■ 1. 本書の対象と問題設定
- 1935年頃から1945年8月までの約10年間における日本民衆の意識と戦争体験を分析する
- 当時の民衆意識は狂信的な日本主義への没入でも単純な恐怖による沈黙でもなく、歴史的文脈の中で多層的に把握される必要がある
- 大正デモクラシーの延長上にある「民衆的なデモクラシーを求める意識」が1935年頃もなお人々の中に脈打っていた
■ 2. 草の根の天皇制デモクラシー意識
- 大正デモクラシーは「外に帝国主義、内に立憲主義」を主張するところから出発した
- 民衆の解放意識は「一君万民」的な性格を持ち、以下の要素を当初から内包していた:
- 天皇制を当然の前提とする権威主義的性格
- 後発帝国主義国としてのアジア・モンロー主義的傾向
- この意識は「草の根の天皇制デモクラシー意識」と規定される
■ 3. 斎藤隆夫への手紙に見る民衆の軍部批判
- 二・二六事件後の「粛軍演説」(1936年)および「反軍演説」(1940年)には、多数の民衆から支持・感激の私信が寄せられた
- この支持は軍部ファッショ化への反発と立憲政治回復への願望に基づくものであり、反戦平和主義とは異なる
- 斎藤自身の立場:
- 「聖戦」イデオロギーを排し、社会ダーウィン主義に基づく弱肉強食の権力政治論を展開
- 戦争のやり方に対する批判であり、戦争そのものへの反対ではない
- 寄せられた手紙に見る民衆の声は以下の三類型に分かれる:
- 「聖戦」を積極的に認めつつ具体策を批判するもの
- 戦争指導の方法・統制経済・占領地支配の欠陥を指摘するもの
- 「聖戦」イデオロギーを排し領土・賠償など具体的戦果を求める草の根帝国主義的主張
- 日中全面戦争の勃発により、軍部ファシズムへの反対意識は草の根帝国主義的意識へと変容した
■ 4. デモクラシーからファシズムへの転換過程
- 転換は突然の逆転ではなく、大正デモクラシーが内包していた帝国主義意識の前景化として理解される
- 日中戦争による物資不足・インフレ・米不足が民衆の不満を蓄積させたが、体制への根本的批判には転化しなかった
- 階層別の戦争観の相違:
- 「中流以上」: 「聖戦」イデオロギーを正面から受け入れ、積極的・原則的
- 「中流以下」: 早期終戦を願うが、現在的意味での反戦意識ではなく具体的利益を伴う終戦希望
- 農村部では供出米制度への抵抗がある一方、軍隊入隊により食料や物資が得られるという「実感」が「使命感」を強化した面もある
- 真珠湾攻撃(1941年12月)・シンガポール占領(1942年2月)による民衆的熱狂が天皇制ファシズム体制を盤石にした
■ 5. 草の根のファシズムとマイノリティへの抑圧
- 伊藤整の「国民が平均に幸福と不幸を分かちあう」という感覚は、この気持ちを共有しない者を「国民」から排除する論理を内包していた
- 戦争による同化政策の強化はアイヌ・朝鮮人・台湾人等への差別と抑圧を深めた:
- アイヌへの差別意識の持ち込みとその連鎖的拡大
- 沖縄での住民集団虐殺: 村落共同体が関与し、臣民たることを証明しようとした結果として生じた面がある
- 日本の支配地域での朝鮮人・台湾人への差別的役割分担
- 日本軍「慰安婦」問題も草の根のファシズムの延長線上にある問題として位置づけられる
■ 6. 兵士の戦争体験と心理的変容
- 残虐行為への加担は特定の人格的問題を持つ兵士に限られず、「慣れ」による感覚の麻痺が広く見られた
- 「聖戦」と現実の矛盾に気づいても「諦念」によりこれをやり過ごし、戦争への積極的加担へと転化する事例が記録されている
- 「平和」への希求も日本の中国征服を前提とした「平和」であり、差別意識と共存していた
- 敗戦後の兵士の意識:
- 中国人への罪悪感と感謝の念を抱きつつも、抜きがたい差別意識を持ち続ける
- 敵兵捕虜として中国軍の扱いを日本軍のそれと対比して感謝する一方、中国人の戦勝国民としての姿への「無念さ」を覚える
■ 7. 敗戦直後の民衆意識
- 1945年11・12月の米軍調査では天皇の在位を望む声が62%、天皇批判的態度は7%にとどまった
- 民衆は天皇制ファシズムには幻滅したが、天皇制デモクラシーにはとどまり続けた
- アジアに対する「帝国」意識・戦争責任意識の欠如は敗戦後も頑強に存続した:
- 「朝鮮は少なくとも20年間は独立の準備ができない」: 賛成77%
- 「日本は台湾を保持すべき」: 賛成63%
- 「日本存続のために中国経済権益をもつことが必要」: 賛成72%
- 欧米に対する民族的優越意識は崩壊し、欧米型デモクラシー導入・旧体制改革を支持する傾向も確認された
- 同時に「日本のアジアに対する戦争責任」は6割強の人々において自覚されることがなかった
■ 8. 戦後日本社会における歴史意識と現代的含意
- 1972年調査: 日中戦争を「やむを得なかった」「自衛上当然」とする回答が55%超、「悪いことをした」は26%
- 1986年の大学生調査では「侵略的な戦争だった」が75%だったが、「南京事件すら習ったことのない者」が44%存在し、認識の足腰の弱さを示していた
- 1990年代以降、歴史修正主義が台頭し、著者・吉見も攻撃対象となった
- 日本社会が怠った課題:
- 大正デモクラシーの「外に帝国主義、内に立憲主義」という実像の学習
- 「天皇制デモクラシー」を含む権威主義・帝国意識の克服
- 戦争体験世代の死去とともに「帝国」意識に批判的な層が失われ、「天皇制デモクラシー」への後退が生じた可能性がある
- 「天皇制ファシズム」的なものの復活は、かつてと同じ天皇主義の形ではなく、レイシズムとアメリカとの軍事的一体化の混交として現れる可能性がある
- 抵抗のためには、ファシズムが上から降るだけでなく「草の根」から積み上げられるものであることを認識し、日本社会に深く内面化された「帝国」意識の克服に向き合い続けることが必要