■ 1. 「私」と「公共」をつなぐ公共訴訟の役割
- リチャード・ローティの「バザール(公共市場)」と「クラブ(会員制の私的空間)」という区別を援用し、公共訴訟は「私」と「公」をつなぐ回路として位置づけられる
- 日本では制度上、抽象的に制度や法律を訴えることはできず、実際に不利益を被った個人が原告として立たなければ訴訟を起こせない
- 原告は最初「私」として個人的な困りごとから出発するが、公共訴訟という形になる過程で使命感・責任感が増し、影響を受ける大勢の人を代表する公共的存在へと変容していく
■ 2. 公共訴訟の具体例: タトゥー彫り師の医師法違反事件
- 事件の経緯:
- 長い歴史と文化的背景を持つタトゥー(入れ墨)の彫り師が、ある日突然「医師法違反」(針を皮膚に刺す行為が医療行為に該当するという警察の解釈)として摘発された
- それまで生計を立て家族を養ってきた「なりわい」が突如として違法とされた
- 原告になることの困難:
- 本名・顔をさらして長期間(4〜5年)「被告人」の立場に置かれ続けることを覚悟しなければならない
- 世間からの誹謗中傷やバッシング、訴訟費用の調達など、個人の利益だけでは合理的に引き受けられない負担を伴う
- 原告となった彫り師は「自分のことだけなら闘えないが、今やらなければ将来の世代が困る」という使命感から決断した
■ 3. 「不受理」を経ることの意味と社会的誤解
- 日本の訴訟制度では「実際に不利益を被った」ことが原告となる条件であるため、訴訟提起の前提として申請や届出が不受理となるステップが必要となる
- 具体例:
- 同性婚訴訟: 戸籍上の同性同士が、不受理と知りながら婚姻届を提出しなければならない
- 立候補年齢引下げ訴訟: 年齢要件を満たさない人が、不受理と知りながら選挙管理委員会に立候補届を提出しなければならない
- 「窓口の業務を妨害している」「パフォーマンスだ」「業務妨害だ」というバッシングが生じるが、それはこの手続き上の必要性を理解していない批判である
- ローザ・パークスが当時の公的ルールに反して白人用バス席の明け渡しを拒否したように、「そもそもルールがおかしい」と訴えるためには、ルールに反する行動を取るしか方法がない場合がある
- 訴訟を起こすことで問題が「可視化」される効果もあり、例えば「18歳から投票できるのに25〜30歳にならないと立候補できない」という矛盾が、訴訟によって初めて広く認識されるようになった
■ 4. 公害訴訟: 公共訴訟の原点と日常的恩恵
- 大都市で今日の清潔な空気や海を享受できるのは、公害訴訟という公共訴訟の成果である
- 水俣病や四日市ぜんそくなど、大企業・国策事業がもたらした健康被害は、当初企業・国側によって「病気との因果関係はない」と否定された
- 因果関係の証明はすべて原告側に課せられ、圧倒的に非対称な闘いであったが、長い年月を経た原告の勝訴が現在の環境改善につながった
- 「公害」という語は、本来よい意味を持つ「公」が害をもたらす存在になり得ることを示しており、公共の仕組みが特定の人に害を与え、それを認めない・変えないという構造を象徴している
■ 5. 風俗営業法(風営法)とクラブNOON事件
- 大阪・中崎町近辺のクラブNOONが風営法違反(無許可営業)として摘発された(2012年頃)
- 風営法の成立背景:
- 1948年(昭和23年)、戦後混乱期に「客にダンスをさせる」ダンスホールが売春の温床となっていたことへの対応として制定された
- 当時の法的趣旨は現代のクラブとは全く異なる文脈に基づいている
- クラブへの適用の問題点:
- 風俗営業許可取得の要件(面積・学校からの距離・住宅街の禁止など)が厳しく、ほとんどのクラブは取得できる状況になかった
- 法廷では「当時フロアでどのように踊っていたか」を証人に詳細に問う審理が行われ、傍聴席から笑いが起きるほど実態と乖離した内容となった
- 結果として無罪判決が下され、現代のクラブダンスは戦後のダンスホール規制の対象とは異なるとの判断が示された
■ 6. 大阪における公共訴訟の系譜と精神
- 亀石氏が最初に公共訴訟と呼べる事件に出会ったのはNOON風営法事件であり、その後GPS違法捜査事件、タトゥー彫り師医師法違反事件と続く
- コロナ禍では、夜間クラブ運営やタトゥー業など「一部の人が問題視する業種」が持続化給付金の交付対象から除外されるなど、少数者の職業への差別的扱いが生じた
- 大阪の商人精神にある「お上に唯々諾々と従わない」気風が、公共訴訟のスピリットと共鳴するものとして言及されている