■ 1. 無敵に見える武器の一時性
- 「パレスチナの水爆」という論説:
- 学生時代に『フォーリンアフェアーズ』誌で目にした記事
- 第二次インティファーダの最中に書かれ、自爆テロを止める方法はないと論じていた
- 自分の命を投げうつ人員が供給され続ける限りイスラエルに打つ手はないという主張
- 予測の破綻:
- 記事の数年後にはイスラエル内の自殺テロは低水準まで減少した
- 主因は西岸の巨大なフェンス建設をはじめとするイスラエル側の保安策
- 得られる教訓:
- しばらく無敵に見えた武器も、結局は一時的な優位にすぎなかった
- この構図はキャンセルカルチャーにそのまま当てはまる
■ 2. バリ・ワイス事件
- 2018年の炎上:
- ワイスはオリンピック選手の長洲未来を称え、『ハミルトン』から移民を讃える台詞を引用した
- このツイートが人種差別だとされ、数日にわたり数千人から憎悪に満ちた攻撃を受けた
- 攻撃側の言い分:
- 長洲未来はアメリカ生まれのアメリカ人であり移民ではない
- ワイスの発言には白人以外はいつまでも外国人だという含意があるという主張
- この言い分はまるっきりカスな言い草だった:
- 長洲の両親は移民であり、「第二世代移民」は学術的社会学のごく標準的な用語
- 移民第二世代の活躍を称える引用は、移民がアメリカを強くするという標準的リベラルの見解の表明
- 事件の帰結:
- ワイスは勤め先の『ニューヨークタイムズ』で敵意に囲まれ、ついに辞職に追い込まれた
- これを見た人々が素直に考えを口に出すのは危険だと考え、Twitter の群衆は現実の力を得た
■ 3. 進歩派の水爆としてのキャンセルカルチャー
- 無敵の武器という認識:
- 数年前に出そろった進歩派の習わしに完璧に順応しない者を誰でもいつでも標的にできる兵器
- この認識の広まりで2010年代アメリカ社会の様相は大きく変わった
- 組織内の階層秩序の混乱:
- 編み物同好会からロマンス小説家協会、SF 大会まであらゆる団体で内部の階層が混乱した
- 下位の不満を溜めた者が恨みをネットで表沙汰にし、上位者にキャンセル群衆を差し向ける恐怖が広まった
■ 4. キャンセルカルチャーが強力だった理由
- 実際に効き目があった:
- 非難の声を上げて Twitter で騒げば相手に打撃を与えられた
- 企業はボイコットを恐れ、経営陣となった X世代は千人規模の怒号を深刻に受け止める世代だった
- 企業経営陣はネット上の不評を純粋に恐れ、しぶしぶ怒りに従う場合が多かった
- ネット上で地位を得る近道:
- ソーシャルメディアは幸運を掴めば日常では得られない社会的地位をもたらす
- ユージーン・ウェイの「サービスとしての地位(StaaS)」が示した仕組み
- 新規憤慨開拓事業:
- 力を得るには目立つ必要があり、トランプや共和党議員を叩いても競争相手が多く見返りは小さい
- 新奇な標的を見つけ出せば大きな成果が転がり込む
■ 5. 純粋さ追及スパイラルと言挙げネズミ講
- 陣営縮小へのインセンティブ:
- 最も魅力のある標的は、それまで安全だった中道左派リベラル
- トランプを憎むのはありきたりだが、マット・イグレシアスを憎めば大きな注目を集められる
- 言挙げネズミ講:
- 自分より左にいる者に糾弾される恐怖から、すぐ右隣の者を糾弾する現象
- ウィル・ステインシルはネイト・シルバーを糾弾する一方、当人も左翼から糾弾され続けている
- 恐怖政治との類似:
- 2010年代後半のキャンセルカルチャーはフランス革命の恐怖政治や文化大革命の茶番めいた再演の様相を呈した
- 掛け金は断頭台よりはるかに安いが、社会の力学と行動パターンは明白に似ていた
■ 6. キャンセルカルチャーの威力の消失
- 過大評価だった威力:
- 恐怖に駆られた公衆はキャンセルカルチャーの力をとてつもなく過大評価していた
- 新テクノロジーを早くから採り入れた集団が一時的に得た文化戦争上の優位にすぎなかった
- バリ・ワイスのその後:
- Substack で The Free Press を立ち上げ大成功を収めた
- 自分を NYT から追い出した進歩派の規範をたびたびあざけっている
- CBS ニュースは The Free Press 買収と論説陣の主要メンバー兼重役としての起用を持ちかけている
- 企業側の学習:
- 進歩派の憤慨は儚く移ろいやすく、不買運動はいっこうに現実に現れないと企業は学んだ
- これを認識した企業は Twitter で叩かれた人々を解雇しなくなった
- 攻撃側の交代:
- 今日、同じ内容の投稿を叩きそうなのはウォーク系左翼よりも反移民右翼
- 企業ブランドへの不買運動を起こす見込みは、まとまりのない左翼より組織化された右翼の方が圧倒的に高い
- アメリカにおいて進歩派キャンセルカルチャーの脅威は薄れている
■ 7. Bluesky への移住と声の届く範囲
- 移住の背景:
- 2021年以降アメリカ政治が全体的に保守に傾いている
- イーロン・マスクによる Twitter 買収と X への転換で進歩派の一部が離脱し、多くが Bluesky へ向かった
- 限られた到達範囲:
- Gab や Parler や Truth Social といった右翼プラットフォームと同じく、Bluesky で声が届く範囲は限られる
- 利用率はいまだ X をはるかに下回り、トランプ当選後の急増も勢いを失いつつある
- 響かない言葉:
- 学者・評論家・活動家・政治家といった重要な進歩派が Bluesky に集まっている
- Twitter 時代より同質で小規模な聴衆を相手に語っている
- Bluesky で大勢に非難されてもキャリアへの悪影響のおそれはゼロにひとしい
■ 8. 持ち越された作法としての辛辣さ
- キャンセルカルチャー期の習慣の残存:
- Bluesky の進歩派は2010年代後半の言い方・考え方・行動の習慣をいまだ引きずっている
- かつてリベラルはアメリカ政治の「感じのいい連中」だったが、ログインすれば罵倒がごろごろ転がっている
- AI についての論文を共有した大学教授に対し、ジャーナリストが火山に放り込めなどと罵倒を浴びせる例がある
- ネイト・シルバーの指摘:
- 健全な政治運動なら論点の7割で同意する相手を歓迎するはずだが、ブルスカ民は真逆を行く
- 最大の敵はシルバーやイグレシアスやエズラ・クラインのような中道左派や『ニューヨークタイムズ』
- タイムズがフォックスニュースより問題があると見なされることもしょっちゅうある
- 意見の異なる相手に暴力的な脅迫をすることもある
- ジャーナリストのビリー・ビニオンは「億万長者は存在するべきだ」という投稿を発端に、何千人から自殺しろと言われた
- 自分に向けられた批判:
- Bluesky で自分の文章に向けられる批判は、どれも実質に踏み込まない非難に思える
- 『ニューヨークタイムズ』記者のジャメル・ブーイーは、自分を反社会的な敗北者と呼び選挙の助言を禁ずるべきだと侮辱した
- その投稿に4,500の「いいね」がついても自分の評判やキャリアの脅威にはならず、当のブーイーもそう思っていない
- 習慣としての辛辣さ:
- この手の辛辣な言葉は、隣の者をキャンセルして潔白を証明しない限り誰もが狙われた時代の文化的な名残
■ 9. 説得と組織づくりの忘却
- 失われた冷静な論評:
- 説得と議論をやめて辛辣な言動に移ったことで、知的な進歩派に可能だったはずの冷静な論評がアメリカから失われた
- 依存がもたらした能力喪失:
- ソーシャルメディアは少数の進歩派が大勢のアメリカ人を恥じ入らせ価値観を受け入れさせられる無限の威力を持つという思い込みがあった
- 進歩派はこのツールに依存し、説得の仕方も組織のつくり方も妥協の仕方も忘れてしまった
- ヤジと排除だけが必要なツールだと思い込んだ
- 無敵の兵器が効かなくなると、他に何をすればいいのかわからなくなった
■ 10. 追放ではなく自己隔離
- 進歩派の自己認識:
- 自分たちは古来の社会的追放の力を行使し、上品な社会にふさわしくない意見の持ち主に出口を示しているだけだと思っている
- 実態:
- 進歩派が優勢な文化的空間は縮小している
- Bluesky に「上品な社会」らしさを感じる人はごく一握りにすぎない
- 嫌う相手を追放するどころか、自分たちを孤立させているだけ
- ミーガン・マカードルの指摘:
- Bluesky という飛び地への自己隔離は、アメリカの進歩派の影響力をむしろ損なった
- 底意地の悪さが財政的自立に足るユーザー数の確保を難しくしている
- Twitter では進歩派以外を巻き込んだ会話の輪郭を形づくることで力を蓄えていた
- Bluesky では、もっぱら内輪でおしゃべりしている
■ 11. 温室から抜け出す必要
- 温室世界の代償:
- 小さな温室世界の中では、お互いをキャンセルしあうくらいしかできることがない
- その一方で広範なアメリカ人は進歩派抜きで、よくない方向へ進んでいる
- 反対勢力の弱さ:
- 第2次トランプ政権の行政権濫用や有害な政策への反対が弱い
- その理由のひとつは、進歩派が Bluesky でイグレシアスやシルバーのキャンセルを試みて失敗していること
- 進むべき道:
- 2010年代後半は特別な時代であり、生きている間に繰り返されはしないと認識する必要がある
- 説得・妥協・組織づくり・効果的な統治という旧来のツールに立ち戻る必要がある
- 座り込んで互いに嫌味を言い続けたままアメリカを崩壊させるわけにはいかない
■ 12. 追記: ブーイーの反応
- ジャメル・ブーイーはこのエッセイに対し、侮辱の理由は自分を反社会的な敗北者だと思っておりそれを伝えたいからだと Bluesky で応じた