区別する基準がない
  • 実際のひろゆきの主張:
    • ひろゆきの言説は多岐にわたり、「論破」スタイル、コスパ重視、現実主義など様々な要素がある
    • 「隠された抜け道に気づく」というのは一面的な解釈に過ぎない

■ 3. 主要な論理的問題点②「共通点」の論証が極めて粗い

  • 「ひろゆき的思考」と「陰謀論」の共通点を3段階の論理構造として提示しているが、この抽象化は過度に一般的で意味をなさない
  • 著者の論理:
    • ①損なわれた社会で生きている
    • ②その社会を作った大きな権力が存在する
    • ③真実を知れば抜け出せる
  • この構造はほぼすべての社会批判に当てはまる:
    • マルクス主義:資本主義に搾取されている→ブルジョワジー→階級意識で解放
    • フェミニズム:家父長制に抑圧されている→男性中心社会→意識化で解放
    • 環境運動:環境が破壊されている→大企業・化石燃料産業→認識で行動変容
    • 宗教:罪の世界に生きている→悪魔/煩悩→信仰/悟りで救済
  • 区別がつかない:この論理構造だけでは「正当な社会批判」と「陰謀論」の区別ができない
  • 論理の粗さ:「ひろゆき的思考」の②は「大きな権力」ではなく「非効率な慣習」程度である、著者は強引に陰謀論の構造に当てはめている

■ 4. 主要な論理的問題点③決定的な差異の無視

  • 「ひろゆき的思考」と「陰謀論」の決定的な違いを軽視している
  • 無視されている差異:
    • 「敵」の性質:ひろゆき的思考は非効率な制度・慣習/陰謀論は秘密結社・隠された権力者
    • 検証可能性:ひろゆき的思考は高い(投資・プログラミングは検証可能)/陰謀論は低い(反証不可能)
    • 対処法:ひろゆき的思考は自己のスキルアップ/陰謀論は「真実」の拡散
    • 結果の予測可能性:ひろゆき的思考はある程度予測可能/陰謀論は予測不可能
    • 証拠の扱い:ひろゆき的思考は事実・データ重視/陰謀論は「隠された」証拠を信じる
  • 根本的問題:
    • ひろゆきの主張(例:プログラミングを学べ)は反証可能で検証できる
    • 陰謀論(例:ワクチンにマイクロチップ)は反証不可能である
    • この認識論的差異を無視している

■ 5. 主要な論理的問題点④因果関係の混同

  • 「同じ論理構造を共有している」ことから「危うさ」を導いているが、論理の飛躍がある
  • 著者の暗黙の論理:ひろゆき的思考≒陰謀論的思考→ひろゆき的思考は危うい
  • 類似性≠同一性:構造的類似があっても内容の妥当性は別問題である
  • 連座の誤謬:陰謀論と構造が似ているからといって、ひろゆき的思考が「危うい」とは言えない
  • 例:科学的方法と疑似科学は構造(仮説→検証→結論)が似ているが、科学が「危うい」とは言えない

■ 6. 主要な論理的問題点⑤「自己啓発書」との対比の恣意性

  • 「動く」自己啓発書vs「気づく」陰謀論という対比は単純化しすぎである
  • 自己啓発書も「気づき」を重視:多くの自己啓発書は「マインドセット」「パラダイムシフト」などの「気づき」を強調する
  • 堀江貴文の例の不適切さ:堀江も「常識を疑え」「既得権益に騙されるな」という言説を持っており、著者の分類に当てはまらない
  • 二項対立の恣意性:「行動vs気づき」という軸は著者が設定したもので必然性がない

■ 7. 主要な論理的問題点⑥その他

  • 「欲望」への還元の問題:
    • 「ひろゆき的思考」を広める「欲望」「志向」に注目すべきと言いつつ、その分析が浅い
    • 「損なわれたものを取り戻したい」という欲望は人類普遍の欲望であり、特定の時代・思想に限定されない
    • 世代論の不在:なぜ「令和の人びと」が特にこの欲望を持つのか説明がない
    • 社会的背景の分析不足:経済停滞、格差拡大、社会的流動性の低下などとの関連が不十分である
  • 結論の曖昧さと無責任さ:
    • 結論部分が極めて曖昧で、読者に何を伝えたいのか不明である
    • 著者の結論は「気づいても報われない現実がある」「誰が救うことができるのだろう」である
    • 問いを投げて終わる:批評として無責任である
    • 処方箋の欠如:問題を指摘するだけで解決策を示さない
    • 「危うさ」の具体的内容不明:タイトルで「危うさ」を謳うが具体的に何が危険なのか不明確である
  • 伊藤昌亮・秦正樹の引用の問題:
    • 専門家の著作を引用しているが、引用の仕方が恣意的である
    • 伊藤昌亮の「ひろゆき論」の論旨全体を示さず部分的に利用している
    • 秦正樹の陰謀論の定義は引用するが、その後の分析は著者独自のものである
    • 権威の借用:専門家の名前を出すことで自説に権威を付与しているが論証は著者自身のものである
  • 自著への言及の問題:
    • 「拙著『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』で解説」と言及しているがこれは論証の代わりにならない
    • 別の著作への丸投げ:この論考の中で論証すべき内容を別著作に委ねている
    • 自己引用の問題:自分の著作が正しいという前提で議論を進めている
    • 読者への負担:別の本を読まないと理解できない論考は不完全である
  • 「考察系YouTuber」への言及の不十分さ:
    • 「考察系YouTuber」と陰謀論の関連を示唆するが具体例や分析がない
    • 具体的チャンネル名なし:誰のことを言っているのか不明である
    • 「考察」の定義不明:映画・アニメの考察と陰謀論は本質的に異なる
    • 一般化の根拠不明:「しばしばある」はデータに基づかない印象論である

■ 8. 欠けている視点

  • ひろゆきの実際の言説の分析:
    • ひろゆきの著書、動画、発言を具体的に分析すべきである
    • 「ひろゆき的思考」を論じるならその実態を示す必要がある
  • 陰謀論研究の知見の活用:
    • 陰謀論研究は心理学、政治学で蓄積がある
    • 「陰謀論メンタリティ」「認知バイアス」などの概念を活用すべきである
  • メディアリテラシーの視点:
    • なぜ人々が陰謀論を信じるのか、どうすれば批判的思考を促進できるかという実践的視点が欠如している
  • 階級・教育の視点:
    • 陰謀論を信じやすい人々の社会的属性、教育水準との関連の分析がない
  • 国際比較:
    • 日本の「ひろゆき的思考」と海外の類似現象(例:Jordan Peterson)との比較があれば説得力が増す
  • 「報われない」という感覚の社会学的分析:
    • 「損なわれている」「報われない」という感覚が広がっている社会的背景の分析が不十分である

■ 9. 構造上の問題

  • タイトルと内容の乖離:
    • タイトルは「危うさ」を示唆するが本文では具体的な「危うさ」が論証されていない
  • 論理展開の不明瞭さ:
    • 1-2節:陰謀論とひろゆき的思考の定義
    • 3節:共通構造の提示
    • 4-5節:自己啓発書との比較
    • 6節:考察系YouTuber
    • 7節:結論?
    • この流れに必然性が感じられず焦点が散漫である
  • 文体の問題:
    • 学術的分析と感傷的エッセイが混在し読者を困惑させる

■ 10. 肯定的評価

  • 良い点:
    • 着想の面白さ:「ひろゆき的思考」と陰謀論を並べる視点は新鮮である
    • 時代への感度:SNS時代の言説空間への問題意識は重要である
    • 専門文献の参照:伊藤昌亮、秦正樹の著作に言及している
    • 共感的姿勢:陰謀論を信じる人々への一定の共感がある
  • 示唆的な指摘:
    • 「マイナスをゼロにする」という欲望の分析は示唆的である
    • SNSの「報われポイント」と陰謀論拡散の関連は検討に値する
    • 「気づいても報われない」というジレンマへの言及がある

■ 11. 改善提案

  • 「ひろゆき的思考」の厳密な定義が必要である:
    • ひろゆきの著作・動画からの直接引用
    • 複数の言説を分析し共通する特徴を抽出
    • 他の論者(ホリエモン等)との比較
  • 共通点と相違点の両方を公平に分析すべきである:
    • 類似性だけでなく決定的な差異も明示
    • 「共通点があるから危険」という短絡を避ける
  • 「危うさ」の具体的論証が必要である:
    • 具体的にどのような害が生じるのか
    • 実例やデータの提示
    • 反証可能な形での主張
  • 処方箋の提示が必要である:
    • 問題を指摘するだけでなく解決策を提案
    • メディアリテラシー教育、批判的思考の促進など
  • 自己の立場の明確化が必要である:
    • 著者自身は「ひろゆき的思考」をどう評価するのか
    • 陰謀論批判の規範的根拠は何か

■ 12. 結論

  • この文章は知的に刺激的な問題提起ではあるが論証として極めて不十分である
  • 主な問題点:
    • 「ひろゆき的思考」の恣意的定義:根拠不明の解釈
    • 共通構造の過度な抽象化:ほぼすべての社会批判に当てはまる
    • 決定的差異の無視:検証可能性という認識論的差異
    • 因果関係の飛躍:類似性から「危うさ」を導く誤り
    • 結論の曖昧さ:何が言いたいのか不明確
    • 処方箋の欠如:問いを投げて終わる無責任さ
  • 格付け:論理的説得力★★☆☆☆(5点満点中2点)
  • 着想は面白いが論証の粗さが致命的である
  • 「ひろゆき的思考」と「陰謀論」の共通点を指摘するならもっと厳密な概念定義と両者の決定的な差異の分析が必要である
  • 現状では「なんとなく似ている気がする」という印象論の域を出ていない
  • 最大の弱点:
    • 著者が提示する「共通構造」(損なわれた社会→権力→気づきで解放)はマルクス主義、フェミニズム、環境運動などあらゆる社会批判に当てはまる
    • この構造を持つことが「危うい」ならすべての社会批判が「危うい」ことになる
    • 陰謀論を特徴づける反証不可能性、隠された意図への執着、専門知識への不信といった要素の分析が欠如している
    • 結果として陰謀論批判としてもひろゆき批評としても中途半端な論考になっている