■ 1. 性売買をめぐる言説の変遷
- 1990年代に「援助交済」「ブルセラ」が社会問題化し「パパ活」「JKビジネス」と名称を変えながら現在も継続する
- 「エンコー」「パパ活」などの呼称は男性を免責する言い回しであり実態は少女買春
- 性の商品化をめぐる論争は1980年代から存在し市場経済の拡大とともに「女性が性を売るのは主体的な選択」という声が強まり歯止めがきかない状況に至った
- 「セックスワーク」という概念の登場が性商品化の流れを加速させた
- 日本社会が貧困化した現在では複数の困難を抱える女性が性産業に吸い込まれる構造が存在し「福祉は風俗に勝てない」という現実がある
- 女性が援助交際を「エンコー」と呼び自ら選んでいると強調したのは新自由主義的な自己決定・自己責任を内面化した「ウィークネスフォビア(弱さの嫌悪)」の表れ
■ 2. セックスワーク論への批判
- 上野はセックスワーク論に対し1994年の寄稿当初から懐疑的であり現在はさらに強い危機感を抱く
- 資本主義の商品市場においても商品にしてよいものには限界が存在する
- 性売買は臓器売買・代理出産と同様に金銭と交換してはならない商品化禁止の領域
- 労働市場においても労働者が「自分を売る」契約は本人の合意があっても無効とされる
- セックスワークが認められるならば「リプロダクティブワーク(生殖労働)」も認められるのかという問いを提起する
- ウクライナの代理出産合法化において参入するのは貧しく他に売るものがない女性たちであることがその危険性を示す
■ 3. 現行法制度の問題点
- 1956年制定の売春防止法は売る側のみを処罰対象とし買う側を受け身の「その相手方」に位置付ける
- これは売る側が買う側を誘惑・勧誘したとして責任転嫁する家父長制の言説
- 売防法は挿入をともなう性交を禁止する一方で風営法がそれ以外の性的行為を事実上認める矛盾した構造
- セクシーキャバクラ・おっパブ・ソープランドなど多様な性風俗が存在し日本は「買春天国」として世界から認識されている
■ 4. 買春する側の研究と構造的問題
- 性を売る女性の研究は多い一方で買春者の研究はほとんど存在しない
- ある男性研究者は「男性にとって買春はあまりに自明で答えが返ってこない」と述べた
- 女性は消費される対象であり消費する側の男性は自らを省みない
- マジョリティであることは自分が何者かを問われずに済む特権である
- 需要がなければ供給がないという原則に基づけば買う側への対処が根本的な解決策となる
■ 5. 売春防止法改正と北欧モデル
- 売防法は成立当初から片面性が指摘されてきたが若年女性支援現場からの「買春は性搾取」との声が改正議論を推進した
- 性売買は売る側に女性・買う側に男性が偏るジェンダー非対称な行為
- 売る側にとっては経済行為・買う側にとっては性行為という非対称性が存在し金銭を対価にした性搾取と定義できる
- 買う側を処罰し売る側を処罰せず支援する「北欧モデル」がこの非対称性に対応した法体系として適切
- 北欧モデルは1999年にスウェーデンが導入しフランス・カナダにも拡大している
- 買春処罰への反対論として「性売買が地下に潜る」という主張があるが公娼制下でも非公認の私娼が増加した歴史がこれを反証する
- 組織化されたセックスワーカーはほんの一部でありその周辺には膨大なグレーゾーンが存在しそこにいる女性を誰も守らなくなる危険性がある
- 性売買から抜け出したい女性も「自由な意思で選んだ労働者」とみなされ支援を受けられなくなる問題が生じる
- 買春を非犯罪化すれば「女性の性を金で買ってよい」という社会的合意が定着することになる
■ 6. 上野が問い続ける理由と結論
- 困難な状況にある少女を支援していた弁護士の大谷恭子氏から「売れるものを最高値で売って何が悪い」への反論を相談され「大谷さんからの宿題」として考え続けている
- フェミニズムの功績のひとつは暴力を再定義し身体的暴力だけでなく人にノーと言わせない構造的強制力も暴力と位置付けたこと
- 性売買は経済的非対称性を背景にした構造的性暴力である
- 「男性が女性の身体をお金を払えば自由に扱ってよい」という社会的合意を法律によって変える必要がある