■ 1. 本人の希望と救急現場のギャップ
- 心肺蘇生を望まない意思:
- がんの終末期や老衰で人生の最終段階を迎えた人の中には、心停止時に心肺蘇生を受けないことを本人や家族があらかじめ希望している場合がある
- 穏やかに見送ってほしいとあらかじめ意思を示す人が増えている
- 通報後は蘇生継続が原則:
- 実際に心停止となって119番通報されると、救急隊は原則として心肺蘇生を続けながら病院へ搬送する
- 現場で本人の意思を確認し心肺蘇生を中止するための全国共通の仕組みが日本にはない
- 誰も悪くない構造的問題:
- あわてた家族や高齢者施設の職員が救急車を呼ぶと、救急隊は本人の意思を目の前にしても蘇生を始めざるを得ない
- 本人も家族も救急隊も誰も悪くないまま、望まない心肺蘇生が行われてしまう
- 地域独自の手順:
- 一部の地域では、本人の意思の確認やかかりつけ医への連絡など条件を満たせば心肺蘇生を中止できる手順を独自に整えてきた
- この手順が全国にどれだけ広がり実際に使われているかは、これまで明らかになっていなかった
■ 2. 調査の概要
- 研究主体と発表:
- 岡山大学医学部の田邉綾客員研究員(救命救急・災害医学)らの研究グループによる全国規模で初の数値化
- 2026年9月1日に国際医学誌『Resuscitation Plus』にオンライン掲載
- 調査方法:
- 2025年11月から12月にかけて、全国のメディカルコントロール協議会と791の消防本部を対象にオンライン調査を実施
- 2024年の1年間に心肺蘇生を望まない意思が示された事例への対応を尋ね、手順の整備状況と運用実態を把握
- 明らかになった二重の課題:
- ルールがないという問題に加え、ルールがあっても現場で使われていないというもう一つの深刻な課題が示された
■ 3. 3つの発見
- 手順の整備は約半数:
- 回答のあった561消防本部のうち、病院搬送前に心肺蘇生を中止できる手順を整備していたのは265本部(47%)
- 都道府県協議会レベルでの整備は46本部中15本部(33%)にとどまり、地域差が大きい
- 約7割が蘇生継続のまま搬送:
- 心肺蘇生を望まない意思が示された事例3,308件中2,352件が、心肺蘇生を続けたまま搬送されていた
- 手順のある消防本部では46%、手順のない消防本部では82%であり、手順の存在が本人の意思の尊重を助けている
- 手順の半数が未使用:
- 手順を持つ消防本部でも、その半数(52%)は1年間に一度も手順を使っていなかった
- 手順を作ることと実際に使うことの間に大きな溝があることが、全国規模のデータで初めて明らかになった
■ 4. 心肺蘇生と最期の願い
- 高齢者への身体的負担:
- 心肺蘇生は救命に有効な治療だが、体力の落ちた高齢者には肋骨骨折を伴うこともある負担の大きい処置である
- 救急医療の役割:
- 心肺蘇生を望まないという意思はその人の最期の願いである
- すべての人に一律に心肺蘇生を行うのではなく、その願いを受け止めて穏やかな最期を支えることも救急医療の大切な役割である
■ 5. 社会的意義と今後の課題
- 運用面の遅れ:
- 人生の最期に関する本人の意思を受け止める救急医療の体制が、ルールの整備だけでなく実際の運用面でも追いついていない
- 研究の目的:
- 救急車を呼ぶことを控えることでも、心肺蘇生を一律にやめることでもない
- 本人の意思を現場で安全に確認し、救急医療に反映できる体制を全国に根づかせることを目指す
- 今後の研究:
- 作られた手順がなぜ使われにくいのか、その理由を明らかにする研究を進める予定である
- 救急隊や医師、介護施設、家族が迷わず使える仕組みへつなげることが次の課題となる
- 元気なうちの話し合い:
- 家族のもしものときをどうするか、元気なうちに話し合っておくことが願いを叶える第一歩になる
- 最期の願いを社会として受け止める一歩は、制度の整備と同時に家族や地域の対話から始まる