■ 1. 記事の背景と概要
- 作家北原みのりによる連載「おんなの話はありがたい」の記事である
- 伊藤詩織監督の映画「Black Box Diaries」を巡る議論と記者会見について論じている
- 米国アカデミー賞授賞式前に議論が大きくなっていた
- 伊藤さんの元代理人弁護士らが許諾や同意のない映像使用を問題視したことが発端である
- 伊藤さんは「底知れぬ悪意を感じる」と強い言葉で非難し両者は真っ向から対立していた
■ 2. 記者会見の状況
- 2月20日に伊藤さんの元代理人である弁護士らの記者会見が日本外国特派員協会(FCCJ)で行われた
- 同日に伊藤さんも会見する予定だったが直前に「ドクターストップがかかった」という理由でキャンセルになった
- 事前申し込みしていた国内外の多くの記者たちで会場は埋め尽くされ立ち見が出るほどだった
- 記者会見場には性被害者としての伊藤さんの闘いを書くことで支えてきたジャーナリストが何人もいた
- 前代未聞の事態に直面して誰もが困惑しており慎重にならざるを得ず思考を整理しきれていない状況だった
■ 3. 蓮実里菜氏による言語別報道の分析
- 日英バイリンガルのライター蓮実里菜氏が「Black Box Diaries」を巡る英語と日本語の報道を分析した
- 日本と英語圏では映画を巡ってまったく違う「語り」があると指摘した
- 昨年1月から映画は世界57の国と地域の映画祭などで上映され伊藤さんは数多くのインタビューを受けてきた
- 伊藤さんは英語圏で「日本で上映されない理由」を「政治的にセンシティブなテーマであること」「日本は性暴力について語る文化がない」など政治・文化・国民性の問題として語ってきた
- アメリカのメディアに対して「日本では映画を観ていない人が防犯カメラ使用をプライバシー侵害と言っているが私はホテルに約4000USD支払って映像を入手した」と語っている
- 英語での語りは日本語で語られる「問題」とちぐはぐにずれている
- ホテルの防犯カメラ映像使用は日本語ではプライバシーの問題ではなく許諾を取っていないことが問題として語られている
- ホテルに支払った4000USDは映像の使用権ではなく防犯カメラに映っている第三者にモザイクをかけるためにホテル側が要求した実費である
- 「日本で公開されない」のは政治的な問題や国民性の問題という説明が事実かどうか疑問がある
- 防犯カメラの映像を手に入れたことは様々な映画祭で純粋に称賛されている
- 入手が難しい動画を手に入れることはドキュメンタリー作品への評価の対象になるからである
- 伊藤さんは日本では「許諾がない映像を使った」ことを認めているが英語でのインタビューには「(動画取得は)難しかったがなんとかして手に入れた」と語ってきた
- 蓮実氏は「グローバルに流通している作品に対する監督の説明が言語によって違うのは問題ではないか」と指摘した
■ 4. 日本と海外の情報ギャップによる温度差
- 許諾がない映像使用に加えて日本と海外の情報ギャップによる温度差が問題として存在する
- いわゆる民主主義先進国とされる欧米から「日本って男尊女卑だよね」「日本の民主主義ってヤバイよね」という既にある日本のダメなイメージが濫用されているような空気を感じる
- 映画の配給権を持っているMTVドキュメンタリーフィルムズはXに「最も必要とされている日本で上映禁止になっている」(2/14)と英語で投稿している
- 伊藤さんの映画が「上映禁止」された事実はない
- 英語で記すと法的に禁止されているヤバイ国としての印象が際立つ
- 日本で上映できないことがこの映画の価値を高める効果もある
- 日本が男尊女卑な国で性暴力問題に鈍感で政治的な話題を忌避しがちでどうしようもない国だというのはその通りだと思いつつモヤモヤする
■ 5. 角田由紀子弁護士の発言
- 当初1時間を予定していた記者会見は2時間を超える長丁場になった
- 性暴力問題に長年関わり続けてきた角田由紀子弁護士の発言が印象的だった
- 角田弁護士は今回の伊藤さんの対応に倫理的な問題があると抗議した
- 角田弁護士は「私は80歳を超えた老人だが今でも子ども時代に聞かされた言葉を思い出さずにはいられない」と切り出した
- 角田弁護士は日本の性被害事件の裁判を女性の視点に立って塗り替えてきた偉大な方である
- 角田弁護士は「恩を仇で返してはいけない」と言った
- 英語が飛び交うFCCJで臆せずに「恩を仇で返してはいけない」と言うことはなかなかできることではない
- それは「弁護士に感謝しろ」という意味ではなく角田弁護士はシンプルに日本語話者のやり方で倫理を問うた
- 伊藤さんの闘いに寄り添ってきた西廣陽子弁護士との会話を無断で録音し事実と違う印象を与える切り取りで作品に使用したことを「恩を仇で返した」と批判した
- 会場からは「【仇】は英語で何というのか」という質問があった
- 本筋とは関係ない質問かもしれないが実はこれが本筋なのではないかと思われるような「言葉の壁のある世界」に私たちは生きていると意識させられた
■ 6. 言語と倫理の問題
- 私たちは日本語の中で生きている
- 日本語の中で傷ついている
- 日本語の中で怒っている
- 日本語の中で闘っている
- それなのに「英語で発信しなければなかったことにされるかもしれない」というグローバリゼーションを生きている
- 今回の議論はその葛藤を私たちに意識させるものでもあった
■ 7. 記者会見後の議論
- 記者会見後に知り合いの男性ジャーナリストと話す機会があった
- 彼は伊藤さんに同情的で「小学校の学級委員みたいな指摘だジャーナリストが権力と闘わないでどうする」と憤っていた
- 左翼的な男性たちにとって伊藤さんの事件は「当時現職の総理大臣の『お友だち』が起こした性加害事件だが不起訴になった事件」であり続けている
- 反権力という大義名分の前に個人の同意や許諾などたいしたことないと考えられるらしい
- しかし伊藤さんを身近で支え共に涙し裁判を勝利に導いたのは西廣弁護士をはじめ記者会見に青ざめた顔で集まった女性記者たち思想信条と関係なく同意のない性交を許してはいけないと憤った「学級委員みたいな」女たちだった
- 女性への暴力を許さない不正義を許さないと伊藤さんと共にあろうと誓った女たちだった
- そんな女たちの「恩を仇で返してはいけない」という「学級委員」みたいな倫理はバカにされるような価値ではない
■ 8. 記者会見後の伊藤さんの声明
- 記者会見が終わると伊藤さんの声明が印刷されてFCCJの入り口に届いていた
- 声明には許諾や同意が「抜け落ちた」として謝罪が記されていた
- 作品を一部編集すると記されていた
- 記者会見のキャンセルは残念だったがいつか伊藤さんの声で日本語で語られる日を待ちたい