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県知事選挙と細かすぎて伝わらない沖縄の特殊事情

県知事選の当日に書いている。

県内外を問わず注目を集めていて歴史的な選挙になりそうな気配である。SNSのデマ、辺野古沖の転覆事故、基地問題、県民所得といった話題が取り上げられているが、今回の知事選を歴史的なものにしているのはそのいずれでもない。

今回の選挙における最大のトピック、それは「1972年をまたいだ世代間で初めて知事選を戦うこと」である。

■ 本土復帰世代とそれ以後の世代の特殊事情

沖縄が本土に復帰したのは1972年、つまり復帰した年に生まれた人は54歳だ。古謝氏は42歳だからちょうど一回り下の世代ということになる。玉城氏はおおよそ復帰した年からだいたい一回り上の世代にあたる。この差は本土の人々が、(あるいは沖縄県民自身ですら)想像しきれないほどに大きい。本土復帰前の世代にとって、アメリカとその軍隊は抑圧的な統治者であり、自治を勝ち取るために打倒すべき存在だったはずだ。選挙期間中にデイリー新潮に野添氏が書いた記事を読んだ人もいるだろうか。あの記事に登場する瀬長亀治郎という人物は、反米を掲げて祖国復帰運動に従事し、復帰後は共産党に合流したという経歴を持つ。本土の人が見ると尊敬する人物として挙げるのは異質に映るかもしれないが、それだけ当時の人々にとって念願だったということであろう。一方で古謝氏の世代、復帰後の世代にとっては生まれた時から日本人なのだから、当然アメリカは最大の同盟国ということになる。基地の負担や米軍属者による犯罪等々の被害への不満は多々あるが、それでもアメリカ軍は日本を守る役割も負う軍隊であるという感覚も併せ持っているのだ。アメリカ軍を戦争で多大な被害をもたらした後も長年一方的に負担を強いる抑圧者とみるか、紆余曲折あれど沖縄や日本を守る役割を担う(厄介な面もあるが)隣人とみるか、という感覚の違いが、そのまま普天間基地をめぐるスタンスにも現れているように思う。

■ 地域間の特殊事情

普天間基地をめぐる問題はさらにややこしい。沖縄県の南部、中部、北部、そして離島地域でそれぞれまた異なる事情があるからだ。

普天間、そして嘉手納の最大の問題点は集落、市街のど真ん中にヘリや戦闘機が飛び交う基地が設置されていることにあるというのは本土の人でも知っているだろう。だがそれがどれほど生活に影響を与えているかというのは住んでいる人にしかわからない感覚なのではないかと思う。私は一度横須賀にも旅行で行ったことがあるが、基地が自然に街に溶け込んでいるように見えて、ずいぶん驚いた記憶がある。それに比べると普天間・嘉手納は明らかに異質で、基地周辺は交通量に比べて明らかに車線が広すぎるのに市街に入ると妙にくねった道や狭い車道が続き、渋滞が慢性化する。直線距離なら10分で行けるような距離を迂回して30分かけていかなくてはならない。耐えられなくはないがストレスのたまる生活である。

県の南部・中部に住む人たちの中には、「北部の人たちには悪いが基地を辺野古に厄介払いしてしまえばこんなストレスがなくなるのではないか」という思いがある。(もちろん口に出すことはほぼないが。)北部においても、辺野古は沖縄自動車道の終点・名護からもさらに車で数十分以上かかる土地である。そこに押し込めてしまえばさすがに犯罪する米軍が街中に毎日のように繰り出してくることは減るのではないか、という考え方である。離島の住民にとっては国防はさらに切実な問題で、もし台湾で有事が起ころうものなら、下手すると生まれ故郷を離れて県外へ避難しなくてはならないということにもなりかねないから、「生活が多少不便になってでも島を捨てることになるよりは米軍や自衛隊がいてくれたほうがマシ」という考え方もある。沖縄県のマスコミは「琉球新報」と「沖縄タイムス」が有名だが、離島の石垣島には「八重山日報」という新聞社があり、先の二誌とは全く逆の論調であることは意外と知られていない。

■ 沖縄差別をめぐる特殊事情

しばしば沖縄に対する差別が取り上げられることがあるが、この差別のとらえ方についても二つの側面がある。よくマスコミの記事などで取り上げられるのは基地反対活動に対する抗議への揶揄、誹謗中傷だが、一方で特に復帰後の世代にとっては、生まれた時から同じ日本人なのになぜ沖縄だけあれこれ言われなくてはいけないのか、という思いがある。安和桟橋の事故や辺野古沖の転覆事故に結びつけて県民の大半が極左的な考え方をもっているかのようにみなす意見が一部あるが、当然そんなことはない。玉城氏に投票した人たちの中にもあの人たちと一緒にしないでほしい、と思う人も多い。過激な活動を続ける勢力に対して玉城氏が強硬な態度をとっていないという指摘はまっとうであり、もし今回の選挙に敗れるとしたら、間違いなく敗因の一つになるだろう。ただ、かといって知事が変われば活動がなくなるかといえばおそらくそうはならないだろう。沖縄だって日本の法律が適用されるのだから普通に取り締まればいいと思われるかもしれないが、一歩間違えると表現の自由や意見を述べる権利への弾圧になりかねないわけだから、結局また別の問題がそのうち起きるだけではないかという嫌な予感をうっすら感じている。人の命にもかかわることであるから無責任と批判されることも承知のうえでいうならば、一県民としては反対派の活動に触れること自体への忌避感や徒労感を抱いているのも率直な思いである。

■ これからのことを巡る特殊事情

若い世代の立候補者が出てくると、よく「新しい時代」とか「変革の象徴」と言われたりするが、沖縄においてはそれが明るい方向に向かっていくことを示すとは限らない。

野添氏の記事の中では、古謝氏への印象として「沖縄の本土化」という表現がされていた。しかし、これから沖縄の本土化が進むとしたら何が起きるのだろうか。基地問題や米軍統治時代の特殊事情を取っ払ったときに残るのは、米や野菜の生産に向かない土壌や大きな魚の獲れない海、人を呼び込もうにも足を引っ張る本島内の交通の不便さ、中国・台湾に面する地理的リスク、そして全国最下位クラスの県民所得の低さである。こういうことを言うと「沖縄の人はやはりフユーナー(怠け者)だ」と思われてしまうかもしれないが、他県と競うとしても厳しい環境に立たされることは間違いなく言えるだろう。

とはいえ、今回の選挙でどちらの候補が勝ったとしても、いずれもっと若い候補が出てくるであろうし、本土化の流れは避けられないことは事実である。一県民の私にできることといえば、厳しい未来が待っていたとしてもそれを受け止めること、社会問題は誰かを排除したら簡単に解決するものではないし、自分たちだけのせいでもない、どうしたらよりよい沖縄になるかを時間をかけて探し続けるしかないのであろう。

言葉にしがたい苦しみの中で戦争を生き延びてきた世代が主要候補者として最後に知事選を戦ったのは2014年の仲井真氏が最後である。

もしかすると、本土復帰前を知らない世代同士で選挙を争う未来は思っていたよりもずっと近いのかもしれない。そしてその先には、戦争も本土復帰のことも、希望を込めて言うのであればあるいは私たちがいなくなるより先に、基地問題さえ教科書でしか知らない世代が生まれてくるのかもしれないのである。復帰後に生まれた県民が、コロナ禍や戦争が続く時代に生まれたさらに若い世代に何を伝えていくのか、今回の選挙はそれが問われる第一歩になるのかもしれないのである。