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伊藤詩織さんの映画をめぐる会見について、弁護士として考えたこと

要約:

■ 1. 記事の背景と目的

  • 伊藤詩織さんのドキュメンタリー映画『Black Box Diaries』は性暴力の被害を受けた当事者が自らの言葉と映像で捜査司法社会のブラックボックスを記録した作品で海外では高く評価されている
  • 日本では映像や音声の使用許諾をめぐる論争が前面に出て公開が長くままならない状態が続き2025年12月12日に公開がはじまった
  • 12月15日には日本外国特派員協会で試写会と記者会見が開かれ終盤には東京新聞の望月衣塑子記者との質疑が衝突する場面もあった
  • 弁護士として感じた違和感を整理する

■ 2. 元代理人弁護士の会見への違和感

  • 元代理人弁護士が会見で恩を仇で返すといった趣旨の言葉が発せられたのを視聴したとき引っかかりが残った
  • 引っかかりの中心は伊藤さんの行為の是非というより弁護士が公に依頼者を糾弾する構図
  • 弁護士の心情としては分かるが弁護士はそこで踏みとどまらないといけないことがある
  • なぜなら弁護士は依頼者のため社会のために法律の力を使うからこそこの立場を許されているから

■ 3. 法律の暴力性

  • 法律は正当な救済のために機能する一方で使い方によっては相手を黙らせたり萎縮させたり孤立させたりもできてしまう
  • 弁護士は業務上さまざまな情報を得ることを許されるがそれも依頼者の最善の利益のために使うという約束のもとで共有されてきた極めてプライバシー性の高い事柄を取り扱っている
  • 弁護士が抱いた不満や抗議の思いは非公開で弁護士・依頼者間での折衝を通じて解決を模索すべきものだった
  • 法律論をふりかざした公開の場での糾弾という手段を用いるべきではなかった

■ 4. 弁護士の言葉が暴力性を帯びる理由

  • 弁護士の言葉は法律論の装いをまとった瞬間一気に力を帯びる
  • 聞き手には法的にアウトなのだろうもう結論が出たのだろうという印象が残る
  • 依頼者である作家の反論や発言を封じもしくは命を削って取り組んできた制作活動を止める方向に働くのでそこには暴力性が混じる
  • ジャーナリストや評論家が外野として意見を述べる場合は聞き手も一つの見方として距離を取りある程度は割り引いて聞ける
  • 実際に事件を担当した弁護士が同じ語り口で出てくると法律家が言うのだから正しそうという外観で対話のまえに制裁を作用させてしまいかねない

■ 5. 弁護士が法の暴力性を行使できる条件

  • 弁護士が法律の暴力性を自認しながら行使することが許容される場合:
    • 具体的な依頼者があって委任を受けてその依頼者の最善の利益のため必要最小限で行う
    • 具体的な依頼者からの個別具体的な事情の聞き取りがあってこその説得性を備えている
    • 相手方からも十二分に反論ができるという場面設定がある
  • 弁護士が強い言葉を社会に出すときは実際の依頼者とその依頼者の個別具体的な事情公正な反論可能性という条件が最低限そろっていないと危ない

■ 6. ドキュメンタリー作家の仕事の特殊性

  • ドキュメンタリー作家の仕事はいつも安全な正解の上に立っているわけではない
  • 作品の公開はときにぎりぎりの判断になる
  • 公開することで誰かが傷つくかもしれないが公開しないことで社会が大切なものを見落とし続けその間次々と新たな被害者が生まれて傷つくかもしれない
  • 公開してもしなくともどちらにも責任が発生する
  • その責任がなんなのかというところは作品の公開前の段階では確定できない類のもの

■ 7. 時間の経過に伴う評価の変化

  • 作品内に登場した方との間に公開によって何かしら問題が生じた場合は作家が公開後にどれだけ事後的説明を尽くすかどれだけ関係者への影響を減らす努力をするかその後の時間の経過のなかで評価が変わっていくことがある
  • 公開前に白か黒かの二択へ追い込まれれば作品内に登場することに明確な許諾という形では答えられない人も出てくる
  • 公開後に社会の反応を見てはじめて結果としてあの形であの作品が出て良かったと感じるようになる展開だって現実には起こり得る
  • 見切り発車が常に正しいという話ではないがまた見切り発車が絶対に許されないとも言い切れない

■ 8. 原則論

  • 今回の問題は原則として外野の弁護士が干渉をすることなく公開するかどうかは作家のプロフェッショナルな判断に委ねるべきであった
  • トラブルが起きるのであれば当事者の間で私的に法律の介入なくジャーナリズムの土俵で扱われるべき事柄であった
  • 現時点において明確に拒絶意思を表明しておられる方々がいらっしゃることに盲目であってはならない
  • 作家の対応はこれで十分なのか社会的に議論していく対象ではありつづける

■ 9. 司法判断の時的硬直性

  • 法律という別世界の物差しが苦手とするのは時の経過とともに変化する動的要素が伴う評価
  • 裁判のルールでは口頭弁論終結時という基準時を設定してタイムスライスの法的評価がくだされる
  • ジャーナリズムの世界では裁判にもちこまれる状況にならなければ評価の基準時のようなものが意識されるわけでもない
  • 作品と対話しながら社会は変動し作家と当事者との関係性もまた変動していく
  • 今この時点で白黒つけろと説明責任を強要し迫っていくことはやはり暴力的

■ 10. 委任のない第三者の利害

  • 弁護士が委任を受けていないはずの第三者の利害関係を声高に主張し始めている構図が問題
  • 弁護士自身が約束違反をされたこと自体については抗議することまでは当然
  • しかし公開記者会見での糾弾まで正当化できていたか疑問
  • 公開前の記者会見での糾弾が弁護士としてやり過ぎだと受け止められれば弁護士固有の個人的な感情論で報復目的であるととられかねない
  • 自身の権利侵害と並列させる形で複数の第三者の権利侵害を指摘することができれば全体としての問題提起についての客観性をまとうことができる

■ 11. ホテル防犯ビデオをめぐる誓約書

  • ホテルとの誓約書への違反についての問題提起があったがこれも公開の記者会見で上映そのものにストップをかけてしまうにはやはり弱い
  • 何年か前に誓約書が作成された時点の判断では防犯ビデオ提供の事実はホテルにとって明らかに知られたくないこと外部に公表されたくないことだったかもしれない
  • 今となっては性被害の可視化や被害者救済の議論を促す一因となり社会に貢献したと評価され得る側面もある
  • 公開後映画自体の評価が高まれば高まるほど過去にこうした誓約書を作って公開を縛ろうとしたこと自体が将来的には不名誉なことへと変化していく可能性すらある

■ 12. 弁護士の専門性の限界

  • 弁護士はジャーナリズムに関して作家を凌駕する専門性を持っているわけでもない
  • 将来の社会の動きに対して特段の洞察や説得力を備えているわけでもない
  • むしろ過去の規範の体現者とさえいうべき存在
  • そのようなところになぜ弁護士が割って入っていって法の暴力性を行使できるのか
  • 作家の判断を尊重すべきではないかその責任と覚悟と生き様を尊重すべきではないか

■ 13. 沈黙の意味の多様性

  • 映像や音声を公開されるであろう人々が沈黙しているときあるいは連絡がつかないときその沈黙の意味は一つではない
  • 拒絶とは限らず心の中では公開を望んでいるかもしれない
  • 判断がつかずに今は言えないだけかもしれない
  • 程度も事情も人によって違い時期によっても変動していくことも見込まれる
  • 強い影響力を持つ弁護士がきっとあの人たちは望んでいない将来のために止めるべきだ人権侵害だと言い切るとそれは聞き手に対しては当事者の意思であるかのように独り歩きする

■ 14. 弁護士に求められる自制

  • 本来は専門外であったはずのドキュメンタリー作家の領域に今回は弁護士が法律を掲げて割って入ってきてしまった
  • ジャーナリズムについては素人である弁護士が謙虚さを忘れ法律という別世界の物差しをあてて絶対的な正義であるかのようにふるまう
  • 弁護士は常に自分に問い直す必要がある:
    • 私は今誰の依頼で話しているのか
    • その依頼者の最善の利益のために相手方にとって無用に過大な不利益を課す主張になっているか
    • 事後であっても相手方が対等に反論できる土俵はあるのか
    • 自身の私的な感情が公益の顔をして混じっていないか

■ 15. 筆者の立場

  • 筆者自身もまた依頼者を持たない外野の立場で論じている
  • 筆者にも弁護士という肩書がある以上この文章が法律的に正しそうだという雰囲気を帯びてしまう危うさは批判の対象とした元代理人たちと同じ構造の中にある
  • 本稿は断片的に見聞きした公表情報の範囲で弁護士としての振る舞いについて考えをまとめたものにとどまる
  • 本件のいかなる当事者の代理人ではなく個別事情やそれぞれ方の心情を把握して事実認定を行える立場にはない
  • あくまで外野からの一意見として読んでいただきたい