■ ・他称TERF
私はTERFらしい。自分でそう認識しているのではなく、「こいつTERFじゃねえか!」と他者から言われたのである。
TERFとは、トランス排除的ラディカル・フェミニスト(Trans Exclusionary Radical Feminist)」の略語、とのことらしい。私は別に、トランス(ここでは仮に、身体的性別と自認性別が異なっている状態と定義する)の存在を否定していない。
しかし、ある時増田で「異性の社会的地位を得たいと考えて、トランスではないのにトランスであると誤認して幼少期に性転換治療を行うと、取り返しのつかないことになるので、十分な判断力がついてからの治療をすべき」と述べたところ、TERFだ!こんなやつの言うことは聞くに値しない!といったコメントがつき、それまで語っていた別の話すら否定されるということがあった。
■ ・TERFと認定された意見を述べた理由
その増田では、私がかつて感じていた生きづらさについて書いていた。
その一例として、小学生の頃、「男の子なら勉強していても文句言われない、女のくせにって言われない!」と、男の子に生まれたらよかったのにと思っていたことがある。これは私がいた地域が、「女性は勉強をするものではない」という社会観念・構造を持っていたが故に抱いた感情だ。もしかすると、私と同じ社会で育った男の子の中には、「女の子ならオシャレしていても文句言われない!」として、女の子に生まれたかったと思っていた子もいたかもしれない。
ただ、私もその男の子も、トランスジェンダーではない。ただ、「決められたジェンダーロールに縛られたくない」という気持ちがあるだけの、シスジェンダーである。
もちろん、性別に違和を持つトランスジェンダーの子もいたかもしれないが、今回その子は議論の対象ではない。「社会構造が原因で、異性のジェンダーロールを得たいと考え、それが異性への変身願望であると誤認したシスジェンダー」の存在が、議論の対象である。
しかし、私の意見は「TERF」、すなわちトランス排除的であると判定された。
■ ・最近のアニメの話
ここで話はがらりと変わるが、最近のアニメで「見た目は女性的だが、性自認も身体も男性」というキャラクターに対して「彼女はトランスジェンダーだ!トランスと認めろ!」という意見をたまに見かける。
彼らの主張をバカ正直に受け取ると、「シスジェンダーのままで、ジェンダーロールに縛られない行動をしてはいけない」ことになる。これはとても「後退的」な主張で、古典的な「男らしさ、女らしさ」の強化をしているだけに他ならない。上のアニメの例で言えば、「女らしい」行動をすれば(身体の性別が男性であれば)トランスであり、また「トランス女性は女性」(TERFとレッテルを貼る人たちがよく言う言葉)なのであれば、「女らしい行動をする人は皆女性である」ということになる。「女らしい」行動をする「男性」の存在は、認められないという結論になる。
つまり小学生の頃の私は、女であるままに勉強をしたりはできず、男にならねばならなかったということになる。そんなバカな話があるか。
■ ・女装して女性スペースに入る人の話
やめろ。
意見としてはそれだけなのだが、きっとそれでは納得してもらえないので、理由を述べたい。
まず、これまでなぜ男女でスペースが分けられてきたのかといえば、人間が高度に発展して羞恥心というものを獲得したからである。
また、男女でスペースが分けられている場所というのは、トイレであったり更衣室であったり、「衣服を着脱する」≒「プライベート性が高くなる」場所であることが多い。
こうした場所は、その性質上、密室に近い状態になり、そのため性犯罪が発生しやすい。そして、誰が性犯罪に手を染めるのかは外観から判断が難しい。
そのため、性犯罪に使用されやすい「陰茎」を持った人と持たない人で空間を分けて、ある程度犯罪が起こりにくいようにしよう、ということになった(と私は認識している)。
もちろん、男性から男性への加害は、これでは減らすことはできないが、その話はまた別の問題なのでここでは触れないでおく。
で。その陰茎がある状態で、女性スペースに入れろ、性加害はしないから!性加害する人間とそうでない人間が区別できるのか!という主張がなされる。
区別できないから分けてるんだってば。
陰茎を持った人全員が性犯罪者でないことは自明の理である。それでも、陰茎を利用した犯罪が類型的に発生しやすい場所があるから、そこは一旦陰茎の有無で分けている。
ついでにいうと、事実として女装(トランスかどうかは問わない)した人物が性別で分けられた場所で性犯罪(性器の見せつけなども含む)をしているという報道がある以上、女性側としてはやはり陰茎の有無で一旦スペースを分けてほしい。
そして、スペースを分けるということは、「あなたは陰茎を持ってるから入らないで」と言えるということである。
これは心理的にも、実質的にも大きな安心感を得られる。「陰茎を持つ人が女性スペースに入ることはおかしい、間違っている」という前提があり、「普通は」これを守るという共通認識が生まれ、実際に陰茎を持つ人が入ってきたら追い出すことに正当性があると判断される。
「男性的な女性が入ってきたらどうするんだ!?」と言われるが、そもそもその人は女性なので何の問題もないし、男性的であれ女性的であれ「陰茎を持つのでは?」という疑いがある場合は口頭で確認すればいい。
「嘘かどうか分かるのか!?」わからない。だから、「女です」と言われたら女性スペースを使わせるより他ない。ただ、嘘をついて女性スペースに入っていたならそいつは犯罪者だし、そいつを「犯罪者だ」と言えることが重要なのである。
刑法があるからといって、詐欺も殺人もなくなるわけではない。「詐欺罪」や「殺人罪」に問えるだけだが、「罪に問える」ことは社会的にとても重要だ。抑止力もそうだし、「これは悪いことだ」と、「社会が許さない」と意思表示していることになる。
■ ・「陰茎」言い過ぎた
男性という呼び方では曖昧になってしまうので、ここでは「陰茎を持つ人」という呼び方をしてしまった。あまりいい気分にはならなかったと思うが、正確性を期するためなのでご容赦いただきたい。
なお、書いていて思い出したのは、JKR女史の「生理のある人?他に呼び方がなかったっけ?」という趣旨の言葉だ。そう、他に言葉があるし、私は正直「性別なんだから外性器の区分で分けろよ」と思う。性別と性自認は別のもの、という考え方である。だって性別違ったら出るホルモンも違うんだし、生物学的な分け方は厳然として存在するんだし。
ここまで色々書いたが、端的に言って「陰茎ない人用スペースなので陰茎ある人は入らないでください」が結論である。私は他称TERFだが、トランスジェンダーの存在は認めているので、外科的手術で陰茎がなくなった人は、陰茎ない人用スペースに入っても問題はないと考えている。
ただ、他人の身体をジロジロ見たり、あまつさえそれをブログに書いたりする行為は、普通に性犯罪だと思うので、やめろ。
■ 他称TERFのレッテル貼りがやばかった話
TERFとレッテルを貼れば、それはナチスばりの人種差別主義者であり話は聞くに値しない、という活動をしている人がいた。今もいるかもしれない。
私はTERFって言われるだろうなと思っていたし、女性の権利を守って何が悪い?と思っていたので、ダメージは少なかったが、それでもこの強烈なレッテル貼りには目を瞠った。また、上述のことは、TERFと呼ばれた時から一貫してずっと考えていたことだが、表明するのに躊躇した。
その鬱屈した思いが爆発して、長文になってしまった。まぁいっか、増田なんだから好きなこと書き散らすぞ。