■ 1. シージ・カルチャーの概要とテロリストの聖人化
- テロリストを「聖人」と呼ぶ界隈が存在する
- 極悪テロリストの例:
- ブレントン・タラント:クライストチャーチ銃撃事件の犯人で51人が死亡
- ディラン・ルーフ:チャールストン教会銃撃事件の犯人で9人が死亡
- ロバート・バワーズ:ピッツバーグのシナゴーグ銃撃事件の犯人で11人が死亡
- セオドア・カジンスキー:ユナボマーという通称で知られる爆弾事件により3人を殺害したテロリスト
- ティモシー・マクベイ:オクラホマシティ連邦ビルを爆破し168人が死亡
- アンネシュ・ブレイビク:2011年のノルウェー連続テロ事件の犯人で77人が死亡
- こうしたテロリストを賛美し自らの思想を拡散するためのミームとして流通させている文化圏が存在する
- これはいわゆる「シージ・カルチャー」と呼ばれるインターネットの過激派文化圏において見られるものである
- このカルト文化を共有する彼らはこうしたテロリストたちの行動を正当化し模倣するように呼びかけている
■ 2. 『シージ』の定義と加速主義
- 『シージ』とは極右白人革命の概念としての加速主義を表面化させた最初期の文書である
- ここで言う加速主義とは暴力・破壊・人種的テロリズムによる社会混乱を権力掌握の手段として用いるものを指す
- 既存社会が崩壊へ向かう力学を止めるのではなく意図的な暴力や破壊・攪乱によってそれを早める
- これにより当局の強硬反応や対立の先鋭化を誘発し社会的緊張を増幅させて新たな秩序への移行を促そうとする
- 著者はジェームズ・メイソンという名の男である
- 美大落ちの『我が闘争』・ピアースの『ターナー日記』・メイソンの『シージ』を現代の白人至上主義者にとって最も人気のある文献として並べる研究者もいる
■ 3. 『シージ』の登場と拡散
- 『シージ』の初登場は1980年代だが大きな注目を集めるようになったのは2010年代以降である
- インターネット特にフォーラムの「アイアン・マーチ」でミーム化され世界中に拡散した
- このインターネット発の文化圏を「シージ・カルチャー」と呼ぶ
- この極右カルチャーは無差別テロリストを賞揚し社会を煽動し過激化させ孤立した個人を同様のテロへと向かわせようとし続けている
- 彼らは選挙で勝つことにも社会に受け入れられることにも全く意味を見い出さない
- 目指すところはただ一つ必要な手段は問わない社会の全面崩壊である
- 白人民族国家の形成に不可欠と見なす人種戦争を誘発する攻撃を起こすようにひたすら奨励している
■ 4. 『シージ』の教義と暴力行動への扇動
- 2003年に第2版の出版に協力し序文を書いたライアン・シュースターは『シージ』を料理法の書および指導書として用いられるべきものだと述べている
- 「この本を読んでオクラホマシティ連邦政府ビル爆破事件のようなテロをやれ」と言っているわけである
- 著者や序文執筆者自身がこの本を暴力的行動を正当化し鼓舞する文書として位置づけている
- 『シージ』の影響を受けた団体の多くは暴力とテロリズムを肯定し要人暗殺やテロ計画を立てるなど「メタ・ポリティクス」路線のネオナチとは一線を画している
- 暴力路線を美学化しブランド化することで若い世代への浸透を図っている
- 近年も版を重ね各国語に翻訳されリアルタイムで拡散され続けている
- いくつかの国では『シージ』は過激文書に指定されメイソンは入国禁止を食らい団体が明確にテロ団体に指定されている
■ 5. ジェームズ・メイソンの青年期と過激化
- 1952年にオハイオ州リッチモンドで生まれたメイソンは10代の頃から熱烈な反体制派であった
- 彼は中学生の時に過激な政治活動に目覚めたがそのきっかけは白人主義的なものではなく既存の権力や秩序への反抗という性質のものだった
- 1960年代はアメリカの公民権運動が大いに盛り上がった時期だったがメイソンはその運動に加わる黒人の同級生を好意的に見ていた
- しかし彼を強く引き寄せたのはジョージ・リンカーン・ロックウェルが率いるアメリカ・ナチ党だった
- メイソンは14歳にして正式に党費を納めるナチ党青年部門のメンバーとなった
- 学校では典型的な不良少年だった
- 本人が語るところによればメイソンは折り合いが悪い教員たちへの報復計画として父親の所有するリボルバーを持ち出し職員室に入り校長・副校長・そして2人の進路指導教員を殺害するというとんでもない計画を立てた
■ 6. ピアースとの出会いとナチ党での活動
- この計画を実行に移す前メイソンはナチ党本部に電話をかけた
- ここである人物に諭されることになりその人物とは『ターナー日記』の著者であるウィリアム・ルーサー・ピアースだった
- ピアースは取り乱すメイソンを諭し「そんなことをするぐらいなら党本部に来なさい」と誘った
- 16歳のメイソンはナチ党本部で印刷の仕事に携わることになった
- 必要な経費は全てピアースが私財で負担し当初は記録も残さなかった
- 1970年18歳の誕生日を迎えたメイソンは正式な成人党員として宣誓を行った
- しかしかつてメイソンが憧れたロックウェルは1967年に暗殺されており当時の党は内部権力闘争の真っ最中だった
■ 7. トマッシの影響とNSLFの思想
- 党内の権力闘争を制したのは後に神秘主義へ傾倒するマット・コールだった
- コールと争っていたメイソンの後見人であるピアースは党を去った
- ここで重要なのはトマッシである
- 離党後彼は「国家社会主義解放戦線」という組織を立ち上げた
- この団体NSLFは武装革命を掲げ公的かつ合法的な組織として活動する一方で構成員は武装した非合法行為にも従事した
- トマッシは「大衆が注意を払う唯一の現実は銃声の響きだ」と宣言した
- トマッシの指針:
- 選挙への関与を放棄すること
- 大衆路線を否定し運動における精鋭の人材のみを勧誘すること
- ナチ的量的拡大を放棄し「目的は手段を正当化する」機能するものが全てであるとする姿勢を取ること
- 政治的変化を強制する唯一にして有効な手段として武装を受け入れること
■ 8. チャールズ・マンソンへの傾倒と『シージ』の誕生
- メイソンが出所した数か月後にトマッシは暗殺された
- メイソンは獄中でNSLFの思想に傾倒し自身の進むべき道について思索を深めていった
- 出所したメイソンは仲間と共に「国家社会主義運動」という緩やかなグループを立ち上げる
- 1976年には旧ナチ党を脱退し古い極右運動に別れを告げた
- 1980年にはNSLFの機関誌の発行にも手をつけたこれが『シージ』である
- この時期メイソンはチャールズ・マンソンに深く傾倒することになる
- マンソンは1960年代末期のアメリカでカルト集団「マンソン・ファミリー」を率い信者を洗脳して数多くの殺人を実行させた男である
- 彼は「ヘルター・スケルター」と呼ばれる人種間の破滅的戦争が起きるという妄想的世界観を信じていた
- この世界観においては近い将来に人種戦争によって世界は破滅しその黙示録を生き延びたマンソン・ファミリーが週末後の世界を統治するのだとされていた
■ 9. マンソン思想の借用と孤立
- メイソンはマンソンを称賛し機関誌の『シージ』でマンソン思想を借用した
- メイソンが惹かれたのは暴力によって社会を混乱させそれを切り口として革命へと繋げるという発想だった
- つまり選挙で勝って権力を奪取するとか宣伝活動で動員するといった正統な方法を必要としなかった
- だがメイソンのマンソンに対する賞賛は他の保守的なネオナチからは全く受け入れられなかった
- 『シージ』の読者からも抗議の手紙が殺到した
- 1982年メイソンはマンソン思想を巡る争いを理由にNSLFを離れ自身の組織「ユニバーサル・オーダー」を結成した
- メイソンは保守的なネオナチを「腑抜けの臆病者」と呼び機関誌でマンソン礼賛を続けたがこれによってますますネオナチ界隈では孤立していった
- 結局読者を失った『シージ』の刊行は1986年に停止された
■ 10. 『シージ』の核心1:社会の腐敗と崩壊
- メイソンの手による『シージ』は1980年からほぼ6年に渡り月刊形式で刊行されたニュースレターである
- 当時のネオナチ界隈においては完全に周縁的な存在であり現在のような注目は集めていなかった
- しかし1992年に転機が訪れる
- 音楽文化の担い手であったマイケル・モイニハンによって一冊の書籍として出版されることになった
- 『シージ』の文章に通底するメッセージは現代社会の腐敗を前提とし伝統的な政治手法ではなく意図された暴力によって社会をより厳しい混乱状態に落とし入れこれにより革命を達成するというものである
- リベラル民主主義社会は必然的に崩壊するとする前提の上にテロによってその崩壊を押し進めることを提唱している
- 『シージ』は今現在我々が生きているこの社会は腐り切っており現在はその崩壊が進行している段階だという世界観から出発している
■ 11. 『シージ』の核心2:敵は体制そのもの
- ユダヤ人はメイソンの思想において主要な敵として名指しされている
- その反ユダヤ主義的な文言は古典的かつ激烈なものである
- メイソンはユダヤ問題や陰謀論的な世界観を自身の思想の中核に据えている
- 反ユダヤ主義的陰謀論に基づきユダヤ人があらゆる主要機関に食い込んでいるという理屈を展開している
- メイソンはユダヤ人を白人社会を喰い荒らす寄生虫として描写する
- だがメイソンは社会の腐敗や崩壊をユダヤ人だけの問題として説明することも否定している
- メイソンが戦わんとしている敵とは国家・既得権・資本主義・自由民主主義・司法・メディア・教育・政治文化である
- これら諸々を含む社会の支配構造全体である
- メイソンの思想において第一の敵とされるのは社会政治的秩序・アメリカ合衆国政府という既成体制・現状維持勢力そのものである
- これらは体制あるいは「ビッグブラザー」などと称されるものである
■ 12. 『シージ』の核心3:暴力による加速
- メイソンの認識では現状の社会は完全に堕落し腐敗し切っている
- この腐敗し切った社会そしてそれを支配する体制を修復しようとする試みは全くの無意味である
- 選挙・政党制度・改革運動・あるいは古いファシスト型のクーデターといった行為は腐敗した体制を受け入れさせようとする論外の行為に他ならない
- メイソンによればドイツの美大落ちこそが白人文明最後の希望であり彼の失敗以降文明復興のチャンスは急速に失われていった
- 体制に支配された白人種の多くは堕落しており決してナチズムに賛同するようなことはないであろうことを指摘する
- 『シージ』の思想の特徴として極右派における加速主義ドクトリンを取り入れた点が挙げられる
- メイソンの思想は「リベラル民主主義社会は必然的に崩壊する」という前提に立っている
- であればその崩壊を加速させることこそが新たな秩序を誕生させる道になる
- 状況を改善するのではなく意図的に悪化させることで体制の終焉を早めるべきである
■ 13. 『シージ』の核心4:ドロップアウトという選択
- メイソンは全面的暴力への参加の他もう一つの選択肢も提示している
- それは社会からの完全な離脱すなわち「ドロップアウト」である
- 今の社会に参加し維持しようとすることそのものが腐ったシステムを延命させることに等しい
- そうであるならば何もしないという選択肢も当然にある
- 腐敗した体制に協力しないために表社会から距離を取り地下に孤立化し来るべき崩壊の局面に備える
- 国家体制への支持拒否と社会からの離脱そのものが運動への唯一かつ完全な貢献となり得ることもあると認めている
- もちろんそれは来るべき戦いの準備段階としてではある
■ 14. 『シージ』の核心5:社会的敗北者の動員
- 『シージ』には典型的な理想の戦士像が描写される
- 家族も持たず財産もなく社会的な地位やキャリアにも執着しない失うもののない人間である
- メイソンは社会的敗北者やアウトサイダーを対象に語りかけている
- 彼らが抱える不満や苦悩は「社会そして今という時代そのもののせいだ」と洗脳しようとする
- 「あなたが貧乏で負け犬で低学歴でモテないのはあなたのせいではないあなたがこの腐った社会を拒絶している証なのだあなたの貧乏と社会からの離脱は恥ではなくむしろ名誉の証なのだ」
- こんなことを繰り返し説き聞かせる
- そして「あなたが自分をダメなやつだと思っているのであれば我々に加わりなさい」というわけである
- この腐った社会から評価されてこなかった者も我々の戦争に加われば いずれ英雄として仲間から尊敬の念を集めると囁く
- 『シージ』は社会の外れ者にとっての自己正当化マニュアルという側面も持ち合わせている
- 不満を抱く人を急進化させテロへと導くための心理的土壌を巧妙に構築している
■ 15. 『シージ』の核心6:ローンウルフ型テロリズム
- メイソンは各個人が独立してテロ攻撃の構想から実行までを一人で行うことを提唱する
- 大規模な組織的動員は不要でありむしろ少数の前衛によって行われることが望ましい
- テロリストたちには公式にはいかなるテロ組織・細胞とも関連を持たない「ローンウルフ」として行動することを推奨する
- この戦術は元KKKメンバーのルイス・ビームが表した「指導者なき抵抗」と重なる部分が多い
- ただしメイソンがローンウルフ型テロ戦術を提唱し始めたのは1980年とビームよりも数年早い
- メイソンはローンウルフ型テロリズムを妨害や摘発が極めて困難である点を最大の利点として正当化している
- 集団行動は法執行機関の監視や潜入を招きやすく利益よりもリスクが大きいとされる一方単独・自立的な攻撃は探知されにくく社会に強い不安を与える
- 十分に急進化した人物であれば誰でもいつでもこの自己起動型テロに参加できる
■ 16. シージ・カルチャーの広がりと変容
- 初版は1992年第2版は2003年その後は2017年・2018年・2021年と版を重ねた
- 以降もオンライン流通や非公式版を含めて更新・再配布が継続している
- 本当の意味で『シージ』が日の目を浴びたのは2010年代である
- 2015年に極右フォーラムの「アイアン・マーチ」で形成された核兵器団は構成員に『シージ』を読了することを義務付けた
- 2017年にアイアン・マーチによる第3版の出版がなされた
- この2017年という時期はシャーロッツビルにおける「ユナイト・ザ・ライト集会」の失敗があった年でもある
- この集会での「やらかし」の結果多くのネオナチ組織が袋叩きにされ活動の縮小を余儀なくされた
- これはまさにメイソンの見立て通りの展開だった
- こうして「今こそメイソンの『シージ』を読むべきである」というムーブメントが盛り上がりを見せることになった
■ 17. シージ・カルチャーの現代的特徴
- 近年のオンライン空間では『シージ』は思想書というより過激さの象徴として消費され その思想は断片化し美学化されインターネット文化に適応させられていった
- 「社会は腐っている」「暴力は正当である」「孤立は恥ではなく美徳である」といった『シージ』のメッセージが断片化されネットミーム文化として拡散した
- 『シージ』のイデオロギーは現代の文化や政治のテーマと結びつけられデジタル時代に合わせた形で更新され再解釈されて広められることになった
- ある時点ではオカルティズムと結びつき「ナイン・アングルズ教団」などを含むサタニズムもカルチャーの中に取り込まれるようになった
- 今やシージ・カルチャーとはメイソンの表した『シージ』そしてその関連文書のみを指すのではない
- メイソンに影響された者たちが生み出したより広範なシージ的なメンタリティを指すと考えるべきである
- しかし暴力そのものの象徴性を重視する態度・ローンウルフ型のテロの賞揚といったポイントはしっかりと継承されている
- テロリストや殺人犯の暴力を賞揚し聖人化していった