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オーウェル『1984』で批判されているのは誰か:彼の評論から解説

要約:

■ 1. 『1984年』を誤解なく読むための手がかり

  • 『1984年』の消費のされ方:
    • 「ビッグ・ブラザー」「二重思考」「ニュースピーク」などの作中語は現代社会を論じる際に頻繁に引用される
    • 知名度ゆえにオーウェルの思想自体が十分に読まれないまま、専制主義や全体主義の代名詞として扱われている
    • 立場の異なる勢力が、論敵を専制主義と非難するための記号として消費している
  • 評論『ナショナリズムについて』:
    • 1945年発表の短い評論(Notes on Nationalism)
    • オーウェルが『1984年』で批判しようとしたものを直接的に解説している
    • これを読めば『1984年』を誤解なく読める

■ 2. オーウェルの「ナショナリズム」の定義

  • 通常の意味とは異なる用法:
    • 逐語訳的な「国民主義」ではない
    • 帰属意識を底に置き、「われわれ」と「敵」を設定する思考様式を幅広く指す
    • オーウェル自身、この情動は単一の民族や地理的領域に限らず、教会や階級にも付随し得ると述べる
    • 忠誠の対象を持たない、何かに対する専ら否定的な感情でもあり得る
  • 広い定義の重要性:
    • 単純な国家主義ではなく、帰属心を媒介とする心理構造一般を論じている
    • 対象は民族、宗教、階級、政治運動など、自己同一化できる集団であればよい
    • 自集団の成功や栄光を望み、敵対集団の敗北や失墜を望む構造が核心
  • 問題視される対象:
    • 共産主義、政治的キリスト教主義、シオニズム、反ユダヤ主義、トロツキズム、平和主義なども場合により含まれる
    • 問題は「どの集団を支持しているか」ではない
    • 集団への自己同一化によって判断そのものが歪められているかを問題とする

■ 3. ナショナリストの思考の特徴

  • 競合的威信(competitive prestige)への執着:
    • 自陣営を上げ、敵陣営を下げる行動に執着する
    • 思考は常に勝利、敗北、功績、恥辱に向けられる
    • この動機が事実のチェリーピッキングや歪曲を引き起こす
  • 「何をやったか」ではなく「誰がやったか」:
    • 集団を正邪の埒外に置き、その利益の増大を唯一の義務とみなす習慣がある
    • 行為の善悪は内容ではなく、誰がなしたかで決まる
    • 拷問、人質、強制労働、裁判抜きの収監、暗殺、市民への爆撃なども「わが方」なら道徳的色彩が変わる
  • 事実のチェリーピッキング:
    • 自陣に都合のよい事実を重視し、不都合な事実を軽視する
    • そのため自集団が明らかに不利な状況でも忠誠を維持することがある
    • 「何が正しいか」よりも「われわれにとって何が望ましいか」が優先される
  • 自陣営の残虐行為の無視:
    • 英国のヒトラー崇拝者は6年間ダッハウやビュッヒェンヴァルトの存在を学ぼうとしなかった
    • ドイツの強制収容所を声高に非難する人々が、ソ連の強制収容所をほとんど知らないことがある
    • 親ソ派英国人の多くは数百万人が死んだ1933年のウクライナ大飢饉を見逃している
    • 多くの英国人は反ユダヤ感情のためにユダヤ人絶滅を意識の外へ追いやっている
  • ダブルシンクの原型:
    • ナショナリストの思考では、事実が真であると同時に偽であり、既知であると同時に未知である
    • 耐え難い既知の事実は論理から除外されつつ、事実と認めないまま打算には用いられる
    • このフレーズは『1984年』のダブルシンクの原型と推測できる

■ 4. ナショナリズムの3類型

  • 肯定ナショナリズム(positive nationalism):
    • 一般的な意味でのナショナリズム
    • 自国・自民族・自陣営の偉大さや優越を強調し、それ以外を軽蔑する
    • オーウェルは新トーリー主義、ケルト・ナショナリズム、シオニズムを例に挙げる
  • 転移的ナショナリズム:
    • 国以外の属性に対する集団主義
    • オーウェルの例には階級や肌の色(白人主義)が含まれる
    • これらは現在では、自分の属性に当てはまる限り肯定ナショナリズムと同じ扱いになると考える
    • 生まれの属性以外に共産主義や平和主義も該当する
    • 私はこのタイプを「代理国粋主義」と呼んできた
  • 平和主義の例:
    • 若手平和主義知識人の非難はほぼ英国と米国に向けられ、公平ではない
    • 非難するのは暴力一般ではなく、西洋諸国を守るための暴力に限られる
    • ソ連の武力による自衛は非難されず、ソ連や中国への言及は避けられる
  • 否定ナショナリズム(negative nationalism):
    • 特定集団への敵意や敗北願望を中心とし、「負けてほしい集団」への執着が裏返ったもの
    • 第二次大戦中、英国の一部知識人は英国の敗北や屈辱を喜び、勝利を素直に認めたがらなかった
    • 彼らはドイツや日本の勝利を望むわけではなく、相手は誰でもよいので英国の屈辱に満足を感じる
    • 共産主義ではソ連(レーニン、スターリン)に対する否定ナショナリズムがトロツキズムにあたる
    • 私はこのタイプを「反転型ナショナリズム」と呼んできた
  • 蹄鉄理論との関係:
    • 転移的ナショナリズムと否定ナショナリズムの概念は、極右と極左の心性は同じという主張のガイドとして有用

■ 5. 現代の陰謀論との共通性

  • 欧州委員会の陰謀論の見分け方:
    • 陰謀論には6つの共通点がある
    • 隠された謀略の存在、陰謀をたくらむ集団の存在、主張を支えるように見える「証拠」の提示
    • 偶然の否定と、すべてが裏でつながっているという歪んだ決定論
    • 世界を善と悪に二分する二元論、人や集団のスケープゴート化
  • 善悪二元論の一致:
    • 欧州委員会の5項目目の「善と悪に二分する二元論」はオーウェルの定義と同じフレーズで現れる
    • オーウェルは、人類を昆虫のように分類し、数百万人の総体に「善」「悪」のラベルを貼れるとする思考習慣をナショナリズムの第一の意味とする
  • 「証拠」の提示との一致:
    • 欧州委員会のいう「証拠」の提示とは、チェリーピッキングや無限の拡大解釈で事実を歪めデマを撒く行為を指す
    • オーウェルも、まず贔屓する国を決め、その後に論拠を探す思考を指摘する
    • 政治・軍事評論の予測は蓋然性の研究ではなく、ソ連を良く見せたい・悪く見せたい願望に立脚していた
    • 評論家は占星術師のように間違いを犯しても生き残る
    • 追従者が求めるのは事実の検証ではなく、ナショナリスティックな忠誠心への刺激だから
  • 歴史修正主義:
    • チェリーピッキングが進行すると、今日「歴史修正主義」と呼ばれる行動に至る
    • ナショナリストは過去は改変可能だという信念に捕らわれている
    • 物的証拠の隠蔽、日付の改変、引用の文脈からの切り離しなどの捏造が行われる
    • 起こるべきでなかった出来事は言及されず、最終的に否定される
    • オーウェルは歴史修正主義が左右を問わず起こる例を挙げている
  • 蒋介石の例:
    • 1927年に蒋介石は数百人の共産主義者を生きたまま釜茹でにした
    • 10年後には反ファシスト陣営に入ったことで左翼の英雄となった
    • 釜茹で事件は「どうでもよい」こと、あるいは起きなかったことのように扱われた
  • ハッシュタグデモ界隈:
    • 以前の記事で陰謀論が蔓延っていると書いたハッシュタグデモ界隈は、この条件に当てはまる
    • オーウェル的な意味では「転移型ナショナリスト」または「否定型ナショナリスト」に該当する

■ 6. 愛国心とナショナリズムの区別

  • オーウェルによる愛国心の擁護:
    • 本文では比較的冒頭近くで、愛国心をナショナリズムと区別している
    • 両者は異なり、むしろ相反し得る理念を含む
  • 愛国心:
    • 特定の場所、特定の生き方への献身
    • それを世界一と信じても、他人に押し付けようとはしない
    • 本質的に軍事的にも文化的にも防御的
  • ナショナリズム:
    • 力への願望と分かち難く結びついている
    • 自己のためではなく、自らの人格を埋没させた集団のために、より大きな力と威信を求める
  • オーウェルの擁護の不十分さ:
    • 正直この段落だけでは愛国心を弁護できていないと考える
    • 愛国心はナショナリズムのアンチパターンに宿ると捉える方が適切
  • ナショナリズムの特徴の裏返し:
    • 何百万の人々を善悪に塗り分けず、集団の内外に多様な人間がいると認める
    • 行為を「誰がやったか」ではなく「何をやったか」で判断する
    • 「わが方」の拷問や虚偽を他者と同じ基準で批判できる
    • 結論を先に決めて論拠を探すのではなく、不都合な事実も事実として受け入れる
    • 集団の威信の増大を自己目的にしない
  • 愛国心とナショナリズムの境界:
    • 自分の暮らす場所や生き方を愛していても、その集団の過ちを過ちと言えるなら愛国心の範囲にとどまる
    • 「愛」を語っても、自陣の不正を見えなくし、敵の失墜に快感を覚え始めたならナショナリズムにあたる
    • 帰属集団が国、民族、共産主義、宗教のいずれであっても同様
  • この基準の利点:
    • 客観的とまではいえなくとも、少なくとも間主観的
    • 自陣への批判を許容しているか、敵味方に同じ基準を適用しているかという行動上のテストは外からも自分でも検証できる

■ 7. 『1984年』が描いたもの

  • ナショナリストを批判的に描いた小説:
    • 『1984年』はオーウェル的な定義の「ナショナリスト」を批判的に描いた小説と考えてよい
  • 3つの超大国:
    • 世界は英米、ソ連、日中をモチーフとした3勢力に分かれている
    • ソ連は共産主義、英米は「イングソック」という社会主義を掲げる
    • 日中の標語は「死の崇拝」ないし「滅私」で、旧軍をモチーフとした名称がつく
  • 区別できない3つの思想:
    • 作中でこれら3つの思想は「ほとんど区別できない」と明言される
    • いずれもオーウェル的な意味でのナショナリストであり、独裁を「敵に対抗するため」として正当化している
    • 異なる思想でも集団への自己同一化が極端になれば、同様に「われわれ」と「敵」を作り、勝敗や威信で世界を解釈し、不都合な事実を否定する
    • 3つの超大国はこの構造を3種類の思想にまとわせたものと読める
  • 現代へのアナロジー:
    • 政治的立場を問わず、次の行為をすればオーウェルのいうナショナリズムにあたる
      • 自陣営の行為だけを特別扱いする
      • 敵の失敗を過大評価する
      • 都合の悪い事実を見なかったことにする
      • 過去を自陣に都合のよい物語へ書き換える
  • 『1984年』を読む上で最も重要な点:
    • オーウェルが描いたのは単なる「悪い独裁者」の物語ではない
    • 自陣を正義と信じるあまり、事実そのものを自陣に合わせて変えてしまう人間の心理が社会全体を覆った世界を描いている