■ 1. 前提: 左派も陰謀論に陥る
- 前回記事への反応:
- 極めて例外的な左派の人物を取り上げただけではないか、という批判があった
- 相対的に見れば陰謀論を信じる人は右派のほうが多いのではないか、という反応もあった
- 専門家の指摘:
- 日本ではむしろ左派のほうが陰謀論に陥りやすい可能性が専門家から指摘されている
- 大阪経済大学の秦正樹氏は、陰謀論を体系的かつ計量的に検討している研究者である
- 著書『陰謀論 民主主義を揺るがすメカニズム』(2022)は左派・リベラル派からも好意的に紹介されてきた
- その著作では、左派にも同様に陰謀論的傾向を持つ人がいることが指摘されている
- 2024年の雑誌記事では「野党支持者が『陰謀論』を信じやすい理由」と題して論じている
- 政治的敗北と陰謀論:
- Uscinski and Parent (2014)は、政治的に敗北した側ほど敗北を陰謀で説明する傾向を指摘している
- 2020年米大統領選でトランプが敗れた後、MAGA系の不正選挙陰謀論が急速に活発化した
- それは最終的に議会議事堂襲撃にもつながった
- 日本の左派・野党勢力は長年選挙で敗北を重ね、「政治的敗北者」の状態が長期間続いている
- 本記事の位置づけ:
- 左派のほうが本質的に陰謀論者だという話ではなく、陰謀論は左右どちらにも出現しうる
- ただし「左派には陰謀論者などほとんどいない」と考えるのも現実とはかなり違う
- 政治家や新聞記者など影響力の大きい人が唱え、MAGAやネット右翼と同質のものを6個選ぶ
- 自己チェックシートの6項目:
- 自民党は芸能スキャンダルやJアラートを使って政治の話題からの目逸らしを行っている
- 日本の選挙では計数機など様々な手段で不正が行われている
- HPVワクチンや新型コロナワクチンは害が大きいのに製薬会社のロビーで強行された
- 福島第一原発から放出される水は危険なのにIAEAなどが握りつぶしている
- ロシアにも正義はあり、ロシアメディアは日本メディアと違って信頼できる部分がある
- 日本政府は統一教会を通じソウルからの指令で動いている
■ 2. メディア操作・「スピン」陰謀論
- 秦氏が挙げるリベラル型の典型:
- 政権によるメディア操作、いわゆる「スピン」がリベラル側の典型的な陰謀論パターンとされる
- 左派の有名人から定期的にこの手の発言が出ている
- ラサール石井の例:
- 槇原敬之逮捕を政府の陰謀と疑い、官邸に有名人の逮捕者リストがあるのではないかと投稿した
- 沢尻エリカ逮捕時にも、次期逮捕予定者リストがあって誰かがゴーサインを出していると述べた
- 同氏はその後政治家に転身し、現在は社民党の幹事長である
- 正常な広報戦略との境界:
- 政権がメディアを意識して広報戦略を組み立てること自体はあり得る
- 会見や発表の日程調整、重要政策の発表タイミングの検討は通常の政治広報の範囲にある
- 問題は、不都合なニュースの週の芸能スキャンダルを官邸が意図的にぶつけたと説明する場合である
- 彼らの間では、政権に都合のよいタイミングだったというだけで根拠として完結してしまっている
- Jアラート陰謀論:
- 北朝鮮のミサイル発射を日本の政権による目くらましだとする言説さえ出ることがある
- 日本政府が北朝鮮にミサイル発射を指示できるはずがなく、完全に陰謀論としか言えない
- なお「Jアラートは危機感をあおる世論戦略」という程度の意見は、ここでは陰謀論に数えない
- MAGAとの共通性:
- MAGAの「主流メディアはフェイクニュースだ」という言説と共通する
- MAGA側にも「distraction(目くらまし)」という説明が存在する
- トランプの起訴はハンター・バイデン問題から目をそらすためだという主張が現れた
- トランプが炎上する発言をわざと投げて関心をそらしているという説明も繰り返されている
- 反証を免れる構造:
- 結果として都合がよかったという事実から、政権が仕掛けたという因果関係まで遡るのは別の話である
- 主流メディアは敵だから真実を報じないと設定すれば、否定も隠蔽の証拠として処理できる
- これは左右を問わず陰謀論が反証を免れる典型的な構造である
■ 3. 不正選挙陰謀論
- 敗者が陥る型:
- 選挙に負けた側が不正選挙陰謀論に陥ることはよくある
- 2020年米大統領選におけるMAGA勢力のドミニオン投票機をめぐる陰謀論はよく知られている
- 日本ではムサシ製の機械が開票・集計に広く使われ、野党支持者の間でムサシ不正選挙陰謀論が語られる
- 具体例:
- 籠池泰典氏が、ムサシの筆頭株主は安倍晋三首相とも聞いていると語る動画が2024年10月に再拡散した
- 同氏は自動集票により不正が行われやすい状況になっているとも述べた
- 日本ファクトチェックセンターはこれを誤情報として検証している
- 2026年の衆院選では、チームみらいの11議席獲得を「大躍進は不正選挙の証」とする投稿が拡散した
- 投票用紙読み取り機に疑義を唱えるデマも、特定政党や機器を標的として広がった
- 飛躍の構造:
- 開票のトラブルや遅延、開票結果が遅い投票所があること自体は普通に起こりうる
- 陰謀論では、妙に時間がかかっているのは不正が行われているからだと主張する
- 機械の存在やトラブルから、特定候補に有利なようプログラムされていると結論するには別の証拠が要る
- 選挙管理委員会や立会人が不正を確認できなくても、それだけ隠蔽が成功していると説明される
- 不正が確認できないこと自体が、不正の証拠へと反転して理解される
■ 4. 反ワクチン系の薬害・隠蔽論
- 歴史的背景:
- 薬害エイズや薬害肝炎など、国や企業の対応が問題となった歴史的事例は実際に存在する
- それを暴いた左派系政治家が功績の一つとして誇っているほどである
- しかしこれが行き過ぎ、事実にそぐわないワクチン有害論に至っている例が見られる
- 支持者レベルではロバート・ケネディ・ジュニアやMAGA並みに反ワクチンへ突っ走る例もある
- 川田龍平議員の例:
- 「子どもへのワクチン接種とワクチン後遺症を考える超党派議員連盟」の会長であり薬害エイズ被害者である
- ロットによって接種者全員が亡くなっている統計があると投稿したが、これは誤りである
- 厚労省はロットごとの死亡件数を公表しているが、特定ロットで全員が死亡した記録はない
- 事務所は静岡県御殿場市のデータだと説明したが、開示請求の結果そのようなデータはなかった
- 阿部知子議員の例:
- HPVワクチンに薬害があるとする質問主意書を平成25年と令和元年に継続的に提出している
- 新型コロナでもワクチン接種を疑問視する発言を多く行っていた
- HPVワクチン中止については日本産科婦人科学会から非科学的失政だと強く抗議された
- WHOは、安全で効果的なワクチンが使用されない日本の政策決定は真に有害な結果となり得ると警告した
- 積極的勧奨は現在再開している
- 左派と親和する理由:
- 左派には国家や大企業、巨大製薬企業といった権力への警戒が強い
- 専門家や政府が正しいと言うから従うという姿勢への批判も強い
- 化学物質や人工的な医療介入を警戒する「自然派」とも、反権力・反企業の文脈で接続しやすい
- 右派ポピュリズムとの接続:
- 参政党も食や農業、環境、医療をめぐって「自然」や「身体に良いもの」を重視する主張を掲げる
- 神谷宗幣もワクチン後遺症を考える超党派議連に入っている
- ただしこちらは反権力思想ではなく、保守的な復古主義的感覚から自然派に接続していると見られる
- ここでの復古は考証に基づく復元ではなく、昔ながらの自然な生活を肯定する感覚的なものである
- 自然派的価値観は左派の反権力思想とも右派ポピュリズムとも接続可能である
- 現代の科学は何かを隠しているという物語を介して、陰謀論とも結びつきやすい
■ 5. 処理水「汚染水」デマとファクトチェック
- ファクトチェック普及の文脈:
- 日本でファクトチェックやコミュニティノートが普及した文脈の一つはMAGA的陰謀論の抑制であった
- コミュニティノートはマスク買収以前の2021年、米議事堂襲撃を受けBirdwatchとして実装が進んだ
- 基本的にMAGA系偽情報に対する牽制として作られたものである
- 国内でもリベラル・左派系のメディアや論者は導入や普及に比較的積極的だった
- 2017年にファクトチェック・イニシアティブ・ジャパンを設立した立岩陽一郎がその一例である
- 同氏には『トランプ報道のフェイクとファクト』などの著書があり、北朝鮮を表敬訪問してもいる
- 2022年10月に日本ファクトチェックセンターが発足し、2023年にはコミュニティノートが日本で利用可能になった
- 最初に俎上に載ったもの:
- 皮肉にも、真っ先に検証対象となったのはリベラル・野党側の「処理水=汚染水」というフレーミングだった
- 福島第一原発では多核種除去設備で主要な放射性核種を除去している
- 除去しきれないトリチウムも、世界の稼働原発より厳しい基準で濃度基準以下に希釈して放出する
- IAEAの監査も受け、科学的にも健康に影響のない範囲の放出と認められた
- 「汚染水」表記を用いた例:
- 立憲民主党の石垣のりこ参院議員は2023年8月の集会で党を代表すると名乗った
- 党の公式見解が「処理水」であるにもかかわらず「汚染水」を繰り返し、党執行部が対応に苦慮した
- 日本共産党は国会議員団としても一貫して「汚染水」の表現を用いている
- 西村経産相宛てに海洋放出の方針撤回を申し入れる際にも同様の呼称が使われた
- 阿部知子衆院議員はSNSで一貫して「処理汚染水」という表現を使用していた
- コミュニティノートによる衝撃:
- 阿部氏の投稿には、ALPS処理水が規制基準を満たすまでろ過・希釈されている旨の補足が付いた
- MAGA系偽情報への牽制だったはずの仕組みがまず左派に貼られたことは衝撃であった
- 当時は左派側からコミュニティノート撤廃論すら上がった
- ノートがリベラルへの攻撃に使われていると不満を漏らす人たちがあらわれた
- ファクトチェックされる側への転落:
- 日本ファクトチェックセンターも処理水と汚染水の違いを扱う検証記事を出した
- その中には「IAEAは日本から『賄賂』を受け取っているのか」というセクションがあった
- 当時そのような陰謀論が存在したことが伺える
- 追い詰められた結果のきわめつけが、朝日新聞の「『エビデンス』がないと駄目ですか?」という記事だった
- 『日本の反知性主義』(2015)で内田樹はエビデンスより体感的納得を重んじる旨の支離滅裂な主張をしている
- すでにこの時点で左派がエビデンスを嫌がっていたことがわかる
- 示唆:
- ファクトチェックもコミュニティノートもMAGA系偽情報を抑えるために導入の機運が生まれた
- 日本でも2020年頃まではリベラル派が自分たちの武器として積極導入しようとしていた
- それが実用になった瞬間、それで撃たれたのが当のリベラル側であることは示唆的である
■ 6. ロシアメディアの好意的引用
- MAGAとの共通性:
- ロシア政府系メディアを西側が報じない真実を伝える媒体として好意的に扱う傾向がある
- アメリカではMAGA系インフルエンサーでこの傾向が特に強いことは常識となっている
- 米司法当局は2024年大統領選への介入工作でロシア国営メディア関係者を起訴した
- 一部の保守派インフルエンサーは影響工作を受けたことを認めつつ、自分たちは被害者だと主張した
- 何が問題なのか:
- 外国政府系メディアの記事を紹介したり、ロシア側の主張を検討すること自体は問題ではない
- 問題は、情報源の政治的利害を検討する作業を飛ばす場合である
- 西側が報じない「もう一つの真実」を伝える媒体として扱う場合が問題になる
- 乗松聡子の例:
- 日本の護憲派・反基地運動の活動家である
- ロシアのウクライナ侵攻直後の琉球新報のコラムでロシア政府系メディアのスプートニクを引用した
- 西側メディアの報道を「ロシア悪魔視一辺倒」と批判した
- 当時からロシアのプロパガンダを擁護するものではないかとの批判が出たが、記事は撤回されていない
- 米国務省はスプートニクの経営者をクレムリンのプロパガンダと偽情報の主要な発信者と位置づけている
- 情報選択のパターン:
- MAGAではCNNやNYTは民主党のプロパガンダだという不信からロシア系情報源へ接近する例が問題になる
- ここで起きているのは単純な親露・反露の問題ではない
- 敵とされる側が言うからこそ既存メディアが隠す真実ではないか、と考える情報選択のパターンである
- 日本の左派も反米・反NATO・反基地という立場から同じパターンに陥りうる
- 西側メディアは政府や軍産複合体に支配されているという前提が強まると、ロシア発信を過大評価しやすい
■ 7. 「日本政府は韓国に支配されている」陰謀論
- ナラティブの転移:
- 韓国が日本を裏から支配しているという物語は、かつてのネット右翼・嫌韓論壇に典型的だった
- 一見すると左派とは最も縁遠そうな陰謀論である
- しかし現在では、統一教会批判や安倍晋三氏・自民党批判の文脈から類似のナラティブが出てくる
- 桜ういろうの例:
- 2023年に共同通信社の記者だったことが判明し懲戒処分を受けた左派系インフルエンサーである
- 当時の報道では左翼アカウントと認識され、保守系著名人やネトウヨ批判を繰り返す人物とされた
- その後の投稿には「政策はソウルで決まる」「ネトウヨの起源は韓国」といった言説が現れた
- 「安倍家は韓国人と入れ替わっていた」という、韓国支配型ナラティブに酷似する投稿もあった
- 町山智浩の例:
- 国家情報局という名前は韓国の国家情報院から来ているという趣旨の発言が晒されている
- つまり統一教会の指導だという趣旨の発言も見られる
- 2ちゃんねる嫌韓論壇の「韓国→統一教会→自民党」というルートの支配ナラティブとよく似ている
- 事実と飛躍の区別:
- 統一教会が韓国で創設された宗教団体であることは事実である
- 自民党の政治家との関係が問題になったこと自体も事実である
- しかし韓国の組織が日本の政治を支配しているという巨大な因果関係を導くには別途具体的な証拠が要る
- 推測される経緯:
- 安倍政権以降、統一教会を種に安倍派や高市早苗氏ら自民保守派を批判する道具として活用する時期があった
- その影響力がどんどん過大評価されていった
- 実際には他の職能別団体と異なり、参院に議員1人送り込めない程度である
- そんな中で立憲民主党などが公明党と組んで「中道改革連合」を作った
- 公明党も新興宗教勢力であり、統一教会と同じような批判がある
- 長井秀和が両親は創価学会に数千万円寄付したと告発した例がある
- 創価学会はよいが統一教会は駄目だという理屈付けとして、統一教会は韓国産で外国の陰謀だという理論が出た
- この飛躍は私にも理解不能であり、あくまで推測に過ぎない
■ 8. 結論と積み残しの論点
- 陰謀論は右派特有ではない:
- 複雑な社会問題を悪意ある単一の主体の仕業として説明したくなる心理は政治的立場を問わず存在する
- 今回は左派によく見られ、MAGAやネット右翼との共通性が強いものを6個集めた
- 左派でもこれは陰謀論だと認めざるを得ない強いものを選んだ
- 「新自由主義」という言葉:
- 定義が不明瞭であることを多くの学者が指摘している
- ダイアン・コイルは定義が緩すぎてオバマまで新自由主義になると論じている
- ノア・スミスは本当に「新自由主義的転換」なるものが存在したのかを検証している
- サミュエル・ハモンドは新自由主義が「何ではないか」を整理している
- タイラー・コーエンは、この言葉は誕生当初から罵倒でしかなく分類用語ではないとしている
- 結果的にイルミナティやディープステートと似た、世界を支配し私たちを苦しめるものという扱いを受けやすい
- 「軍産複合体」という概念:
- もともとはアイゼンハワー大統領の退任演説に由来する真っ当な問題提起だった
- 現在では武器産業・国防総省・議会が結託した単一の複合体が戦争を望むかのように語られる
- 実際の安全保障政策の決定は、議会の委員会や官僚機構、シンクタンク、同盟国、世論が絡む複雑な過程である
- 実際に戦争が起こると予算が人件費や燃料費に食われ、装備品の新調はむしろ遅れることすらある
- それでも戦争を仕掛けたがる勢力がいるという説明の型は、ディープステート論と機能的に似通っている