■ 1. 事案の経緯
- 問題の投稿:
- 東京大学大学院教育学研究科の本田由紀教授が三笠宮家の彬子さまを巡り「遺伝的要因のおそろしさを感じる」などとXに投稿
- 差別的な表現ではないかとの批判が殺到
- 時系列:
- 元投稿は9月1日、本田氏本人による「解説」は9月5日
- 東大の対応:
- 2026年9月8日、研究科長が本人に注意
- 「社会からの受け止めが一定あったことを踏まえ」「個人のSNS投稿についても十分考慮して行うよう注意をした」との説明
- 東大は9月5日の「解説」についても承知したうえで注意を行った
- 学生有志の抗議:
- 「差別と二重基準のない東京大学を」が投稿の撤回と謝罪を求める抗議声明を発表
- 今回の投稿とその対応をめぐり、差別に向き合う姿勢の一貫性を問う
- 社会問題化:
- 週刊誌からも取材が来ており、ネットの範囲を超えた社会問題になっている
■ 2. 「注意」の組織的意味
- 注意に至る経路:
- 大学に抗議や問い合わせが多数寄せられ本部事務から研究科に対応を求められる経路が考えられる
- 理事・副学長級以上から対応を求められた経路も考えられる
- 本部コミュニケーション戦略課が回答しているため、J-CASTの取材対応を契機に本部と研究科が調整した可能性もある
- 実際にどの経路だったのかは外からは分からない
- 注意に含まれる三つのメッセージ:
- 大学として問題を放置せず注意・指導を行ったという記録を残しておきたいという意図
- 現段階なら部局内の注意で収められるが、継続や炎上拡大があれば全学のコンプライアンス部門が扱う案件になり得るという警告
- これ以上部局を巻き込まないでほしいという要請
- 三つは排他的ではなく通常はすべて含まれている
- 部局の負担:
- 教員個人の発信であっても、抗議対応、報道対応、事実確認、執行部への説明、再発防止策の作成は部局の仕事になる
- 研究科長の監督責任も問われ、組織的・対外的な負担は確実に増える
- 位置づけ:
- 今回の注意は現時点で重大案件になっていることを意味しない
- むしろできるだけ穏便に収束させるための初期対応
- このレベルで収まらなくなると次はより面倒な段階に進むためのアラート
- 組織内言語としての穏当な表現:
- 「十分考慮して行うよう注意した」は外から見れば甘く見えるが、ある種の「旧帝大しぐさ」とも言える
- 地方国立大学ならもう少し直接的かつ強く怒られそうな性質のもの
- 旧帝大では教員の自主性が強く、個人の発信内容に強く介入すると言論・思想統制だと反発される
- そのため明確な禁止や命令ではなく持って回った表現になる
- 表現が穏当でもメッセージは弱くなく、これ以上問題を拡大させるなという相当に明確な警告と読むべき
- 注意と解説の前後関係:
- 解説の後に注意が行われた可能性のほうが高い
- 元投稿から解説までの期間で大学が確認・調整を終えて注意するのは対応が早すぎる
- J-CASTの記事が解説を承知したうえで注意を紹介している点も根拠となる
- ただしどちらも確証ではなく、大学実務からの蓋然性の推測にとどまる
■ 3. 東大の部局自治と対応コスト
- 国立大学の権限集中:
- 法人化以降、各部局が持つ権限を引き剝がし大学本部・学長へ権限を集中させる改革が迫られてきた
- 東大の例外性:
- 例外的なほど強い部局自治を残してきた「最後の楽園」が東京大学
- 予算・人事・組織運営が伝統的に各部局へ委ねられ、予算配分過程も不透明だった
- 単なる教授会自治を超え、各部局が相当程度独立した組織として動いてきた
- 医学部の不祥事で露呈した本部との連携不足、縦割り、責任所在の曖昧さもこの強い部局分権と無関係ではない
- 対応の困難さ:
- 他大学なら本部主導で容易に進む対応も東大では簡単にできない
- 今回の研究科長注意でさえ本部と部局の連携、対応方針や文言の調整に外部からは想像できない行政コストがかかった
- ここから先も一足飛びには進まないため、しばらく静かに見守るべき
■ 4. 「注意」の評価をめぐる対立
- 大学が本田氏の解説を退けたとする読み:
- 東大の注意は大学側が本田氏の「解説」を退けたことを示す
- 結果として岡美穂子氏および隠岐さや香氏らによる擁護的発言が無効化された
- 本人が正当化する立場を貫いたにもかかわらず組織としての東大が明確に否定した点で想像を絶する屈辱
- 人文社会系の学者は自身の非を認めて謝罪することを極度に忌避する傾向にある
- 大学は判断を下していないとする読み:
- 東大は投稿内容が差別的発言だったかどうかの判断を下していない
- 解説文を認めも退けもせず、世間に騒がれないよう考慮せよと言っているだけ
- 大学がかばったとする解釈への警告:
- 東大が本田氏をかばったかのような解釈を撒き散らすことは大学側にダメージを与える
- 黙殺しなかったことへの評価:
- 東京大学が黙殺しなかったことは評価に値する
- 学会やメディアが今後どう対応するかも注視すべき
- 妥当とする評価:
- 東大が本田氏に注意したのは妥当な対応
■ 5. 対応が不十分または不適切とする批判
- 口頭注意では収まらないとする見方:
- 東大がスルーせず対応した点は想定外だが、口頭の注意では世論は収まらない
- むしろ燃料を投下している
- 処分の軽さへの批判:
- キャンセルどころか「けん責」ですらない「注意」であり東大はもうダメ
- 手続きの不備:
- 全学の委員会で慎重に検討せず教育学部長に任せた形に見える
- 本田氏より後輩の学部長が単なる注意で済ませたように見え、絵に描いたような下手な対応
- 事態の重大さを認識しておらず東大はかなりまずい立場に追い込まれる
- 求められる対応水準:
- 懲戒解雇が無理でも学長、副学長、学部長同席の謝罪会見を開き謹慎や減俸程度は必要
- 一度注意で済ませると軌道修正が難しい
- 大学自体への処分要求:
- そもそもこのような人物を教育学の教授にした東大が処分を受けるべき
- 政府は関係部局の予算を数割カットするなど厳正な処分を行うべき
- 処分の公平性への疑問:
- 東大は過去に中国人は雇わないと発言した人を解雇にしている
- 皇族の写真を引用して遺伝的要因が恐ろしいと投稿した本田氏との間で処分に公平性がないのはおかしい
- 過去に懲戒・解雇にした事案の発言が今回と比較して差別と言えたのか東大は公式に発表すべき
- 人事プロセスへの疑問:
- 本田氏より業績のある人が同じポストに応募したことがあるのか公表すべき
- 地方大学や私立大学にいる本田氏以上の業績を持つ人がなぜ東大教授になっていないのかも公表すべき
- 説明がなければ炎上はさらに悪化する
■ 6. 注意という措置そのものへの懸念
- 内容を検討しない措置の危険性:
- 皇室問題であるだけに、当事者が反論しているにもかかわらず内容を検討せずふわっとした理由で注意して見せるのは危険な傾向
- 本人が受け入れていない可能性:
- 謝罪も撤回もしていないのに注意されても受け入れていないのではないか
- 本人が否定を続けるなかで皇室マターに見えるものにサンクションを下すように見えることは本当に大丈夫なのか
- 注意を受けた投稿が削除もされず載ったままであること自体がかなり異様
- 前例としての評価:
- 優生主義的な発言をSNSでした場合、就業規則上の処分に至らない注意が妥当という基準ができた
- キャンセルカルチャーの根絶に向けた大きな一歩
- 謝って済む仕組みの必要性:
- 政治家も同様だが、これは謝って済むようにした方がよい
- 職を追われるとか、政治的な主張や党派、人によってまちまちな対応はよくない
■ 7. 差別の定義をめぐる論争
- 差別の性質:
- 差別とは長い年月をかけて地層のように積み上がるもの
- しばしば似通ったトラウマを契機にコミュニティを作り上げるもの
- 長い積み重ねがあるため当事者でない人には些細に見える言葉もトリガーになる
- その「些細」の判断は氷山の沈んだ部分を見ずに海上部分だけ見て判断するようなもの
- 文脈依存性:
- 差別を理解していない人ほど言葉狩りに盛り上がる
- 差別は前後の文脈なしには判断できない
- 集団性と当事者性:
- 「個人を不快にする」だけでは差別ではない
- 差別は基本的にグループを対象とし「私も同じことをされていた」の記憶を呼び起こすためMe tooというタグができた
- 基本的に告発は当事者から来るものであり、周りの人はどう行動するかを問われる
- 差別を否定したがる側への批判:
- 差別を否定したがる人々は主に誰かの口を塞ぐことに躍起になる
- 敵対相手の言葉尻を捉えて「あいつの方が差別的だ」「不道徳だ」という浅薄な非難を繰り返す
- そこにMe tooはなく共有された傷もなく、にわか検閲官や裁判官を演じたい匿名多数がいるだけ
- 有利な立場には差別が適用されないという論への反論:
- 差別は有利な立場には適用されないという考え方は危険
- 諸個人の地位は多元的であり、そのどれかについて差別する側が恣意的に有利と判定すれば差別が正当化されてしまう
- その結果ほとんど誰でも差別されうる、しうることになってしまう
■ 8. 「遺伝的要因」表現が個人に与えた傷
- 見落とされている当事者:
- 擁護派も糾弾派も社会の大きな構図や組織の論理の文脈で評する向きばかり
- あの表現に個人的にショックを受けた人もおり、X上では目立たない
- そうしたマイノリティにも配慮するのが優しい社会
- 血縁への読み替えへの批判:
- 「遺伝的要因はおそろしい」を「血縁」と変換したり天皇制批判で正当化する人たちは、遺伝的要因を恐れて暮らす人など眼中にない
- 個人的経験:
- 自身の祖父母はいとこ同士の結婚であり、日本では合法だが他国では禁止する国もある
- 近親婚では遺伝由来の疾病が発現しやすいとされ科学的に正しく、多くの社会で近親婚をタブーとする規範が確立してきた
- 昔の日本の田舎ではいとこ同士の結婚もよくある話だった
- 父の妹たちは体が弱く、おおらかに受け入れる人もいたがそうでない人もいた
- 近所の人から祖父母がいとこ同士だから叔母たちは体が弱くて大変だ、あなたはそうならなくてよかったと言われた
- それ以来そこはかとない不安がずっと心の中にある
- 血縁と遺伝の違い:
- ただの血の繋がりであれば縁を切ったり距離を取るなど自分の努力で一定程度断ち切ることもできる
- 「遺伝的要因」は今のところ自分のコントロールの及ばないところにある
- 自分ではどうすることもできないことは「おそろしい」
- 消えない感情:
- 子供がおらず遺伝的要因を心配する意味はないが、遺伝に対するネガティブな気持ちは消えない
- 恵まれた人生であっても、そのおそれは絶対になくならない
- かつて言われたことへのおそれはふとした時に湧いてくる
- 誤読だとか解説だとかで上から目線で正当化されることに自分の感情が否定されたと感じ本気で悲しんでいる人間がいることを残しておきたい
- あの言説が正当だと思われたくなかったから書いた
■ 9. ダブルスタンダード批判
- 本田氏の過去の発言との矛盾:
- 本田氏は2019年に、差別発言を繰り返している件について雇用者側は早急に対応すべきと述べていた
- 本田氏の主張によれば本田氏のような人はキャンセルされるべきという話になる
- 取材拒否と謝罪形式への批判の矛盾:
- 本田氏は取材に応じないことや「そんな意図はなかった」「誤解を与えたら申し訳ない」式の謝罪を批判してきたはず
- その手の政治家や企業の対応を問題だと言ってきたはず
- 自分ができないことを他人にだけ要求し、権威に無自覚で自分に甘い姿勢が問われる
- 処分水準と過去の言動の関係:
- 本来、処分としては注意くらいで充分であり懲戒として履歴に残る必要もない
- しかし本田氏や隠岐氏のこれまでの主張からすれば注意程度で済ませてはいけないはず
- あの人たちのダブルスタンダードこそが問題であり、過去のキャンセルを見直すべき
- 過去の事案の清算要求:
- 過去のあらゆる発言がブーメランになっており、オープンレターや草津の問題について謝罪を求め続けるべき
- 舌禍程度でキャンセルすべきでないと言うなら、過去に本田氏らによってキャンセルされた人たちの職位、名誉、基本的人権の回復もなされるべき
- 本田氏は彼らの名誉回復のために率先して行動すべき
- 擁護者への問いかけ:
- 本田氏をエクストリーム擁護した隠岐氏や岡氏らは今回の東大の対応をどう評価するのか
- 権威主義による帰結の予測:
- 本田氏はおそらく身内の甘い裁定と権威主義によって失職は免れる
- ならば今後いっさいの場面で彼女を「人格者」や「教養人」として扱うのを辞めればよい
■ 10. 批判の内容と表現をめぐる評価
- 撤回と謝罪の必要性:
- 最低でも撤回と謝罪が必要であり、「解説」で済ませてはならない
- 斎藤幸平氏の「普通に撤回しよう」という指摘はその通り
- 表現選択への批判:
- 本田氏の批判はシンプルな麻生批判であり、党派性が強くにじみ出た半ば陰謀論的なもの
- であればもっと端的な言葉で簡明に批判すべきだった
- 「遺伝的要因のおそろしさ」などとだいそれた言葉を持ち出さず単にそう言えばよかった
■ 11. 大学内の力学と本田氏への評価
- 指導教員としての評価:
- 本田氏は自身の指導教員であり、実学教育の可能性を探っていた辺りまでは同意できる部分もあった
- 政治活動家になってからは尊敬できる要素がない
- 今回については初手から少なくとも倫理的に誤った態度を取り続けている
- 学内で異論を言えるかどうか:
- 東大生で本田氏は間違っていると堂々と言える人は極めて少数のはずという見方がある
- そういう人は「自分は東大生である」以外の拠り所を持っているという指摘もある
- 実際にはそれくらい言える人は東大にたくさんおり、指導教員に恭順する学生ばかりではない
- ただしそういう人が東大に残れないことは事実
- 今後の焦点:
- 組織としては注意で終わるとして、他の東大教員や学生がこれからどう声を上げるかが問われる
- 差別発言やキャンセルカルチャーを見直すきっかけになればよい
- 本田氏への支持:
- 今の日本にはゼッタイに必要な方であり、パソコンやスマホにしがみついて戦う人を嗤う者には分からない
- 本田氏は国会前デモで、人々の生命、生活、尊厳を守る原則とは真逆の振る舞いをし続けているのが自民党だとスピーチした