■ 1. アインシュタインを例に用いることの問題
- フェミニスト的言説として「女性に生まれたというだけで何人のアインシュタインが皿洗いをして一生を終えただろう」という表現が流通している
- アインシュタインは特許庁職員として主流のアカデミズムから外れた立場で相対性理論を執筆しており、「社会に埋もれさせられた才能」の例として逆説的な選択となっている
- ただし「例が悪い」という指摘は「フェミニズムの主張全体が誤っている」という結論を導かない
- 歴史的に女性が高等教育・職業選択・公的空間へのアクセスを制限されてきたことは事実であり、才能ある個人が機会を奪われた蓋然性は高い
■ 2. 歴史的事実を現代に無断で延長する手法
- フェミニズム言説に見られる構造的問題として、過去の抑圧の事実を現在形で語り、過去と現在の区別を意図的に曖昧にする手法がある
- 時代による制限の差異:
- 19世紀欧米・戦前日本においては、制限が法的・制度的なものとして明確に存在した
- 現代日本では法的な機会平等はかなりの程度達成されており、制度的障壁は明示的な形では存在しない
- 2018年に発覚した複数の医学部における女性受験生への組織的減点問題は、制度的排除が完全に過去のものではないことを示している
- 医学部減点問題の本質:
- 背景には外科・救急・産婦人科など負荷の高い診療科での当直体制維持困難という構造的問題がある
- 問題の核心は減点という行為そのものよりも、その不透明性にある
- 「当直の可否」を正面から問うことが誠実な対応であり、性別で一律に減点し隠蔽することは選抜基準の誠実さとして許容できない
- 基準は明示され、その理由の説明も伴わなければならない
■ 3. 管理職比率と選好の問題
- 管理職・役員における男女比率の格差は数字の上では存在するが、「差別の結果」か「選好の差の反映」かという問いが欠落している
- 理系進学率の男女差についても、純粋な選好の差なのか社会的誘導の結果なのかは実証的に決着していない
- 「やりたい人がやる」という原則の正当性:
- 選好に差があるとして、その意思を無視して結果の平等を求めることは個人の自律への侵害となりうる
- 意欲のない人間を数合わせで登用すれば組織のパフォーマンスが低下し、当人も不本意な立場に置かれる
■ 4. 機会の平等と結果の平等の混同
- 機会の平等と結果の平等は全く異なる概念である
- 各概念の定義:
- 機会の平等: スタートラインを揃えること。能力・意欲ある人間が性別・出身・家庭環境によって門前払いされない状態を目指すもので、リベラリズムの根幹として広く支持されてきた
- 結果の平等: ゴールを揃えること。プロセスや個人の選択の結果として生じた差異を外部から介入して均す発想
- 結果の平等を強制した歴史的事例:
- ソ連型計画経済はインセンティブを破壊し、才能の適切な配置を不可能にし、経済システムを機能不全に陥れた
- 文化大革命における知識人の強制的平等化は専門性と知的資本を組織的に破壊した
- 結果を強制的に均そうとすれば、基準の切り下げ・不適切な人材の登用・優秀な人間の離脱のいずれかが必ず生じる
- 現代的文脈として、女性管理職の比率を数値目標で求めると意欲のない人間の登用・評価基準の形骸化・優秀な男性の機会喪失が生じうる
- この区別は難しい概念ではなく、現代フェミニズムの論者の多くが知らないはずがないにもかかわらず意図的に曖昧にされている
■ 5. 運動の存続が目的化する構造的病理
- 社会運動が組織として大きくなると、問題の解決が目的から運動の存続が目的へと転倒する
- この構造的病理はフェミニズムに固有ではなく、あらゆる社会運動が陥りうるものである:
- 労働組合が労働者保護より組織維持を優先する
- 環境団体が環境改善より資金調達を優先する
- 人権団体が人権より特定政党との連携を優先する
- 目標のすり替えのメカニズム:
- 機会の平等がかなりの程度達成された時点で、運動は結果の平等へと目標をずらす
- 結果の平等は個人の選好が異なる以上、定義上完全には達成できない目標であり、永続する目標が永続する運動を保証する
- 概念の曖昧化の機能:
- 運動内部には機会平等を求める穏健派と結果平等を求める急進派が混在している
- 区別を明確にすれば内部対立が表面化するため、曖昧にすることで連帯が保たれる
- 知的誠実さより運動の維持を優先した結果として、概念が空洞化し主張が矛盾を孕んだまま拡張される
■ 6. 思想として向き合うための視座
- フェミニズムの本来の正当な問題意識は、歴史的に不当な制限を受けた人々の機会を回復するという目標にあった
- 法的・制度的障壁を取り除き、スタートラインを揃えるという機会平等の追求は今日においても正当性を失っていない
- 現在の問題として、正当な核心部分が運動の政治化と目標のすり替えによって侵食されている:
- 結果の平等という達成不可能な目標への執着
- 個人の選好を「社会的誘導の産物だ」と決めつけることで無効化する論法
- 機会平等と結果平等の意図的な混同
- 知的誠実さを保ちながら問題に向き合うための方向性:
- やりたい人がやれる環境を整えること
- 不透明な選抜基準を正直に開示すること
- 構造的な問題には構造から手を入れること
- この方向性は運動としての熱量を維持しにくいが、結果の平等という幻想を追いかけて社会全体の選好と自律を踏みにじるよりはるかに価値がある