■ 1. 事件の概要
- ストックホルムの緩和ケア病棟にいた97歳のロルフが数日間にわたって命を断ってほしい殺してくれと懇願し時には叫び声を上げていた
- 鎮静剤やモルヒネ神経弛緩薬が投与されていたがそれほど効き目はなかった
- ある秋の日の午後に一番可愛がられていた末の息子アンダースが父の鼻と口をふさいで窒息死させた
- アンダースはすぐに医師や看護師を呼んで私は父の言う通りにしました彼の最期の願いを叶えましたと言い殺人容疑で逮捕された
■ 2. 裁判での供述と判決
- アンダースの供述:
- 父の様子を見るのは耐え難いことでした
- 私は父が苦しまないようにする責任を感じました
- 私は父の苦しみを終わらせるために彼の人生を終わらせた
- もしそれが刑務所行きを意味するならそうします
- 起訴状の内容:
- アンダースが父への同情に基づいて行動したと記された
- ロルフが高齢であること病状余命が非常に短いと診断されていたこと死の援助を強く明確に望んでいたことが示された
- 裁判所は状況を考慮しいわゆる慈悲深い殺害とみなした
■ 3. 医師の対応
- 検死をした医師は父親の死亡診断書に窒息死とは書かず死因を肺炎とした
- この医師は実行した息子の刑罰が軽減されるよう配慮したと思われる
- このケースでの安楽死幇助は許容範囲と判断したのだろう
- 検察官に問われた医師の答え:
- 患者は人生の最期に病気で亡くなったのです
- 息子が自分が彼を殺したと思ったまさにその瞬間に死が起きたのかもしれません
- この患者のように脆い状態にあると死はいつ訪れるかわからないものです
■ 4. 欧州での安楽死の状況
- 現在のところオランダベルギールクセンブルクスペインポルトガルが積極的安楽死を合法化
- スイスでは自殺幇助が認められている
- フランスでは2025年5月に安楽死幇助法案が国民議会で可決され次の段階として上院での審議となっている
- イギリスでも英国下院で終末期患者への自殺幇助法案が可決され上院での審議や国王の裁可などさらなるプロセスを経ることになる
■ 5. 死の医療化
- 安楽死は死の医療化と言われる
- 死という本来は個人的で自然なプロセスであるものが医療システムと専門家の管理下に置かれるようになるという意味
- 医師の役割が病気を治療し生命を維持することから患者の意思に基づいて生命を積極的に終わらせることにまで拡大される
■ 6. スウェーデンの世論と医療従事者の意識
- スウェーデンでは安楽死は認められていない
- 安楽死合法化に賛成と答える国民は調査のたびに増え続け2025年3月の世論調査では国民のほぼ80%が支持を表明
- 医療従事者の安楽死の容認に対する支持も非常に強く医療従事者全体でも約8割が容認しており特に看護師の支持が高い
- 医療従事者の約6割が自身で安楽死を幇助する可能性があると回答
■ 7. 反対派の主張
- 安楽死の合法化に強力に反対しているのは医師会と宗教界・倫理学者障害者団体
- スウェーデン医師会の見解:
- 倫理規定では医師は死を早めるような処置をとることは決して許されていない
- 安楽死に対して概して否定的な見方をしている
- 医療の役割は治癒治療ケアの提供そして苦痛の緩和であると考えている
- 北欧医師会の倫理委員会は2025年に新たな共同声明で安楽死と安楽死幇助に反対する姿勢を明確に示した
- 世界医師会も2019年に安楽死と医師による自殺幇助から明確に距離を置くとしている
■ 8. スウェーデンでの主要な出来事
- 2000年代前半頃からALSや末期がん患者が安楽死を認めてほしいと公的機関や政治家に訴える事例が報道された
- 法的には認められず患者はスイスなど国外で自殺幇助を受けるケースが散見される
- 安楽死が認められないことから薬の過剰摂取などで自殺したりするケースが相次いだ
- 主要事件:
- 2008年のアストリッド・リンドグレーン小児病院事件で脳障害を持つ早産児に致死量の麻酔薬を投与したとして小児科医が起訴されたが2009年に無罪判決
- 2010年に麻痺女性の人工呼吸器停止で本人が治療をやめたいと意思表示しスウェーデン社会庁が本人の自己決定権を認めた
- 2010年にALS患者が社会庁に自殺幇助を認めてほしいと手紙を送ったが認められず男性は自ら命を絶った
■ 9. 緩和ケア重視政策と現実のギャップ
- 2010年代を通して複数の患者が法務大臣や政府に安楽死を認めてほしいと公開書簡を送ったが政府は安楽死は認めないと明言
- 代わりに緩和ケアの充実を政策課題とした
- 合法化が進まないものの現実には苦しむ患者を見かねて自らの判断で安楽死の措置を取る家族や医師はいた
- 家族による幇助の事例:
- 2008年頃にALS患者が配偶者にモルヒネの過剰投与を依頼し死亡した事件で配偶者は殺人罪に問われたが同情的な動機が考慮され軽い刑にとどまった
- 2019年に重病の筋痛性脳脊髄炎を患う妻に致死量のモルヒネを投与したとして62歳の男性が過失致死罪で懲役1年6カ月の判決を受けたが最終的に刑期は懲役1年に減刑
■ 10. ベリストロム医師の事例
- 2020年に重いALSを患う60代の男性に対し引退した医師が致死量の睡眠薬を供与し男性が自ら服用して亡くなる事件があった
- 国際保健学の名誉教授であり安楽死推進団体尊厳ある死の権利会長でもあるスタファン・ベリストロム医師が男性の苦しみを見かねて助けることを申し出た
- ベリストロム医師の主張:
- 私は他の誰も苦しみから救えない状況から1人の人間を解放した
- 私は違法なことをしていないと考えている
- むしろこの行為を通して私が医師免許を失うことになるのかどうか法的な判断を仰ぎたい
- 同医師は2022年に医師免許を失ったが彼のもとには今でも多くの患者が助けを求めて連絡してくる
■ 11. 医師グループの意見変化
- かつてスウェーデン社会庁長官や国立医学倫理評議会の議長を務めていたシェル・アースプルンド氏の発言:
- 医師グループは意見が変わりつつあり現在では賛成と反対が50対50に分かれている
- スウェーデンでは医師が安楽死を実践しているという噂はよく聞いている
■ 12. 合法化の遅れが生み出す問題
- 安楽死を巡る問題はもはや抽象的な倫理論争の段階を超え深刻な死の医療化の現場として現れている
- 合法化の遅れが現実には家族や医師による非公式な安楽死幇助という形で法的なグレーゾーンを生み出している
- 検死医が死因を操作したと推察される事例は現場の人間が法よりも人道的な配慮を優先せざるを得ないほど合法化の必要性を感じていることの証左
- 自らの尊厳を全うするために多額の費用と労力をかけてスイスへ渡る患者あるいは誰にも看取られずたった一人で死地へ赴こうとする患者の訴えは愛する人たちに囲まれて自宅で穏やかに死にたいという究極の願いが現行制度では叶えられていないという現実を示している
■ 13. 日本での事例と今後の課題
- 日本でも東海大学安楽死事件川崎協同病院事件京都ALS嘱託殺人事件など医師による安楽死幇助の事例がある
- 安楽死合法化への道は患者の自己決定権と医療の生命至上主義という二律背反する価値観をどう調和させるかという問い
- この議論は単なる法制度の改正ではなく社会が尊厳ある死をどのように捉え支援していくのかという文明の成熟度が問われる倫理的な問いかけ