■ 1. 連載の概要と本稿の位置づけ
- フランスの大学院で哲学を学ぶ森野咲による、ヨーロッパ極右の成長・定着の背景を明らかにする連載の第8回
- 近年のヨーロッパ極右政党では女性政治家の活動が目立ち、女性の支持者も増加している
- 男性中心的で女性を従属的な存在として扱う極右に女性が引き付けられる背景を分析
- 「再生産保護主義」に続き、極右とフェミニズムの「不幸な結婚」へと向かっていった過程を明らかにする
■ 2. 同性婚反対運動と保守女性運動の高まり
- 2013年のトビラ法(「みんなのための結婚」)の制定に対し、「みんなのためのデモ(La Manif pour tous)」が大規模な反対運動を展開
- 運動の特徴:
- 露骨な同性愛嫌悪を避け、「子ども」「父と母からなる家族」「社会の根本的秩序」の保護という言語を通じて正当化
- 最大約30万人(警察発表)が参加
- 女性が組織運営やメディア表象において存在感を発揮し、「母・女性・子どもを守る存在」というイメージが運動の正当性を支えた
- 反ジェンダー運動への展開:
- 争点が性教育、ジェンダー平等教育、トランスジェンダーの権利、生殖補助医療へと拡大
- 個別の政策や権利要求としてではなく、社会全体の秩序を破壊するものとして描かれた
- 国民戦線(現・国民連合)の動向:
- 公式な賛同には慎重としながらも、党議員は実質的にデモに参加
- マリーヌ・ルペンは政権取得時の同性婚法廃止を表明
- 同性婚反対をめぐるモラル・パニックを政治的資源として取り込もうとした
■ 3. ナショナリズムとジェンダー
- 国民国家において、女性には二重の再生産役割が割り当てられる:
- 生物学的再生産: 「子どもを産む性」として人口の再生産を担う
- 文化的再生産: 言語・文化・宗教・価値観・民族性・国民性を次世代へ伝える
- 右派運動による女性の取り込み:
- アイデンティタリアン右派、伝統主義カトリック、ナショナリスト系の運動と結びつき、母性・自然な性差・女性性を強調
- 女性は「子どもを守る存在」「家庭を守る存在」「文化や国民性を継承する存在」として称揚された
- しかし女性は自律的な主体ではなく、保護を必要とする脆弱な存在として位置づけられた
- アンドレア・ドウォーキンの分析(1983年『右翼の女たち』):
- 一部の女性が保守的・家父長的な政治に加担するのは一種の「生存戦略」
- 抑圧的な家父長制の中で、男性的・国民的な保護の約束と引き換えに服従を受け入れる
- フェミニズム的な解放要求は「女性を守る」という保護要求へと変換された
■ 4. 「女性の安全」と排外主義: ケルン事件
- 2015年大晦日にドイツ・ケルンで発生した性被害事件:
- 加害者像が「アラブ系男性」として報じられ、難民・移民全体が「ドイツ人女性への潜在的脅威」としてスティグマ化された
- モラル・パニックとも呼べる状況を引き起こした
- 事件の実態との乖離:
- 立件・処罰に至った事例の多くは窃盗・盗品関係であり、性的強要での有罪はわずか2人
- 容疑者の国籍は一様でなく、「2015年入国シリア難民による組織的性暴力」というナラティブは実態と大きく乖離
- オクトーバーフェストでは毎年200件以上のレイプが推計されているにもかかわらず国際問題化されておらず、ケルン事件だけが大きく扱われたのは加害者像が選択的に可視化されたためである
- 政治的利用:
- マリーヌ・ルペンはこの事件を機に国民連合を「女性の安全を守る政党」として強調
- 通常は極右政治ではほとんど見られないフェミニスト的言説が人種差別的主張を正当化するために用いられた
- 議論の焦点が性暴力そのものから「非白人男性が性犯罪者である」という表象へと移行した
■ 5. フェモナショナリズム
- イギリスの社会学者サラ・ファリスが提唱した概念:
- フェミニズムの要求が国家主義的・治安的言説に取り込まれ、「女性を守る」という名目でムスリム男性や人種化された男性を危険な存在として標的化し、排外主義を正当化する構図
- 女性は自ら権利を求めて闘う主体ではなく、国家によって保護されるべき受動的な犠牲者として描かれる
- 植民地主義的図式の再生産:
- 「西洋=進歩的」「イスラーム=女性差別的」という図式を再生産する
- ジェンダー不平等は西欧社会全体の構造的問題ではなく「移民の問題」として外在化される
- 西欧社会内部に存在する格差や構造的な性差別は不可視化され、フェミニズム本来の批判力が弱められる
- 問題の本質:
- 性差別と人種差別は相互に結びつき強化し合うため、どちらか一方を犠牲にして他方に対抗することはできない
- フェモナショナリズムは怒りや不満を構造的な家父長制ではなく移民やムスリムといった周縁化された集団へと向ける
- 国民連合によるフェモナショナリズム的言説の採用:
- 2024年国民議会選挙直前に投稿されたジョルダン・バルデラの演説動画「フランスのすべての女性たちに呼びかけたい」が典型例
- 「男女平等」「服装の自由」を強調しつつイスラームを暗示的に標的化
- 女性器切除対策でアフリカ系移民を意識した排外主義的含意を持つ
- 賃金不平等やセクシュアルハラスメントなど女性が日常的に直面する構造的問題はほとんど扱われない
■ 6. 極右フェミニスト集団: Némésis
- 2019年設立のアイデンティティ主義フェミニスト集団:
- ケルン事件を一つの媒介として設立された
- 「フェミニスト」を名乗りながらも、フェミニズムを女性解放や構造的不平等への批判ではなく、民族主義的・人種差別的政治の道具として再構成している
- 活動の特徴:
- 「外国人レイプ犯は出て行け」といったスローガンで性暴力を移民男性に特有の問題として表象し、反移民・反イスラームの言説へと接続
- 左派・フェミニストの集会への「突撃型」アクションやニカブを脱ぎ捨てるパフォーマンスで注目を集める
- 国民連合や再征服等の極右政党との関係を深め、選挙での投票を呼びかけている
- 言説の偏り:
- レイプの91%が知人、45%が配偶者や元パートナーによるという基本的事実を十分には扱わない
- 偏った数字や限定的なサンプルを用い、外国人による性暴力の比率を過度に強調
- 賃金格差、家事分担、中絶などフェミニズムが本来扱ってきた幅広い課題には踏み込まない
- ネオファシストとのつながり:
- 2025年2月、新聞『ユマニテ』が報じたスクープにより、ネオファシスト活動家との連携で反ファシスト活動家を誘き寄せ暴力を加える作戦を企んでいたことが明らかになった
- 内部グループトーク内では女性蔑視や容姿への侮辱が放置されており、フェミニズム的語彙とは矛盾する実態が示された
■ 7. 極右によるフェミニズムの取り込みと「免疫」概念
- イタリアの政治学者ロベルト・エスポジトの「免疫」概念:
- 共同体や国家が外部の危険を完全に排除するのではなく、弱められた形で内部に取り込み管理する仕組み
- 極右は女性やマイノリティを無害化した形で取り込み、自らの秩序を補強するために利用する
- 極右によるフェミニズムの免疫化:
- 女性の自己決定をめぐる議論は社会構造への批判を失った新自由主義的フェミニズムとして回収される
- 「女性を守る」という語りが移民・ムスリム・性的マイノリティを危険な存在として位置づけ、排外主義や差別を正当化する
- フェミニズムの批判的視座は弱められ、国家・人種・性の境界を守る道具へと作り替えられる
- 極右女性の能動的側面:
- 保守的・反動的・ファシズム的な思想を積極的に引き受け、担い手として主体的に行動する女性も存在する
- 怒りや不満は男性中心の支配構造ではなく、移民・性的マイノリティ・宗教的マイノリティへと向けられる
- 既存の秩序の内部で、すでに周縁へと押しやられている人々を排除の対象とすることで自分の位置を相対的に確保しようとするエージェンシーが機能している
■ 8. 極右とフェミニズムの不幸な結婚
- 極右における女性への条件付き承認:
- 白人女性性、母性、家庭、教育、安全、子どもの保護を政治的資源として用いることで、共同体の「境界」を守る政治的アクターとして承認される
- 若い女性はアイデンティティ運動の象徴として、母親は道徳の番人として、女性政治家は国民の母として称揚される
- しかしその称揚は既存の性別秩序を揺るがさない限りでのみ認められる条件付きの承認に過ぎない
- 極右女性の置かれた矛盾:
- 他者を傷つける力を持つ一方、男性中心の秩序に監視され、役割から外れれば排除されうる不安定な立場に置かれている
- 極右の「女性化」は女性の解放を意味せず、フェミニズムの語彙が家父長制的・排外主義的秩序の維持のために取り込まれる過程に過ぎない
- 結論:
- 極右は女性を取り込み声を与え象徴として掲げることで、自らの運動をより穏健で近代的に見せようとする
- 認められるのは解放ではなく、管理された参加であり、女性は完全な主体として迎え入れられるわけではない
- フェミニズムの語彙を纏いながら差別と支配の秩序が生き延びる光景がそこにある