■ 1. 発端となった事件
- 中国の人気ダンスインフルエンサーカップル「藤短短」が、山梨県のローソン河口湖駅前店の入り口でダンス動画を撮影・投稿
- 日本のネット上で「迷惑行為」として非難が殺到
- 2人は「早朝撮影であり実質的な迷惑はかけていない」と弁明したが反発は収まらず、最終的に動画を削除
■ 2. 日中ネット上での論争
- この件をきっかけに、公共マナーと「自由」をめぐる論争が日中ネット上で発生
- 中国のネットユーザーの多数派の見解:
- 「日本は過剰なルールに縛られた不自由な国」
- 「政治批判の自由を除けば、中国のほうが日本よりはるかに自由」
■ 3. 日本人の「自由」観
- 日本人は「みんながルールを守ることが、誰もが安全で快適に暮らせる前提」というシステムへの信頼を長年培ってきた
- 「ルールがあるからこそ自由がある」:「自律すなわち自由」という考え方
- 「自分がやりたいことを、やりたいからやる」のは自由ではなく「放任」「無秩序」にすぎない
- 内面的な自律の成熟が経済発展のスピードに追い付いていない中国人にはこの概念が理解できないと筆者は指摘
■ 4. 政治批判の自由の重要性
- 「政治批判の自由を除けば中国のほうが自由」という主張は視野狭窄
- 政治批判の自由はすべての自由の土台:
- 経済の自由、移動の自由、信教の自由、学問の自由、知る権利、表現の自由はすべて政治批判の自由によって守られている
- 政治批判の自由がないために生じた事例:
- 塾など民間教育産業への突然の規制令
- アリババなど大手IT企業への巨額の罰金と締め付け
- ゼロコロナ政策時の理不尽なロックダウン(都市封鎖)
■ 5. 中国における「自由」の本質
- 中国の日常的な「活気」や「ルールの緩さ」は一見魅力的に映る
- しかしそれは「政府が今たまたま黙認しているだけ」の自由にすぎない
- 飼い主が機嫌よく放し飼いにしているときの飼い犬の自由に例えられる
- 自分の生活や人生を自分の意思でコントロールする自由が存在しない中国は、本質的には「究極の不自由」な社会