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貧困社会で広がる"脱成長マルクス"への違和感 「食わせろ」の前で環境は語れるか

要約:

■ 1. マルクス再評価の背景

  • ベルリンの壁崩壊により東側の崩壊がマルクスの誤りの証明として短絡的に解釈され、その人気は急落した
  • 冷戦後に教育を受けた世代は資本主義を外部から批判する視点を失い、資本主義の問題を「治療可能な一時的な病気」として捉えるようになった
  • 資本主義の外部に立てる最有力の理論がマルクスであり、それの消失により根本的な資本主義批判の発想自体が消えてしまった
  • 資本主義の矛盾が深まる中で「資本主義の病は資本主義の土俵の上だけでは治せない」との認識が再び台頭し、マルクスへの注目が復活している

■ 2. 現代のマルクス主義議論の論調

  • 近年のマルクス主義議論の主流はコモンズ(共有財)の再考に集中している
    • 斎藤幸平氏の『人新世の「資本論」』もコモンズの復興路線に基づく
    • 1980年代と比較してコモンズ的なものが解体し尽くされたことへの見直しという側面がある
  • SDGs、持続可能な社会、地球環境問題、脱成長とマルクス主義を結びつける議論が台頭している
    • これはオイルショック期に流行した文明の限界論、宇沢弘文的な議論との既視感のある発想が今風に装いを変えたものともいえる
  • 革命的に資本主義を転倒させるのではなく、社会主義を小出しに応用して資本主義を漸進的に修正する「修正資本主義」的な読み方が現代的なマルクス活用の形となっている

■ 3. 現代マルクスブームへの批判的視点

  • 環境・脱成長の文脈でマルクスを読む議論は、現実の生活苦に対してリアリティが乏しい
    • 生活保護支援の現場では、派遣労働者が解雇と同時に住居も失うという急速な転落が実際に起きている
    • 社宅付きの派遣労働の場合、解雇通知一枚で仕事と住まいを同時に失い、転落が極めて容易になっている
  • 格差が極限まで拡大した現状では、「食わせろ」という生存レベルの経済要求こそが先決であり、環境論や脱成長の訴えは響かない
  • 環境・コモンズ的な議論においてマルクスを持ち出す必然性自体が不明確という疑問もある
  • 持続可能な社会を作りましょうという訴えは、雇用の流動化が生み出した「労働者が簡単に捨てられる社会」や貧困の拡大という肝心の問題を焦点化できていない

■ 4. 貧困問題と社会的想像力の欠如

  • 子ども食堂など深刻な貧困が報道されるが、当事者以外には「人ごと」として受け取られている
  • 公害問題、米軍基地問題、大震災など、現場から距離があると他人事化する傾向は世の常である
  • 貧困は特定地域に集中する側面もあるが、本質的には地域問題よりも一般化しやすい階級問題である
  • かつては慈善・助け合いの限界から経済社会全体の問題へと発展させるマルクス主義的な社会的想像力が機能していた

■ 5. 歴史的反復構図と現代資本主義の変質

  • 歴史的経緯:
    • 明治から大正にかけて慈善活動からマルクス主義台頭へという流れが生まれた
    • 高度経済成長期と冷戦崩壊によって一旦リセットされた
    • 中間層の崩壊と貧富差の拡大により、同様の反復構図が現代に再現されている
  • 現代資本主義の変質:
    • 現代の資本主義は大量の優秀な労働者を必要とせず、かつてのような「全体的豊かさ」への熱情が失われている
    • 子どもを多く育てて貧富の差を縮めながら豊かさを広げるという熱情がもはや存在しない
  • 右肩上がりの経済成長期における一時的な施しはつなぎとして肯定的意義を持ったが、下降局面では「ごまかし」や延命治療に過ぎなくなる
  • 貧困支援活動の大物が既成の保守政党と協調するなど、悪い意味での福祉国家モデルへの回収が起きている
  • 現状は「ごまかし」で済むところを超えており、社会主義のより本格的な復権が必要との認識が示されている

■ 6. SDGsによる「ごまかし」の実態

  • 具体的事例:
    • ある不動産会社が区と一体となって公園の路上生活者を全員退去させ、その跡地に商業施設を再開発した
    • 当該会社はSDGsへの取り組みを標榜しながら、「2030年までに全ての人々への安全・安価な住宅確保」というSDG目標を自社サイトで黙殺している
  • SDGsが本業における倫理的問題に対する免罪符として機能している
    • パッケージとしてSDGsに取り組んでいれば、本業での問題行為が免責されるという構造になっている
    • 不動産会社にとって全ての人々の住まいへの取り組みがSDGs的に最重要の価値であるはずだが、そこを回避している
  • SDGsを利用して問題を「うまいこと」ごまかす構造が生まれており、これは現代における資本主義の「ごまかし」の典型例である