■ 1. 欧州におけるロシアのサボタージュの概要
- 2022年のロシアによるウクライナ全面侵攻前後から欧州各地でロシアまたはロシアと関係があると疑われるサボタージュが発生している
- サボタージュの種類:
- 海底ケーブルの損傷
- 空港でのドローン妨害
- 鉄道事故
- 郵便爆破未遂
- 店舗への放火
- スパイ活動
- 11月16日にポーランドのワルシャワ—ルブリン鉄道で破壊工作とみられる事件が発生した
- ドナルド・トゥスク首相はこれを「前例のない破壊工作」と表現しロシアの情報機関が関与した可能性が高いとみて捜査を進めている
- 12月10日にロンドンのフロントラインクラブで「ロシアのサボタージュ」をテーマとしたイベントが開催された
■ 2. ロシアにとっての「欧州との戦争」の歴史的段階
- ロシア出身ジャーナリストのアンドレイ・ソルダトフ氏は欧州で観測されている破壊行為の背後にはロシアの情報機関の動きがあると指摘する
- ロシアはこれを「西欧文明に対する戦争」と考えている
- この「戦争」の歴史的段階:
- 第1幕は第二次世界大戦終結期までソ連は戦勝国となり「我々は勝った」との認識を持つ
- 第2幕は冷戦期でソ連は西側との対立の末に崩壊しKGBは解体されFSBやSVRなどが現在のロシア情報機関を構成している
- 現在は第3幕で勝敗の基準も対応の定型も存在しない西欧諸国もどう対応するべきなのか決まった形がない
- ソルダトフ氏はパートナーのイリーナ・ボロガン氏とロシア情報機関の活動監視サイトを設立し欧州政策分析センターのシニアフェローとして活動している
■ 3. ロシアの戦略目的と手法
- 元フィナンシャル・タイムズのモスクワ特派員キャサリン・ベルトン氏はロシアの著名政治学者セルゲイ・カラガノフ氏の発言を引用した
- カラガノフ氏は「欧州が負けるまで戦う」「欧州を破壊しなければならない」と述べている
- ロシアにとってウクライナ戦争は局地戦ではなく西欧およびリベラルな価値観との闘争だと位置付けている
- プーチン政権の手法:
- ウクライナに対する西側の支援を少しずつ削り取ろうとしている
- 核兵器を使うと脅したり第3次世界大戦がはじまるなどのディスインフォメーションを拡散する
- 極右の政治勢力を支援する
- 2023年10月にパリとその近郊でユダヤ人を象徴する「ダビデの星」の落書きが相次いで見つかりフランスのムスリム市民とユダヤ市民との間に亀裂を引き起こすのが目的だった
- ロシアにとって欧州は広義の「戦争の相手」であり軍事行動だけではなく混乱や脅威を生み出すことで相手を消耗させる行為も含まれる
■ 4. サボタージュの実態と地図化
- AP通信の記者エマ・バローズ氏はロシアによるウクライナへの大規模侵攻以降ロシアまたはロシア関連グループ・ベラルーシ当局の関与を疑った59件の事例を収集し地図化した
- 収集された事例の内容:
- サイバー攻撃
- プロパガンダの拡散
- 殺害計画
- 破壊行為・放火
- サボタージュ
- スパイ活動
- 海底ケーブルの損傷疑惑
- 具体例としてドイツでの車両部品の妨害・貨物機への爆発物の仕掛け計画・博物館の放火・重要インフラへのハッキングなどが挙げられた
- 英国の情報機関と警察は強い警戒感を示す一方で一般国民の認識はまだ高くない
- 多くの事案ではロシア関与の決定的証拠を掴むことが難しく調査には時間と労力が必要となる
■ 5. サボタージュのギグ・エコノミー化
- キングス・カレッジ・ロンドンのダニエラ・リヒテロヴァ准教授は西側は「第二次世界大戦以降で最も激しいサボタージュの時代を経験している」と述べる
- ロシアの作戦は冷戦期のように訓練された工作員ではなくオンラインで募集されるアマチュアや様々な国籍の協力者によって実行される場合が増えている
- こうした構図は「サボタージュのギグ・エコノミー化」と説明された
- ギグ・エコノミーとはインターネットやアプリを介して単発・短期の仕事を請け負いそれによって成り立つ経済活動を指す
- 標的は電力ケーブル・発電所・パイプライン・通信・交通網などで冷戦期にソ連が狙ったインフラと類似している
- 情報技術の進歩と欧州がロシア情報機関員を大量追放した影響も背景にある
■ 6. 西側の反撃とリアルな世界への影響
- 破壊活動に対して西側が「反撃」に出ているかどうかについては登壇者も多くを語らなかった
- バローズ氏は「行っていても公表されないことがある」と述べた
- 英国の空軍基地に侵入し軍用機2機に塗料を吹き付けた「パレスチナ・アクション」の例を挙げ基地への侵入の容易さが示されたことは破壊行為を企図する勢力に対してリスクとなると警鐘を鳴らす
- ベルトン氏はロシアの凍結資産900億ユーロを活用したウクライナ支援策に慎重姿勢を見せるベルギーを例に挙げた
- ベルギーでは凍結資産の大半が保管されており制裁が解除されたりロシアが返還訴訟を起こしたりした際に自国だけでは対応できないと主張してきた
- デウェーフェル首相は融資が実現すればベルギーと彼個人に「永遠の報復」を行われるなどと話している
- ベルトン氏はロシアによる圧力があることを示唆した
■ 7. 影の艦隊という新たな脅威
- ソルダトフ氏が最も懸念しているのは「影の艦隊」と呼ばれる船舶群である
- 影の艦隊はG7とEUが2022年に導入したロシア産原油価格上限制裁を回避するために利用される数百隻規模の船舶ネットワークを指す
- 2022年末には600隻以上うち400隻が原油タンカーで2023年12月には1100〜1400隻に増加し2025年には2022年初頭から3倍以上に拡大したといわれている
- 影の艦隊の脅威:
- 制裁回避に加えてハイブリッド戦争の一部として利用されている可能性が指摘されている
- ドローン攻撃の発射プラットフォームとなる
- 西側の重要インフラ近傍で活動し海底ケーブルへの妨害に関与している可能性
- 一部船舶にロシア軍服を着た人物が乗っていたとの欧州当局の観測
- 影の艦隊は運用主体が不透明で各国政府がロシアとの直接的な関連を立証することは難しい
- ソルダトフ氏は影の艦隊が経済制裁の抜け道であるだけでなく軍事・破壊工作の媒体にもなりつつある点を重大な脅威として強調した