■ 1. 問題提起
- ファシズムが台頭している現状にうんざりしているが左派にもげんなりしている
- 社会よりむしろ左派のほうに絶望している
- 対抗言論の中にも差別的なものが数多く見受けられる
- 極右や差別主義者やノンポリに対して「頭が悪い」「頭がおかしい」などと言うことは適切なふるまいと言えるか
- ある種の政治的態度を知性や理性あるいは人間性の欠如としてとらえることは非常に危うい
■ 2. 精神障害者への憎悪的言説への批判
- 「サイコパス」「狂気の沙汰」などの言葉を使って権力批判をしたつもりになっている左派に未来はない
- 暴政に病理を見出すことは権力批判ではなく精神障害者へのヘイトスピーチである
- 想起すべき歴史的事実:
- クィアが病理化されていること
- ナチがクィアや精神障害者を強制収容して殺したこと
- 今も精神障害者が病院に長期収容され地域社会から排除されていること
- 反差別を謳いながら差別的なふるまいをするひとたちが支持を得られるとは思えない
- 左派が広範な支持を得るためには人権や倫理への真摯な姿勢と周縁化されているひとびとに対して包摂的な態度を示すことが重要
■ 3. 精神障害者の置かれた現実
- 「精神障害者は危険で凶暴で社会に害をなす存在だから野放しにしてはいけない」という偏見のせいで過去から現在に至るまで多くの精神障害者が殺されてきた
- 今も長期入院を強いられ虐待を受け地域社会にも居場所がない
■ 4. エトセトラVOL6『スポーツとジェンダー』からの引用
- 2021年発行の本で2021年はコロナ禍中に東京オリ/パラリンピックが強行された年
- IOCや日本政府の横暴に対する対抗言説にもしんどいものがあった
- 菅義偉(当時首相)やIOC理事長バッハらのふるまいを精神障害になぞられて罵倒するものがTwitter上で散見された
- ナガノハルさんの漫画中のモノローグ:
- 「人々はなぜ特権階級の圧政を目にして精神障害になぞられて罵倒するのでしょうか?」
- 「そもそも精神障害者はそのような権力のある地位につくこともできません」
■ 5. 独裁と「狂気」についての考察
- 独裁や強権は「気の狂った」ひとによって行われるものではない
- 正気のひとが圧政を敷くから怖い
- 権力によって「正気でない」とジャッジされたひとが社会の片隅に追いやられ尊厳を奪われ殺される
- そんな社会を形成しているのは私たちひとりひとり
- 他者への憎悪を「狂気」と呼ぶならばそれは私たちひとりひとりの心の中にあるはず
- 精神障害者を悪魔化しても社会は良くならないどころかむしろ情勢が悪化していくばかり
■ 6. 差別語使用への警告
- 相手が差別主義者だからといって公共の場で差別語を用いて罵倒するのはよくない
- それは差別でしかない
- 余裕のあるひと影響力の大きいひとには率先して気をつけてほしい
■ 7. 精神障害者の社会運動からの排除
- 精神障害者は何らかの活動をコンスタントに継続することが難しい
- 賃労働においても社会運動においても排除されがち
- 権力のある地位につくことが非常に難しい
- 制度はひとがある程度以上のパフォーマンスをコンスタントに発揮し続けられるものだという前提で設計されている
- 社会運動から排除されて比較的取りつきやすいSNSに活路を見出すと「SNSでつぶやいているだけじゃ何も変わらないよ」と言われる
- オフラインの場でマイクを持たせてもらえる機会が少ないから自分に発信できる限られたツール(主にインターネット)を使わざるをえない
■ 8. 運動のあり方への提言
- 元気でバリバリでなくても気軽に参加できるよう運動の仕方を変えていくべき
- フルタイムでバリバリなひとばかりでなくパートタイムやギグワーク的な携わり方をするひとも増えたほうが運動として大きくなれる
- ひとりあたりの負担も減る
- 今の社会に何とか適応できてしまうひとや特権を持たされているひとの意見ばかりを重宝していてもどうしようもない
- 社会のあり方を変えようとしているのに社会の中心により近いひとばかりを重用するのはナンセンス
- 周縁化されているひとたちを包摂していくことが重要
- 排除ではなく包摂でなければ左派の運動は広がりようがない
■ 9. インターネットでの発信の意義
- 精神障害者がインターネットで「しんどい」「差別をやめてほしい」と発信をすることはひとつの障害者運動
- どのような困難を抱え何にしんどさを感じてどういった政治的解決を望んでいるかを広く大衆に向けてアピールすることには社会的意義がある
- インターネットを使うことでより多くのひとに訴えかけることができる