■ 1. 発端: 石戸諭による「小馬鹿にする文化」批判
- 沖縄県知事選で見えた体質:
- 左派・リベラル界隈の「人を小馬鹿にする文化」は感じ悪いの一言に尽きる
- 仕事の現場でこうしたことをされたら嫌になり、ハラスメントに近い
- 典型的なパターン:
- 「自分たちと同じ見解ではない=無知」という決めつけ
- 「道義的に正しい投票先を知っている」という態度
- 説得力への疑問:
- 面と向かって言われた側がどう感じるかを考えるべき
- これで人がついてくると思っているのなら何かがズレている
■ 2. 石戸批判への反論
- 批判の時代遅れ:
- 西尾義人は「小馬鹿にする文化」の存在自体は認め、関連する訳書も出している
- 左派も反省して今はかなり改善されており、同じ熱量での難癖はテンプレで現実を見る目がない
- ジャーナリストの仕事ではない:
- UMA-kはフリー転身後の石戸が左派を小馬鹿にして生きる道を選んだと指摘する
- 本質的な問題に向き合わず左派のやり方批判で食っていくのはジャーナリストの仕事ではない
- 意見の衝突は普遍的な現象:
- 誰もが道義的に正しいと思う価値観を持ち、意見が違えば批判をぶつける
- それは左派に限らず右派も誰もがやっていることにすぎない
- ジャーナリズムの本来の役割:
- 恣意的に一方をピックしてバカにしたり根拠なく攻撃したりすることではない
- 衝突点の問題を歴史や社会に照らして整理し伝えることである
- 飽きられた説明を繰り返してでも耳目を引く虚業に堕ちずにやる人の方が偉い
- ポジショントークという指摘:
- 半熟煮卵は右派・表現の自由戦士界隈のデマ、誹謗中傷、個人情報漁りの酷さを挙げる
- 「どっちもどっち」では済ませられず、石戸の投稿はポジショントークの典型的サンプルである
■ 3. 左右で異なる採点基準
- 不均衡ありきの感覚:
- 右翼はヤンチャ系でガラや口が悪く粗暴でもそれが通常モードだと下駄を履かせる
- 左翼は理想主義者でキレイ事を言うから本人も立派なはずだと採点基準が辛くなる
- 左派の中にも疑問を感じずこの採点基準をクリアしようとする人がいる
- しばき隊・アンティファの方法論:
- 人道や人権などのフェアネスとは実は関係がない
- 「お行儀の良さやご立派さ」をフェアネスから切り離したガラの悪さが画期的だった
- 蝙蝠リベラル識者への批判:
- 米山隆一はしたり顔の「リベラル嫌い蝙蝠リベラル識者」を批判する
- 右派の暴言、排外主義、差別には知らんぷりで左派・リベラルの行儀だけを論っている
- 彼らは「知に生きる」事を捨てた人々である
- 性格が悪いのは右派:
- 非国民おじさんは「左派は性格が悪い」という印象の出所を分析する
- 強いものに従い多数派の空気を読めば安泰だという安心感を左派が容赦なく脅かすためである
- 日本人の生活を安泰でなくしているのは右派であり、騙して搾取することに躊躇がない
- SNS上の実態:
- 自由のもたらす恵沢はSNSの世界ではネトウヨの方がはるかに行儀が悪いと指摘する
■ 4. 「左派は行儀良くあれ」という圧力の政治性
- 無害化の罠:
- Dai Yoshidaは「左翼は行儀良くあれ」という「世間」の要請を左翼を無害化する巧みな罠と見る
- 右翼にとって都合の良い枠組みであり、安倍晋三の蔵書をめぐるネット批判からもそう感じる
- リベラルや左翼の側にもっとアナーキーでヒールな存在がいてよい
- 届かない層へのアクセス:
- きれいごとだけでは救えない、届かない層や文脈は確実に存在する
- 行儀よく正論を唱えるだけでは届かない人に届けるには「迷惑系YouTuber」のような左翼がいてもよい
- ただし面白ければという条件が付く
- 米国極右が作った構図:
- サキは2010年代あたりからの「体制的でエリートな左派 vs 無礼だが反体制的な俺たち」という構図を挙げる
- かつて規範を侵犯するのは60年代的な左派カウンターカルチャーだった
- 極右は「左派こそ体制側だ」と図式を反転させ、「規範を侵犯する」という娯楽を手に入れた
- 右派の暴言や下品さは「反抗」「本音」とされ、左派が差別や民主主義を問題にすれば「道徳警察」とされる
- 左派だけが行儀良くあれと要求される構図自体がかなり政治的である
- 自由奔放さの肯定:
- Seung-il Changは左派はもっと自由奔放・不真面目でよいと考える
- 左派は真面目で優秀な人が多く、だからこそ左派になる
- 色々グチャっとしながらまとまればよい
■ 5. 行儀良さを支持する立場
- 戦術としての行儀良さ:
- アマーは例外的状況はあるにせよ、特に日本では左派は行儀よくあった方がよいと考える
- 被支配階級は支配階級と同じ手段で闘っても普通は勝てない
- 支配階級は弾圧の理由を普段から探している
- 日本の反共風土の現状がある
- 民衆がかつての暴力集団間の内ゲバに悪印象の記憶を抱いている
- 多数派形成との関係:
- うろっつは民主主義社会で合法的に多数派を形成するには行儀良くした方が有効だと考える
- そう思わない左派がいるために昨今の保守がイージーモードになっている
- 普通に行動できないと見られれば政権を任されない
- 対話を掲げる立場との整合性:
- hellogoodbye001は暴言や暴力は左右関係なく無害化して当然だと考える
- 言論の内容が正しければ行儀よくしていて何も問題ない
- 「戦争より対話を」と言う左派が行儀良くと言われて反発するのは筋が通らない
- 仲間を失うことへの懸念:
- てねけは仲間に厳しい目線を向ける人々にウンザリする気持ちは理解できるとする
- 向き合い続ければ強い仲間になったかもしれない人を、その態度で相当数失っている
- 元から期待していない右派の暴言や排外主義より、期待するリベラル勢の衰退の方がずっと苦い
■ 6. 左派が嫌われる原因の内在的説明
- 学歴・知性による見下し:
- 平和くんは「頭の悪い人たち」が子どもの頃から「頭のいい連中」に馬鹿にされ続けてきた点を挙げる
- そのため左派≒頭のいい連中=性格が悪いと感じられる
- その感覚は間違っておらず、左派には「頭の悪い人」を馬鹿にする人が多い
- 自分にもそういう傾向がないとは言えない
- 私的領域への干渉:
- Shin Horiは右派を政策に意見を言い公的秩序や治安や慣習にうるさい存在と整理する
- 右派は私的領域の趣味や言動には意外に寛大あるいは無関心に見える
- 左派は政策だけでなく社会、生き方、価値観、意識まで変えようとする
- よって私的領域の趣味や表現や言葉遣いにまで口出しするように見られる
- 右派は「やるなではなく見えないところでやれ」というイメージで国旗損壊罪がその例である
- 左派は「自分を振り返って反省し、価値観、生き方、考え方を変えろ」というイメージを持たれる
- 左派の方が私生活に干渉する生き方警察や価値観警察と誤解されやすい
- マナーとしての保守の要求:
- 読書fは保守の要求を日本を敬えという内面の要求ではなく国旗を人前で燃やさないミニマムなマナーと捉える
- 中国や韓国の若者の感覚も心からの反省ではなく、大日本帝国の正当化を公的にはしない程度のマナーの要求である
- 常識の世代的断絶:
- UMA-kは平和主義、人道主義、人権、法治主義が昭和から平成初期に形成された保守的テーマだと見る
- それは社会の大人の大多数が共有する常識感覚だった
- 戦争が遠いものになり共有に失敗した結果、押しつけられているという被害者意識が生まれた
- その被害者意識が人権や立憲民主主義や法治主義を重視する左派へのヘイトになった
- 分断の原因にはネットが社会から切り離された時代の長さや、常識に適応できない右翼が早くネットに場を見出したことがある
- 根本的には人類はバカだから過去の教訓を忘れる
- 紋切り型の批判を教科書的な押しつけとして嫌う現象は理解できる
- ただし凡百と同じ事を言論で食っている人がコピーして言うのはインフルエンサー仕草にすぎない
- 自己イメージとの矛盾:
- もへもへは左派が「右翼とは違って道徳的で人権を守る正義の知識人」というイメージで営業してきたと指摘する
- 上品で知的レベルも高く道徳的にも優れているという建前を掲げてきた以上、今さらの反論は通らない
- 右翼と同レベルで思想以外変わらないと認めてもよいが、それこそ左派リベラルが一番我慢できないはずである
- 自業自得という見方:
- 無名は左派が信用されず忌み嫌われるのは右派のデマや印象操作ではないとする
- 左派自身が積み重ねてきた所業、ダブルスタンダードと良識を欠いた問題行動の結果である
- 左派はそれを自覚していない
- 行儀を捨てた後の態度:
- 懐疑帝國は行儀の悪い右派に対してはその行儀の悪さを攻撃材料にし、劣った存在の証拠として糾弾すると批判する
- 「私は行儀良くなくていい」と言うのは個々の勝手である
- しかし支持しない者を劣った底辺存在として罵倒し侮蔑し、それを差別ではなく区別と呼ぶ姿勢が問題である
- 根拠なく捏造しても主旨が正しければ許されるというスタンスを崩さないため今の左派が忌避される
- 極左との一体視:
- 徳山智は「これで人がついてくると思っているのならズレている」はむしろ左派に当てはまると考える
- 左派・リベラルは今の極左である共産党やしばき隊をこそ批判すべきである
- もはや一緒くたに見られ、まともではないと思われている
- かつての支配的地位の反転:
- くまの太郎は左派や大学のお偉い人は昔からやってきたことだと指摘する
- だからこそ昔はあれほど支配的だったのに今はとても嫌われている
- 小賢しさへの反発:
- Amanonは左派の「賢さ」は結局のところ小賢しさであり、人情より小賢しさを上に置いていると批判する
- その塵のような積み重ねを小馬鹿にすることが反発を招く
- あろ絵はこれに対し、正義や理想論を冷笑する側が相手も自分と同じ思考のはずと決めつけていると反論する
- 「人情<<<小賢しさ」という自身の価値観を左派に投影すべきではない
■ 7. 行儀の悪い左派が機能しない構造
- 補完役の有無:
- Yoshihiko NONOMURAは「行儀の悪い左派」も存在するがうまくいっていない点を問題とする
- 「行儀の悪い右派」は右派権力の実力行使を外野から補完しているだけである
- 「行儀の悪い左派」は全部自分たちでやろうとするしかないため嫌われる
- かつて輝いていた時代の条件:
- 野党の指導層や大マスコミが左派として強い行動を取っていた
- 「行儀の悪い左派」はそれを外野から補完する位置にあった
- 当人たちは自分がリードしているつもりだったのかもしれない
■ 8. 暴力・テロをめぐる応酬
- 暗殺への喝采:
- あ〜る菊池誠は安倍晋三が暗殺された時に喝采した連中を「左派」ではなく「人間ではない何か」と呼ぶ
- あの連中に民主主義を語る資格はなく、リベラルでもない
- 差別を語る資格も格差を語る資格もない
- 爆破予告の非道さ:
- テルノは古謝玄太氏の子どもが通う学校への爆破予告を人間性の問題とする
- 子どもは私人で関係なく、学校の一般生徒はさらに関係がない
- 赤軍派のテルアビブ空港銃乱射事件やオウム真理教の地下鉄サリン事件のような無差別テロの予告である
- 新知事の警護:
- 春眠は安倍晋三殺害時にそうした反応をした人々が実在し、今ものうのうと言いたい放題だと指摘する
- だから沖縄の新知事の身辺警護はしっかり行うべきである
■ 9. 米山隆一への個別反論
- 行儀の問題の自己適用:
- いかるがは知に生きる事を捨てたかは知らないが、米山が行儀を捨てたことは分かると述べる
- 選挙結果との関係:
- 左派界隈の右傾化を深く憂慮する市民は行儀の悪さが選挙結果に出ていると指摘する
- 発言者の資格:
- どっこいは政治家は大なり小なり人に言えないことがあるため特別に信用も嫌悪もしていないとする
- ただし米山は過去に売買春をしており、そうした人物が人を批判し主張するのはおかしい
- 左右双方の排除:
- 杉並ヒロキは右派・保守も左派・リベラルも同じだと考える
- 右も左も関係なくgood、badで話ができる人間だけで日本を前に進めるべきである
- ネトウヨとサヨクには退場あるいは出入り禁止を求める