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今こそ明かす、ピルが日本でなかなか解禁されなかった本当の理由 承認に向けて活動してきた産婦人科医...

要約:

■ 1. 著書出版の経緯

  • 産婦人科医の北村邦夫氏(74)が1990年初めから活動を続けてきたピル承認に向けた取り組みの歴史を綴った著書『ピル承認秘話 わが国のピル承認がこれほど遅れた本当の理由(わけ)』(薬事日報社)を出版した
  • ピル解禁に反対する理由として副作用への不安だけでなく性の乱れを助長するとかエイズが蔓延するとか色々なことが言われていた
  • 何度も承認が先送りされたので製薬企業が何度もピルを太平洋に捨てたという噂まで出回った
  • 承認間近か?となると製薬会社も準備せざるを得ないがパッケージに詰めてその日を待とうとしても見送られたら売れない
  • 突然「環境ホルモンになりかねない」という話まで出てきた
  • 何度も横槍が入って承認が引き延ばされやっと1999年に承認された

■ 2. 本にまとめた動機

  • ピル承認までの道のりについては日本家族計画協会のサイトで7年ぐらい連載を書いていた
  • 100話近くになっていた
  • 過去の資料まで読み込んでピルを開発した人から承認のために奔走した人まで調べて書いている
  • 日本ではOC(Oral Contraceptives、経口避妊薬)、LEP(Low-dose Estrogen Progestin、低用量エストロゲン・プロゲスチン配合薬)という分類をしている
  • 日本家族計画協会(JFPA)は2002年から「男女の生活と意識に関する調査」というアンケートをずっと続けている
  • 2023年の最新調査ではその一つ前の2016年の調査よりOC、LEPの服用者が4倍に増えた
  • 避妊や月経異常の薬として使っている人はもちろんOC、LEPの処方を売りにしている産婦人科医や製薬会社など恩恵を受けている人がたくさんいる
  • しかしそのピルが承認に至るまで大変な道のりをたどってきたことを知らない人たちばかりである
  • ピルにはそういう歴史があることを共有することが大事なんじゃないかと思って書いてきた
  • 僕が苦労したと言いたいわけじゃなくて先人たちの苦労があったことを現在の人たちは知っておいた方がいいと思った

■ 3. ピル解禁議論への関与のきっかけ

  • ピル承認に関する資料をスクラップしたファイルが10冊近くある
  • 1992年3月にエイズが蔓延するという理由でピル解禁が凍結されたことを読売新聞が報じた
  • この時読売の記者から「ピル承認の審議がエイズが蔓延するのを懸念して凍結される」と取材の電話がかかってきた
  • ピルはあくまでも避妊薬であってエイズ予防薬ではないのだから一緒にするのはおかしいとコメントした
  • エイズの予防は性教育やコンドーム利用を促す教育が大事なのであって承認目前になっているこの期に及んでそんな懸念を持ち出すのはおかしいと話した
  • 新薬は薬の安全性と有効性を科学的に検討する薬事審議会で議論されるのに凍結を決めることになったきっかけは公衆衛生審議会だった
  • 薬と直接関係ないエイズが蔓延する懸念があるからといって証拠もないのに審議が先送りされるなんて違うんじゃないかと発言した
  • これをきっかけに北村氏はこのピルの問題に巻き込まれることになっていく

■ 4. 女性の自立とピルへの気づき

  • 1990年に外国の女性記者とのやりとりがピルへのこだわりに影響を与えた
  • 「女性が自立するには生殖のコントロールが不可欠なのに、日本の女性は男の医者や役人まかせで、政府にピル認可の陳情をしたり、圧力をかけたりしたという話は聞きませんね」と言われてハッとした
  • ワシントンポストの取材を受けた時にそう言われて大事なことだよなと思った
  • その前から日本の女性たちは避妊法というとコンドームと腟外射精(避妊の効果は薄いとされている)ばかりで男性に避妊の主導権を握られていていいのだろうかという疑問は持っていた

■ 5. 中絶問題への気づき

  • 診療を通して中絶を余儀なくされるような女性たちと接触していた
  • 自治医科大学出身なので学費が免除される代わりに卒業後9年間地元の知事の指定するところで働くことになっていた
  • 県庁や保健所で長く働いた
  • そこでいわゆる中絶のデータを見ていたのだが若年者の中絶が急増している時期と重なっていた
  • 地方公務員であった時はデータはあるけれどこのデータの背景にいったい何があるかは意外とわからなかった
  • 義務年限が終了した後1988年に日本家族計画協会のクリニックに入った
  • そこでの診療経験から妊娠は確かに女性の問題ではあるのだが中絶を減らすには男性の避妊に対する協力がどうしても必要なんだなということを感じてきた
  • 避妊に協力的でない男性が多かった
  • 「生でさせろ」と言うとかで結果として女性は妊娠を余儀なくされて中絶をせざるを得ない
  • 何が原因なのか突き詰めていくと妊娠は女性の体にしか起こらないのに避妊は男性に委ねてしまっているというところに間違いなく原因があるのだろうと行き着く
  • そこで女性が自分でコントロールできる経口避妊薬ピルが浮かび上がってきた

■ 6. 日本家族計画協会の当初の反対

  • 日本家族計画協会も当初はピル解禁に反対していた
  • 日本家族計画協会創設者の國井長次郎は当時薬を飲むことの弊害を考えなくちゃいけないと主張して反対の意思表示をしていた
  • ピル承認に反対する建議書をわざわざまとめて国に送ったりもしていた
  • 國井は薬は本来病気に対して働きかけるものであってピルは健康な女性が服用して健康な体を乱すものだという発言をして承認を遅らせようとしていた
  • その後小泉純一郎氏も全く同じ発言をする
  • ひょっとしたらつながっていた可能性もあると思った
  • 政治家も薬の事情なんてよくわからないでしょうから有識者がこういうことをかつて言っていたと耳打ちする人がいた可能性がある

■ 7. 小泉純一郎氏の主張

  • 小泉純一郎氏はBARTという雑誌の中でピルと卵とサウナの三つに共通しているのは現代の人たちが非常に安易にものをとらえていることだと言っている
  • サウナについてはサウナに入って安易に汗をかいて健康を取り戻すなんていうのはおかしい、汗をかきたいなら運動しろと彼は言う
  • 卵については僕らは多くは無精卵を食べているけど野に放たれた有精卵を食べてこそ卵だと彼は言う
  • ピルについてもこんな小さな薬で妊娠をコントロールするなんてあり得ないと言う
  • この人が厚生大臣だった
  • 堂本暁子氏に紹介してもらい小泉氏に会いにいった
  • その時彼は「薬は本来病気を治すためのものであって、健康な人が薬を飲んで体を乱して避妊するのはおかしい」と日本家族計画協会の國井と同じことを言った
  • ワクチンだって健康な体にうって人工的に感染したような状況を作って免疫を作っている
  • ワクチンだって否定されてしまう論理である

■ 8. 日本のスタートダッシュ

  • 月経異常に対するピルについては日本は海外に追いついていた
  • 1955年に国際家族計画会議が東京で開催された
  • ピルの産みの親と言われるグレゴリー・ピンカス博士がピルの開発について世界で初めて話をした
  • 日本もすぐに動いた
  • 1957年に避妊薬としては承認を取れなかったので無月経、月経異常の薬として黄体ホルモン剤の「ノアルテン錠」を発売した
  • 早かった
  • 55年の国際会議でピンカスがホルモン剤を使った新しい避妊法の話をして日本の産婦人科医は非常に強い刺激を受けた
  • 世界に先駆けて日本の産婦人科医が女性ホルモン剤を使った避妊薬の話を耳にした
  • その後ピンカスから資材を送ってもらって日本でも臨床試験をした
  • スタートダッシュが良かったのは子宮内避妊具も同様である
  • 産婦人科医の太田典礼が開発した「太田リング」は世界に先駆けて子宮内に異物を入れることで避妊を可能にした方法である
  • これは荷物を運ぶラクダが妊娠したらパワーがなくなるのでラクダの子宮の中に石を入れて妊娠を防いだことにヒントを得たと言われている
  • 子宮内避妊具についても結局承認まで40年かかった

■ 9. 承認の遅れ

  • アメリカが1960年に避妊薬としてのピルを承認したのに続き「ノアルテン錠」とその後開発された「ソフィアA錠」が相次いで避妊薬としての承認申請を出したがまったく相手にされなかった
  • 国は厳しい追試を求めて製薬企業もスピーディーにそれに応えたのに避妊薬として認められない状況が続いた
  • 結局避妊薬としてエストロゲン(卵胞ホルモン)とプロゲスチン(黄体ホルモン)の配合剤が承認されたのは1999年のことである
  • 2025年にはドロスピレノンという黄体ホルモンのみを含む経口避妊薬「スリンダ錠」が承認され発売された
  • この薬の開発には北村氏は医学専門家として参加している

■ 10. マーガレット・サンガーの功績

  • ピルが生まれるのに貢献した家族計画の母と呼ばれるマーガレット・サンガーのことにも触れられている
  • カトリック教徒の両親のもとに生まれた彼女が家族計画に携わるようになったのは18回目の妊娠後、50歳の若さで亡くなった母親への思いがあった
  • 避妊をせずに妊娠させ続けた父親に向かって「お父さんがお母さんを殺したのだ」と叫んだという話から強い思いを持って家族計画に取り組んだことが伝わる
  • 20世紀の初頭にサンガーは『The Woman Rebel(女の謀反)』という本を出した
  • その本で彼女は「No Gods,No Masters」と言った
  • 20世紀初頭と言えばアメリカの人はキリスト教に影響されている中で「産めよ、増えよ、地に満ちよ、地を従わせよ」と旧約聖書が言っている
  • キリスト教徒は聖書の教えに従って次から次へと子供を産んだ
  • でも育たないのでまた子供を産み女性の心身の健康が損なわれ貧困が彼らを襲うという負の連鎖である
  • それを見かねたマーガレット・サンガーがなんとかしなきゃいけないと仕掛けたのが家族計画である
  • 当時「コムストック法」という中絶や避妊の情報を提供する人は処罰される法律があって彼女は何度か投獄された

■ 11. ピル開発の実現

  • マーガレット・サンガーがピンカスに安全で有効な避妊法を開発してくれと依頼してピルができた
  • ピルが誕生するには彼女の力が不可欠であった
  • 彼女がグレゴリー・ピンカスに出会ってピルの開発を依頼するのだがその時に彼女をサポートしたのがスパイス会社の社長夫人だったマコーミック夫人である
  • 莫大な遺産がある夫人の資金援助を受けてピンカスに研究費を渡してピルが開発された
  • 北村氏はクリニックや電話相談で生の患者と接したことが大きいがサンガーの話を聞くにつけてこの人が目標だという気持ちは確かに持っていた
  • 彼女は訪問看護師なのだがニューヨーク市ブルックリンの貧民街で男性の支配を許してきたことが女性たちを苦しめてきたことを感じ取っていた
  • そしてその人たちを救ってきた
  • 保健師に講演する機会がある時「あなたもマーガレット・サンガーになれる。あなたも、あなたも」と一人ひとりを指さしながら語りかけることがある