■ 1. 背景と本稿の射程
- 日本での法改正の動き:
- 売春防止法制定70年に当たり、法務省が有識者らによる検討会での議論を開始
- 今秋の臨時国会か来年の通常国会での法改正をめざしている
- 争点の1つは買春の犯罪化であり、SNSでも議論を呼んでいる
- 売春防止法の特殊な建付け:
- 売春行為は違法とされながら、売春者を処罰する法律はない
- 処罰対象は斡旋業といった売春に関わる周辺行為のみである
- セックスワーカーを処罰対象ではなく更生対象と捉えていたためとされる
- 売春の歴史的位置:
- 「世界最古の職業」と呼ばれるほど古くから人類社会とともにある
- 同時に宗教規範をはじめ支配的な社会規範から非難に晒され周縁化もされてきた
- 性規範の多様性:
- 性は私秘的でありながら、恋愛や家族といった特別な人間関係とも密接に関わる
- 社会的再生産とも直結し、宗教観や文化と交わりながら多様な性規範が形成されてきた
- 各国法制度の3類型:
- 違法(アメリカ、日本など)、合法(ドイツ、オランダなど)、非犯罪化(ニュージーランドなど)に大別される
- フェミニズム内部の対立:
- リベラル・フェミニズムは女性の性的自己決定権の観点から売春の自由を容認する
- ラディカル・フェミニズムは女性の客体化、性搾取、男女格差の観点から禁止を主張する
- 各潮流の中でも立場は一様ではない
- 本稿の主張:
- 売春は倫理的に許容され、法的に禁止する事に正当性はない
- かつての禁酒法と同様、売春禁止は市民の自由を侵害する過ぎた規制である
- 求められるのは合法化や非犯罪化であり、法的立場や権利の保証による境遇改善に繋がる
- 主張の限定性:
- 主張は法的禁止に正当な根拠がない事と、苦痛量を低減させるのは合法化ないし非犯罪化である事の2点
- 売春を賞賛するものでも推奨するものでもなく、付随する価値評価については中立の立場を取る
- 合法化と非犯罪化の選択:
- どちらがより適切かまでは議論を進めていない
- 合法化は合法売春の待遇を改善する一方、公認されない闇売春の地下化を伴い待遇が劣悪になる傾向がある
- 総苦痛量の減少に繋がるためどちらかといえば非犯罪化を支持するが、判断は実証データによるべきである
■ 2. 議論の前提
- 検討対象の定義:
- 理性的な成人同士の間でお互いの合意の元に、金銭と引き換えに性交渉を行う事を対象とする
- まず抽象的に売春という行為それ自体の道徳的是非を論じ、原理原則を見出して実社会への適用を検討する
- 先行研究の位置:
- 分析応用倫理学で最初に大々的に正面から売春を分析したのはEricsson(1980)と思われる
- フェミニズムにおける性市場の哲学的議論の概観はShrage(2025)のSEP記事にまとまっている
- 外在的要素の分離:
- 犯罪化による地下化や社会的スティグマは売春を内在的に構成する要素ではない
- よって売春それ自体の倫理的妥当性の検討においては一旦脇に置く
- 全ての売春の容認ではない:
- 人身売買による強制的な売春や未成年による売春は前提条件に当てはまらず許容されない
- 農作業自体は許容されても、奴隷制による強制労働や児童労働による農作業は許容されないのと同じである
- 許容性の定義:
- 法的・社会的にその行為を禁止するに足る、十分に強固な正当な理由がない事を指す
- 殺人や暴行、窃盗や詐欺にはその理由があるが、売春それ自体にはない
- 道徳的賞賛ないし非難に値するかは別として、個人の自由を尊重する以上認めざるを得ないという事である
- 許容と道徳的評価の区別:
- まだ着られる服を寄付せず捨てる事は誉れることではないが、自由の尊重や所有権の観点から許容される
- 同様に売春が道徳的に誉れることでなくとも、自由の尊重や自己所有権保護の観点から社会的には許容される
■ 3. 自由の擁護
- 自由主義からの導出:
- 周囲に危害を加えるなどの強い制限事由がない限り、個人の自由は最大限に尊重されるべきである
- ある考えや行為が大多数にとって気に食わないものであっても、この原則は変わらない
- 金銭授受の追加という論点:
- 成人同士が合意の元に性交渉を行う事は許容される、そうでなければ性行為自体が許容されない事になる
- 許容される行為に金銭の授受が追加された途端になぜ許容されなくなるのかを禁止論者は説明する必要がある
- 物理的性質の不変:
- 金銭のやり取りが発生しても行為の物理的性質は一切変わらず、新たに危害を生む物理的現象は発生しない
- 心理的不快感は自由主義社会において個人の自由を制限する理由にはならない
- 他の営みとの類比:
- 絵を描く事も描いた絵を売る事も許容され、マッサージも代金の受領も許容される
- 家を建てる事もサッカーをする事も、報酬を伴っても許容される
- 許容される行為に金銭取引を追加する事は圧倒的大多数で許容されており、例外を主張する側に挙証責任がある
- 金銭取引が問題となる事例の分析:
- 殺し屋稼業が許容されないのは、金銭取引以前にそもそも人殺しが許容されないからである
- 奴隷売買が間違っているのは、人身売買以前に人間を支配する事自体が間違っているからである
- 票の売買の禁止は、それが政治的平等や1人1票という民主主義の制度自体を損なうからである
- 売春との相違:
- 売春における性行為はそもそも倫理的に問題のある行為ではなく、根本的な制度破壊も伴わない
- 自由を制限するならそれ相応の強い根拠を示す必要があるが、そのような根拠はない
■ 4. 危害の内在性と外在性
- 危害の性質の区別:
- 危害がその行為に内在的・必然的に存在するのか、偶然的に外在的に相関するのかを区別する必要がある
- 後者の場合はどれほどその相関が強いのかを見極める必要がある
- 苦境の主因は外在的要素:
- 犯罪化・地下化に伴う疎外や排除、貧困、法的保護の不在が挙げられる
- 斡旋業者による搾取的な中抜き、過酷な労働条件、顧客や斡旋業者の暴力といった危険な労働環境も要因である
- 公的福祉・行政サービスや警察へのアクセスの難しさ、社会的スティグマも要因である
- 対処の方向:
- 苦しみを軽減するなら法的禁止をやめ、合法化や非犯罪化で社会的地位と法的権利を保障すべきである
- 社会に存在する貧困自体の解消も求められる
- 暴行への対応:
- 顧客による暴行は端的に暴行罪であり逮捕されるべきだが、売春が非合法だと警察に頼りづらくなる
- 抑止のために暴力団といった犯罪組織が風俗店のバックについている事はよくある
- 犯罪化を改めて警察に頼る障壁を下げ、雇用主や産業が安全な職場環境を整備すべきである
- 搾取への制度的対応:
- セックスワーカーの立場の弱さが雇用主による搾取や過酷使役を可能にしている
- 権利の保障や法的保護、司法へのアクセス、労働法の整備、団体交渉により改善されるべきである
- 身体的・心理的負荷という反論:
- 格闘家をはじめとするスポーツ選手や鳶職は身体的損傷のリスクを伴うが禁止されない
- カウンセラーや救命士は高い心理的負荷を伴うが禁止されない
- 求められるのは労働者の安全を確保する適切なレギュレーションによる制限と介入であり一律禁止ではない
- リスク閾値の恣意性:
- 外在的危害要因を改善した後に売春が他職業より明らかにリスクが高いかは実証的に自明ではない
- 自由を制限するに足る閾値を超えているとする場合、その閾値設定が恣意的でない根拠が明らかでない
- 裸体と感情労働:
- 裸を晒す行為はヌードモデルや俳優の演技において許容されている
- 私的空間で裸を晒す事は同意の元であれば問題がない
- 性的関心を偽る事も俳優において許容され、多くの接客業は現に感情や立ち振る舞いを繕っている
- 望まない労働という反論:
- 多くの職業で従業者が100%納得して労働しているかは疑わしく、必要に迫られている場合が多い
- 嫌々やっている事をもって仕事を禁止するなら殆どの仕事が禁止されてしまう
- 強制売春の位置づけ:
- 人身売買や借金による強制はそれ自体が問題であり、農業であっても同様に問題になる
- 現状の問題の承認:
- 現行の売春が多大な苦痛を生む産業構造になっており、現に苦しんでいるセックスワーカーがいる事は否定しない
- それらの苦しみは犯罪化を中心とした社会的環境によって外在的に引き起こされている
■ 5. 危害との不可分性への反駁
- 想定される反論:
- 父権主義や男女格差を踏まえれば売春産業は外在的な害と不可分であり、害の最小化は禁止であるという主張
- 容認派は空理空論で現実社会の複雑さと無惨さを理解していないという批判である
- 挙証責任の所在:
- 自由に基づく擁護が正しい以上、原理原則として売春の自由の尊重が先行・優先される
- 不可分に害と結びついているが故に制限せざるを得ないとするなら、その実証的・因果的挙証責任は禁止論者側にある
- 害の非必然性:
- 成人同士が同意の上で性交渉をし金銭的取引が発生する事に外在的な害が伴わないのは論理的に可能である
- 人身売買でない事、強制でない事、他の生活手段が選択可能な事、労働の権利が保障される事も論理的に可能である
- 現実的な拒否権の保証、警察、医療、弁護士への容易なアクセスも同様に可能である
- 社会改革の現実性:
- 法律を変える事は当然でき、現に合法化や非犯罪化された国々は存在する
- 法整備により法的権利や保護が保証され、社会的スティグマの解消にも寄与する
- 同性愛のアナロジー:
- Moen(2014)は歴史的に禁忌として禁止された同性愛をアナロジーとして説明している
- 同性愛者の差別や苦痛、自殺率の高さは同性愛に内在するのではなく外在的・社会的に引き起こされている
- 現に苦しんでいる以上その元となる同性愛を禁止すべきだ、という結論には当然ならない
- 取り組まれるべきは同性婚容認といった法的・社会的変革である
- 同性婚を認めた国々では状況は確実に改善し、大衆文化での表象も増え、社会的理解の機運も高まっている
- 売春への適用:
- 取り組まれるべきは外在的・社会的害を軽減する社会変革であり、思考停止・現状追認の売春禁止ではない
- Moen(2014)の位置づけ:
- 「売春は危害を生む」という8つの論証を取り上げ、それぞれについての反証を展開している
- そこでの議論とリアクションペーパーによる応答は売春の危害の議論を理解する上で参考となる
- 危害についての整理:
- 売春に伴う苦痛は大部分で外在的・偶然的に発生しており、必然的・内在的に伴うものではない
- 外在的要因は犯罪化による法的保護やレギュレーション整備の不在に起因し、社会制度変革により対処可能である
- 不特定多数との性交渉に伴う身体的・心理的リスクは他職業と本質的に相違なく、一律禁止を正当化しない
- 禁止による害の最小化への疑義:
- 売春の一律違法化や今回議論となっている買春の違法化が本当に危害を最小化するのかは実証的に不明である
- 一律禁止は売春の地下化を招きセックスワーカーをより苦境に陥れるとする実証的研究もある
- 売春への参入を抑制し総数を減らす抑止的効果はあり得るが、その分苦境を悪化させるようでもある
■ 6. 売春例外論の検討
- 売春の独自性:
- 他の労働や売買と違い売春だけの禁止に固執するなら、残る独自性はおおよそ性器の使用と性行為くらいである
- 同意に基づく性行為が認められる以上、なぜ金銭取引を介した場合に禁止されるのかを説明する必要がある
- 「性行為の哲学」による禁止論:
- 生殖器の触れ合いという最低限の物理的説明を超え、性行為はこうあるべきだという規範的定義を打ち出す方向性
- 参加者同士の関係性や心理的態度、行為の意味付けや価値に関わるものと考えられる
- その理論的コスト:
- 賛否両論を呼ぶ「性行為とは何であるか」の理論を打ち出し、それが正しい事を論証しなければならない
- 性に対する態度や価値観は多様であり、打ち出される哲学は一個人の主観でしかない
- 説得的だと思わない人々には売春禁止を納得させられない
- 売春が性行為でないとする場合の困難:
- 重い理論から導かれる反直感的結論であるだけでなく、売春が一体どういう行為なのかを説明する必要がある
- その性行為ではない何かがなぜ倫理的に問題なのかも説明しなければならない
- 「本来あるべき性行為」でないとする場合の困難:
- 何をもってそうなのかを説明し、それがなぜ禁止すべき事なのかも説明しないといけない
- 友情の類比:
- 友情は金で買えず、買った時点でそれは最早友情ではないとされる
- 仮に性愛も同様だとしても、金で友情を買うサービス自体を倫理的に禁止するに足る理由はない
- 一定時間友達の振りをしてもらう事は当事者同士の自由の行使と合意の範疇である
- 売春が性愛を損ない褒めるに値しないとしても、自由の行使の範囲内であり禁止に足る理由はない
- そもそも売春は性愛すら取引しておらず性行為しか取引していないとも言える
- 「性愛の哲学」の限界:
- 売春が性愛という制度を損なうと主張するには、その哲学の普遍的正しさを根拠づける必要がある
- さらにその規範が個人の自由を束縛する程の強制力を正当化できる事を論証しなければならない
- 性愛への向き合い方も多様であり、単なる性規範の押し付けになるのが関の山である
- 非難と禁止の区別:
- 売春が良くない性愛であるとする事と、一律法的禁止とする事の間には大きなギャップがある
- 意地悪な性格は倫理的非難に値するが、それによって逮捕されるべきではない
- 嘘をつく事は多くの場合倫理的に間違っているが、偽証罪や詐欺などを除いて法的には罰せられない
- クラシック愛好家にジャズが醜悪に思えても、それがジャズを禁止する理由にはならない
- 売春が価値観に反し道徳的非難に値すると考える事と、倫理的・法的に禁止できないとする事は両立する
- 性器へのアクセスの売買:
- 我々は身体を使ったサービスの提供を既に許容しており、肉体労働全般やマッサージ、格闘技がそうである
- 自己保有する身体の一部である性器の使用や接触だけがなぜ禁止されるのかは不明である
- 身体の「使用」の類比:
- プロのヘアモデルは髪の毛を美容師に触られ、モデルや練習台に使われる事を許容している
- Nussbaum(1998)の例では、前立腺治療の研究のため報酬と引き換えに医師に前立腺を調べさせる行為が挙げられる
- それは身体の一部を使用させる行為であり性行為以上に物理的侵食性すらあるが、倫理的にも法的にも問題がない
- 「性は特別」という主張への要求:
- 性は神聖であるといった言いっぱなしではなく、なぜそう言えるのかを説明する必要がある
- そのような直感や嫌悪感は文化的・社会的に調整された嗜好でしかない
- その選好に則って自らは売春に関与しない自由はあるが、他者の自由を制限する根拠にはなり得ない
■ 7. 性的自律と権利放棄の3区分
- 性の特別性の所在:
- 性はある意味で特別であり、それは性的自律というものが非常に重要である点にある
- 禁止論者の真の懸念:
- 金銭というインセンティブ構造による同意が、本来保護されるべき性的自律を侵害していないかという論点である
- 金によって本来はしたくない性交渉をしている状態は性的自律に反するのではないかという懸念である
- 通常の仕事との対比:
- 金目的で嫌々、しかし自発的に証券会社で働く事自体は許容される
- セックスワークを他の仕事と同列に捉えるなら、金目的で嫌々行う事も許容される事になる
- これは「セックスワーク・イズ・ワーク」の議論とも関わる
- セックスワークの位置づけ:
- 多くの面で他の仕事と同じであり、同様の法的保護を受けられるべきである
- 同時に性的自律を尊重しなければならないため完全には同列でなく、性的自律を尊重する制度設計が要請される
- Andersonの批判:
- ラディカル・フェミニズムの立場から、性的自律の重要性を理由に売春の合法化を批判する
- 職務内容が再定義され性的な業務を含む可能性、性的労働の能力がある人に福祉が拒否される可能性を挙げる
- 性的サービスを含む契約が法的拘束力を持ち、裁判所が執行を求められる可能性を挙げる
- 企業が従業員の性的行為を監視する可能性、従事者が顧客受け入れで差別禁止基準の遵守を求められる可能性を挙げる
- 政府が従事者の健康状態を検査し、勤務外での危険な性的行動を禁止する可能性を挙げる
- 企業が「性を買うこと」への偏見を変えるため積極的マーケティングを行う可能性を挙げる
- 学校が生徒に性産業で働く選択肢について進路指導や助言を行わなければならなくなる可能性を挙げる
- リストの論点:
- Anderson自身は合法化により実際にそうなるとは考えづらいとし、現に合法化された国々でも生じていない
- 理論上は許容されうるという点が論点であり、多くの人々はそのような社会を許容し難いと直感する
- 性的自律の定義:
- 自らの性や性行動、性関係について自らの意思で自由に主体的に決定し、最終決定権を持つ状態を指す
- Andersonはリストの状況が性的自律を著しく侵害するが故に許容し難いと考える
- よって売春も性的自律を侵害ないし脅かす行為として禁止されるべきだと主張する
- Libertoの反論:
- Feinbergの権利論に着想を得て権利放棄には3種類あるとし、Andersonの推論はその区分の無視による誤謬とする
- 弱い権利放棄:
- 一時的に権利放棄を選択しているが権利保有者である事は変わらず、任意のタイミングで差し戻せる状態である
- 自宅に客人を招く状況に例えられ、家主はいつでも客人を追い出せる権利を有している
- 強い権利放棄:
- 一定期間の権利譲渡をしている状態であり、家をリースする状況に例えられる
- 契約が遵守されている限り、リース主はその家を好きにはできない
- 権利の完全放棄:
- 権利自体を完全に失った状態であり、家の売却に例えられる
- Libertoの帰結:
- 売春容認派が容認しているのは性的自律における「弱い権利放棄」でしかない
- 「弱い権利放棄」はむしろ性的自律の行使の一環であり、性的自律を脅かすものではない
- よって性的自律の保護を理由に売春を禁止すべきというAndersonの主張は成り立たない
- そもそも性行為を可能にするのも「弱い権利放棄」であり、いつでもアクセスを絶つ権利を保有している
■ 8. 許容される売春の条件
- 許容される売春の形式:
- セックスワーカーが自らの意思で性交渉相手を選別でき、いつでも性交渉を中断できる自由を持つ形式である
- 報酬は性交渉成立時のみ支払う後払い形式か、前払いの場合は中断による払い戻し対応となる
- 顧客は中断に際して性交渉の義務を要請できず、性交渉を受ける権利も有さない
- 斡旋業者への規制:
- 売春相手を取り決め斡旋する業者はセックスワーカーの性的自律を脅かす可能性があり、規制の必要があり得る
- 議論の本質の転換:
- 売春自体が禁止されるか許容されるかではなく、どのような売春が許容されるのかが本来の議論の本質である
- 他の仕事との決定的差異:
- セックスワークは「強い権利放棄」が認められず「弱い権利放棄」までしか認められない
- 多くの仕事が「強い権利放棄」を認める限りにおいて、セックスワークは一線を画す特殊な仕事である
- Andersonのリストを他の仕事に置き換えた途端に許容性が認められる事がその証左である
- 置き換えた場合の例:
- 職務内容がコンピュータ作業を含むよう再定義される事や、家を貸す契約が司法により執行される事は許容される
- 顧客対応の監視、保険代理店への差別禁止基準の適用、看護師の健康状態検査も許容される
- 出会い系アプリへの偏見を変えるマーケティングや、介護職への進路指導も許容される
- 構造的・非人格的な侵害:
- 特定の行為者による侵害だけでなく、構造的・非人格的な性的自律の侵害もあり得る
- 経済的苦境により売春以外に生活の収入を確保できない状況での従事がこれに当たる
- 誰の強制でもないが生活の必要に迫られ実質的に強いられており、性的自律の行使に基づかない
- 買春の倫理的評価:
- 他の選択肢があれば売春をしたくないセックスワーカーは性的自律を行使できていない
- そのようなセックスワーカーを相手に買春する事は性的自律の尊重に反し倫理的に許容されない
- 他職業との違いの帰結:
- 「強い権利放棄」が認められる多くの仕事では、望まない仕事が唯一の生活手段であっても許容される
- 売春においては性的自律の尊重が重要なため許容されない
- 他の選択肢があっても売春を選択する人の場合は、唯一の生活手段であっても理論的には侵害に当たらない
- 求められる対応:
- 望まない売春を強いられている場合、要請されるのは買春ではなく慈悲の義務や行政保護へのアクセスである
- ひいては社会における貧困解消がそもそも求められている
- 現行の性風俗産業の問題:
- 法律で禁止されているため周縁化、地下化、疎外、法的保護の不在、労働法の不適用が生じている
- 警察や司法や公共サービスへのアクセス障壁がセックスワーカーを苦境に陥れている
- 風俗店等に勤務するセックスワーカーには性交相手を拒否できる実質的、現実的権利がない
- 対価に対して性交渉を同意できる相手かというセックスワーカー側の自律が尊重されなければならない
- 貧困や借金、障がいにより望まずセックスワークを選ばざるを得ない状況は性的自律の侵害であり福祉の介入を要する
■ 9. ラディカル・フェミニズムとの異同
- 合意点:
- 現行の売春産業が男性優位であり、女性蔑視的な価値構造の下にある事は認める
- 現行の性産業が父権社会的で男性中心であるという問題意識には大部分で同意する
- ハリウッド映画の類比:
- Gauthierの例では、黒人やアジア人が偏見に満ちたステレオティピカルな表象をされてきた
- そのような表象は蔑視であり差別であり問題であった
- しかしそれをもって映画産業における表象や出演自体を禁止すべきだとは当然ならない
- 徹底的に批判されるべきはあくまで偏見的・差別的な表象である
- 相違点:
- 売春においても女性蔑視的、男性中心的な表象や消費が批判されるべきであり改革が必要である
- それをもって売春自体を禁止するというのは飛躍である
- それらは売春に内在する要素ではなく外在的・社会的要素であり、父権社会の問題として別途取り組まれるべきである
■ 10. 結論
- 禁止根拠の不在:
- 売春が倫理的に間違っている、禁止されるべきであると思うなら相応の根拠を提示しなければならない
- よくよく考えてみるとそのような根拠は見当たらない
- 求められる制度:
- ごく一般的な個人の自由の尊重から、売春を禁止するに足る十分な理由は存在しない
- 故に売春に対する法的な一律禁止は正当化できない
- 合法化ないし非犯罪化により外在的・社会的障害を取り払い、売春に伴う苦痛量を最小化すべきである
- 許容される売春の条件:
- 売春相手の選定と性交渉の中断についての最終決定権をセックスワーカー自身が常に保持・行使している事
- 売春以外の生活手段が現実的に選択可能でありながらも売春を選択した場合である
- 人身売買や貧困によるやむを得ない売春は性的自律を侵害するため許容されない
■ 1. 全体評価
- 分析哲学の作法に沿った体裁:
- 主張の射程を明示し、想定反論を列挙して応答する姿勢は評価できる
- 参照文献はEricsson、Anderson、Liberto、Moen、Nussbaum、Gauthier、SEPと当該論争の一次文献を押さえている
- 論証中核の循環:
- 論証の中核をなす内在/外在の区別に判定基準が与えられていない
- 実質的には対象の定義によって害を外在側に振り分ける構造であり、循環論法の疑いを免れない
- 前半と後半の転回:
- 第3〜6章で性は特別ではないと論じ、第7章で性的自律は特別に重要であると転回している
- 前半の類比論証の大半が著者自身の後半の主張によって無効化されている
- 最大の欠陥は無出典:
- 苦境の主因は外在的である、一律禁止は地下化を招くという負荷の大きい経験的主張が完全に無出典である
- 参照文献リストに実証研究が一件も含まれていない
■ 2. 内在/外在の判定基準の不在
- 論証全体の依存点:
- 売春それ自体に内在的な害はなく害は外在的であるという一点に本稿の論証全体が依存している
- どの要素を内在、どの要素を外在と判定するかの基準が最後まで示されない
- 定義による害の配分:
- 検討対象を理性的な成人同士の合意に基づく金銭と引き換えの性交渉と定義している
- 犯罪化、スティグマ、貧困、斡旋業者を分析上脇に置くと宣言している
- この手続きにより害があらかじめ外在側に配分されることが定義上保証される
- 結論に都合の良い前提選択:
- 循環論法の構造を持つ
- 農作業と奴隷制の類比は手続きの正当性を説明せず、同じ手続きが恣意的に適用されうることの例示にとどまる
- 著者自身による自己矛盾:
- 第4章から第5章にかけて内在的な害はないと述べた直後に、不特定多数との性交渉に伴う身体的、心理的リスクはあり得ると認めている
- 当該リスクは行為それ自体から生じるため、著者の定義に従えば内在的な害である
- 内在的な害はないという命題と行為由来のリスクはあるという命題は両立せず、端的な自己矛盾である
- 論点のすり替え:
- 他の職業と本質的に相違ないという続きは内在性の否定ではない
- 内在的害の存在を認めた上でその程度を比較する別の論点へのすり替えである
■ 3. 金銭の追加は何も変えない論証の自壊
- 第3章の中心的論証:
- 合意ある性交渉に金銭授受が加わっても一連の行為の物理的性質は一切変わらないため新たな危害は発生しないという構成
- 危害の物理的還元:
- 著者は他の箇所で心理的負荷や性的自律の侵害を道徳的に重要な害として扱っており、この還元は自説と整合しない
- 物理的性質が不変であることは規範的性質が不変であることを何ら含意しない
- 後半の自説による取り消し:
- 第7章で金銭というインセンティブ構造による同意が性的自律を侵害していないかという論点を正面から受け止めている
- 貧困下の売春については金銭が同意の質を損なうと認めている
- 金銭が同意の質を左右しうるのであれば、金銭の追加は何も変えないは偽である
- 票の売買のダブルスタンダード:
- 票の売買が禁止される理由を民主主義という制度自体を損なうことに求めている
- これは物理的性質を変えず金銭の介在のみによって行為が不許容になる事例であり、著者の一般則の反例である
- 売春は性愛という制度を損なうという同型の制度論は第6章で理論的コストが高いとして退けられている
- 制度への言及を自説に有利な場面では禁止根拠として認め、不利な場面では退けるのは一貫性を欠く
■ 4. 挙証責任の一方的配分
- 反対論者への挙証責任の転嫁:
- そう主張する側に挙証責任がある、実証的、因果的挙証責任は禁止論者側にあると明言される
- 挙証責任の配分自体が争点を含む実質的な主張であり、自由主義の枠組みを所与とすることで成立している
- 自由主義の無擁護:
- 著者は自由主義の原則を前提として提示するのみで、それを擁護する論証を行っていない
- 共同体主義、完全主義、カント的な道具化批判、ラディカル・フェミニズムはいずれも配分そのものを争う
- 配分を宣言によって確定させる手続きは論点先取に近い
- 無知に訴える論証:
- 根拠はないように思える、根拠は見当たらないという形で、根拠を発見できなかったことを不存在の証拠として扱っている
- 結論部でも同じ形式が反復され、修辞的な断定が論証の代替として機能している
- 当然の一語による処理:
- 心理的不快感は自由主義社会において個人の自由を制限する理由に当然ならないという記述も同様である
- 危害原則において何が危害に数えられるかはFeinberg以来の主要論点である
- Libertoを通じてFeinbergを援用しておきながら、この点を当然の一語で処理している
■ 5. 経験的主張の無出典
- 要所に置かれた無出典の実証言及:
- 様々な実証データで明らかになっている、一律禁止は売春の地下化を招きセックスワーカーをより苦境に陥れているとする実証的研究もあるという記述が論証の要所に置かれている
- 研究名、著者、対象国、年、数値のいずれも示されていない
- 参照文献リストはEthics、Journal of Medical Ethics、Hypatia、The Journal of Legal Studies、SEPの哲学文献のみで構成され、実証研究は一件も含まれない
- 挙証責任配分との結合による二重基準:
- 反対論者には実証的、因果的挙証責任を課す一方、自説の経験的前提は無出典の一般的言及で済ませている
- 売春に伴う全体苦痛量を低減させるのは合法化ないし非犯罪化であるという第二の主張は純粋に経験的であり、実質的に無根拠のまま提示されている
- 留保と断定の位置の食い違い:
- 脚注2では合法化と非犯罪化のどちらが適切かは実証データにより判断されるべきとし、非犯罪化支持を思われるという推測にとどめている
- 本文冒頭では同じ命題が本稿の二本柱の一方として断定的に提示される
- 結論部の断定は提示された証拠を超えている
- 展開されない自己批判の材料:
- 合法化が闇売春の地下化を伴うという脚注2の指摘は、禁止が地下化を招くという著者の因果図式を複雑化させる材料である
- 本文ではこの点が展開されない
■ 6. 性の特別性をめぐる転回
- 立場の反転:
- 第6章まで性は特別だという直感を文化的、社会的に調整された嗜好でしかないと退けている
- 同章末で性はある意味で特別であり、それは性的自律が非常に重要である点にあると立場を転回している
- 自説へのdebunking論法の不適用:
- 売春への嫌悪感が文化的に調整された嗜好に還元されるのであれば、性的自律を他の自律より重く扱う直感が同じ還元を免れる理由が示されなければならない
- 本稿にその説明はなく、自己の立場への無自覚な偏りであり論証の対称性を欠く
- 前半の類比論証の失効:
- 絵画、マッサージ、建築、サッカー、ヌードモデル、俳優、ヘアモデル、前立腺検査の列挙は性が他の営みと同様であることを支えるために動員された
- 著者自身が最終的に性の例外性を認めるため、これらの類比は結論を支えきれない
- 不完全な帰納:
- 列挙は金銭取引が問題にならない事例のみを集めたものである
- 争点が性が例外であるかである以上、非例外事例の枚挙は不完全な帰納にとどまる
■ 7. 許容性概念の多義性
- 定義の提示:
- 許容性を法的、社会的にその行為を禁止するに足る十分に強固な正当な理由がないことと明示的に定義した点は評価できる
- しかし以後この定義が保たれていない
- 定義代入による結論の反転:
- 貧困等により他の選択肢がない相手への買春を性的自律の尊重に反しており倫理に許容されないと述べている
- 定義を代入すれば、当該買春には禁止するに足る十分に強固な正当な理由があるという意味になる
- 本稿は自らの定義に従う限り一定範囲の買春の禁止を支持する結論を導いており、禁止論を退けるという立て付けと正面から衝突する
- 倫理的非難と解した場合の瑕疵:
- 倫理的非難の意味で許容されないを用いているのであれば、第6章で自ら強調した倫理的非難と法的禁止の隔たりに照らして用語の使い分けが必要である
- その区別が明示されておらず、いずれの解釈を採っても瑕疵は残る
- 多義語の濫用が実質的な結論の矛盾を生んでいる
- 判別不能な解釈:
- 禁止すべきでないと考えつつ非難のみを述べているという解釈も可能ではあるが、文章中の記述からは判別できない
■ 8. Liberto の3区分の適用の粗さ
- 本稿で最も切れ味のある部分:
- Feinberg由来の権利放棄の3区分である弱い放棄、強い放棄、完全放棄の導入は有効である
- Andersonの事例リストを他職業に置き換えて対比させる操作は、セックスワークの特異性は強い権利放棄を認めない点にあるという命題を明快に示している
- 項目ごとの検討の欠如:
- Andersonの8項目のうち、性的労働の能力がある者への福祉の拒否と学校による性産業への進路指導は購入者への性的自律の譲渡を含まない
- これらは国家による圧力の問題であり、弱い放棄の枠内でも生じうる
- 3区分を8項目に一括適用してAndersonの主張が成り立たなくなると結論しており、反駁は不完全である
- 理想化された定義への依存:
- 著者自身が現行の風俗店では性交相手を拒否できる実質的、現実的権利がないと記述している
- これは市場化された売春が構造的に強い権利放棄へ傾く傾向を示す観察である
- 売春は弱い権利放棄しか要請しないという命題が理想化された定義についてのみ真であることを著者自身が示しており、論点1の循環構造が再現している
■ 9. ラディカル・フェミニズム批判の藁人形
- 主張の置き換え:
- ラディカル・フェミニズムの主張を女性蔑視的、男性中心的な表象や消費の問題として要約し、Gauthier経由でハリウッド映画における人種的マイノリティの表象と類比している
- 中心的な論証は表象の偏りではなく、性の商品化という取引それ自体が女性の従属を構成するという主張である
- 前者に置き換えて反駁しており、相手の主張の歪曲に当たる
- 出典の偏りと選択的な論敵設定:
- ラディカル・フェミニズム側からはAndersonのみが取り上げられ、性の商品化を論じる系譜は本文で検討されない
- 冒頭で朝日新聞の連載と上野千鶴子氏のインタビューに言及しながら、その内容に一度も応答していない
- 争点設定としても不均衡である
- ハリウッドの類比の不整合:
- 当該類比は表象を改めるべきであり出演を禁止すべきではないという構造を持つ
- ラディカル・フェミニズムの主張が取引の構成的性質にあるならば、対応するのは出演の是非ではなく取引の是非であり、類比は争点をずらしている
■ 10. 同性愛アナロジーの射程
- 有効な範囲:
- Moen(2014)に依拠する同性愛の類比は、現に害が生じていることから当該行為の禁止を導く推論形式の不当性を示す点では有効である
- この限りで本稿の応答は成功している
- 射程の限定:
- 同性愛には対価を支払う相手方、雇用主、斡旋業者、産業構造が存在しない
- ラディカル・フェミニズムや買春犯罪化論が問題視するのは市場と第三者の行為であり、当該類比はこの部分に届かない
- 売春についても同様にという一般化には類比の非対称性を埋める論証が必要である
- 議論の外部化:
- Moenが8つの論証に反証したことを紹介し参考となるとして内容を示さない処理は、最も負荷の高い危害の論点における議論の外部化である
- 権威への依拠に接近している
- 文献リストにあるAnderson(2014)、McDougall(2014)、Westin(2014)というMoenへの批判論文の内容も本文では検討されない
■ 11. 許容条件と政策結論の乖離
- 提示された許容条件:
- 相手の選定権、性交渉の中断についての最終決定権の常時保持、売春以外の生活手段が現実的に選択可能であることの三点である
- 条件は厳しく、現実の売春のうちどの程度が該当するかについて一切の見積もりが示されない
- 理想形と政策結論の距離:
- 著者は現行の風俗産業が性的自律を保障できておらず拒否権が実質的に存在しないと自ら記述している
- 現実の売春の大半が許容条件を満たさないのであれば、理想形は許容されるから一律禁止は正当化できないへの距離は想定より大きい
- 制度の比較は経験的問題であり、著者自身がその点は実証的に不明だと認めている
- 自説が買春規制を支持しうる可能性:
- 貧困による選択肢の不在が性的自律の侵害であり、そのような相手への買春が許容されないのであれば、需要側への介入を選ぶ制度設計は著者の前提から導出可能である
- 本稿はこの可能性を検討せず、買春の犯罪化を効果が不明な措置として退けるにとどまる
- 自説が反対側の政策を支持しうる点への無自覚は論証の網羅性における重大な欠落である
- 許容条件の運用可能性の欠如:
- 買春者が相手の経済状況や他の選択肢があれば売春をしたくないかという反実仮想的な選好を知る手段は示されない
- 他の選択肢があっても売春を選択する人であれば唯一の生活手段であっても侵害に当たらないという判定は観察不可能な内的傾向に許容性を依存させており、検証可能性を欠く
- 立法判断への接続の欠落:
- 結論は日本の法改正論議に向けられているが、脚注1で著者は法律の門外漢であることを自認している
- 本文では日本の売春産業の実態、売春防止法の運用、支援法制の変遷のいずれも扱われない
- 門外漢であることの開示は誠実だが、開示は論証の欠落を埋めない
■ 12. 望まない労働論の反転
- 第4章の反論却下:
- 多くの職業が必要に迫られた不本意な労働であることを指摘している
- 嫌々やっていることを理由に仕事を禁止するなら殆どの仕事が禁止されてしまうとして当該反論を退けている
- 最終部での自己撤回:
- 貧困により他の選択肢がなく本人が望まない売春は性的自律の侵害であり許容されないと結論している
- これは第4章で退けたはずの構図そのものである
- 性的自律の特別性によって架橋しようとしているが、第4章の記述は反論一般の却下として提示されており、後に自ら採用する論点を含んでいたことへの言及がない
- 論述の順序として前半の断定が後半で実質的に撤回される構造になっている
■ 13. 修辞とレッテル貼り
- 断定の強度が論証の強度を上回る:
- よくよく考えてみると、当然、関の山といった表現が論証の要所で反復されている
- レッテル貼り:
- 思考停止、現状追認の売春禁止、言いっぱなしという記述は主張内容ではなく主張者の態度を否定する表現である
- 反論提示の質のばらつき:
- 不可分性の反論を容認派は空理空論で現実社会の複雑さと無惨さを理解していないという形で反対側の声として提示した箇所は、反論を弱めずに立てる姿勢であり評価できる
- 同一の文章内で反論提示の質にばらつきがある
■ 14. 評価すべき点
- 射程の明示と争点の限定:
- 主張の射程が冒頭で明示され、賞賛でも推奨でもなく価値評価については中立であると宣言されている
- 争点の限定は論争的テーマの扱いとして適切である
- 許容性の定義:
- 許容性を禁止根拠の不在として定義した点は、維持されていないとはいえ手続きとして正しい
- 構成の明快さ:
- 想定反論を章単位で立て、危害論、不可分性、性行為の哲学、性器へのアクセス、Andersonの性的自律論、ラディカル・フェミニズムと順に応答する構成は明快である
- 脚注における誠実な態度:
- 脚注3で自説の弱点になりうる芸術純血主義の想定を自ら置いている
- 脚注2で結論の未決部分を留保し、脚注1で専門外であることを開示している
- 立場の独自性:
- セックスワーク・イズ・ワークに安住せず、Libertoの3区分によってセックスワークの特異性を積極的に認めている
- この論争における立場としては独自性があり、単純な容認論より精度が高い
■ 15. 採点結果
- 論理構造(3/5):
- 章構成と反論への配置は明快である
- 性は特別でない/性的自律は特別、金銭は何も変えない/金銭が同意の質を損なう、望まない労働は禁止理由にならない/必要に迫られた売春は許容されないという三組の内部矛盾が構造に残っている
- 説得力(3/5):
- 自由主義の枠組みを共有する読者には有効である
- 挙証責任を宣言によって配分している点と自己矛盾により、枠組みを共有しない読者を説得する設計になっていない
- 主張の妥当性(3/5):
- 第一の主張は慎重に限定された標準的な立場として擁護可能である
- 第二の主張は提示された根拠を超えて断定されている
- 結論の許容条件が実際の売春をどこまで含むかが不明なため政策的含意が定まらない
- 証拠の質(2/5):
- 哲学文献の参照は適切である
- 論証の負荷が最も大きい経験的主張が全て無出典で、参照文献に実証研究が一件も含まれない
- 論理的健全性(2/5):
- 内在/外在の定義による害の配分という循環論法が認められる
- 根拠が見当たらないことを不存在の証拠とする無知に訴える論証が認められる
- 挙証責任の一方的配分と制度論の使い分けという二重基準が認められる
- ラディカル・フェミニズムを表象の問題に置換する藁人形、非例外事例の枚挙という不完全な帰納、自己免除的なdebunking、レッテル貼りが複合している
- 反論への応答の網羅性(3/5):
- 主要な反論を明示的に立てる姿勢は評価できる
- 危害論の核心をMoenへの参照で外部化し、Moenへの批判論文を文献に挙げながら検討していない
- カント的な道具化批判と性の商品化論を扱わず、自説が買春規制を支持しうる可能性も検討していない
- 概念の一貫性(2/5):
- 許容性が禁止根拠の不在と倫理的非難の間で揺れている
- 内在/外在に判定基準がなく、性の特別性が否定と肯定の両方で用いられている
- 検証可能性(2/5):
- 許容条件が観察不可能な反実仮想的選好に依存している
- 経験的主張に出典がないため、第三者による検証や反証の手続きが確保されていない
- 政策的含意の整合性(2/5):
- 日本の立法論議を名指しで動機としながら、実態、運用、支援法制のいずれにも接続していない
- 自らの許容条件が現実の売春の大半を排除しうる可能性と、それが政策結論に与える影響を検討していない
- 合計:
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